「正しい音とはなにか?」(その9)
「正しいもの」の(その1)では、フルトヴェングラーの言葉を転用して、
「正しい均衡を保ち、『静力学的』に安定している音」とした。
音について語られたものでない言葉を転用していくことで、
正しい音のかたちがなんとなくはっきりしてくる感触がある。
たとえば五味先生が愛用されていたタンノイのオートグラフ。
同軸型ユニットを、フロントショートホーンとバックロードホーンの複合ホーン、
しかもコーナー型というと、
現代のスピーカーシステムの傾向からすれば、
古くさいスピーカーの一言で片付けられてしまうそうシロモノということになってしまう。
そんなスピーカーから、正しい音なんて鳴ってくるはずがない──、
そう思う人も、世代によっては大勢いるのかもしれない。
だが正しい音と正確な音は、完全に一致するものではない。
私がここで書いているのは、正確な音ではなく、正しい音について、である。
そうはいっても、この項の(その2)で、井上先生によるオートグラフの組合せのことを書いているじゃないか、
そこで、ベースのピチカートがウッ、ゥーンと鳴るとしているだろう、
そんな音が果して正しい音といえるのか──。
こんな反論がきこえてきそうである。
私はなにも完璧な音とは書いていない。
あくまでも正しい音である。
完璧な音ということであれば、ある帯域においてであっても、
ベースのピチカートが、ウッ、ゥーンと尾をひくように鳴るのは、もうそれだけで完璧な音とはいえない。
そんな単純なことを、長々と書いているわけではない。