50年(その3)
数年前の、ちょうどこの時期、ある大型レコード店で、
フルトヴェングラーのバイロイトの第九がちょうどかかっているところだった。
店内をふらふらしていたら、あるポイントに来たとたん、急にフルトヴェングラーの第九が、
広がりと奥行きを持って聴こえた。
かかっていたCDは、モノーラル盤で疑似ステレオのブライトクランク盤ではない。
もちろんほんもののステレオ録音のように、明確な音像定位は感じられない。
そこには幾何学的正確さはないが、心地よく音が広がっていた。
そのポイントから外れると、モノーラル的な鳴り方に戻る。
レコード店の天井には複数のスピーカーが吊り下げられている。
それが干渉しあって、たまたまステレオ的な広がりを聴かせるポイントが生れていただけなのだろう。
まったく偶然の産物だった鳴り方だが、
フルトヴェングラーの雄大さ──大きくて堂々としたところ──が、はっきりと感じられた。