Date: 8月 16th, 2014
Cate: オーディオマニア
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オーディオマニアとして(その7)

音のカンヅメは、
クヮェトロ氏が胸のポケットのようなものからとり出したピカピカ光る箱のようなものと同じである。
われわれ人間にはまったく理解できない理論で、音を封じ込め(記録)、解放(再生)する。

ケーブルもいらない、電源もいらない。
つまり、そんな細かなことに悩まされることなく、
そして聴き手が何も苦労することなく、最上の記録と再生を手に入れられる。

おとぎ話のような、魔法のような、そんな箱(カンヅメ)で音楽を聴くようになったら、
私はどう思うのか。

そうなってしまったら、私でも「録音は未来で、演奏会の舞台は過去だった」とは思わなくなる、はずだ。
少なくとも「録音は未来」ということはいわなくなるような気がする。

私がなぜ「録音は未来」と考えるのかは、現在のオーディオのメカニズムと大いに関係している。
こんな複雑なシステムで聴いていて、つねにいい音で、と思いつづけているからこそ、「録音は未来」となる。
つまりオーディオマニアとして再生するからこそ、「録音は未来」であって、
魔法のような音のカンヅメから、何もしないで、いい音が鳴ってきたら、もう録音は未来ではなくなってしまう。

それはそれで素晴らしいとは思っても、そこにはオーディオマニアの私はもう存在しなくなる。

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