Archive for 3月, 2009

Date: 3月 6th, 2009
Cate: 井上卓也, 使いこなし

使いこなしのこと(その1)

オーディオにおいて、使いこなしは重要だと、ずっと以前から言われつづけているにも関わらず、
読者側から見て、系統立てて説明し、あらゆる状況に対して応用がきくヒントを与えてくれる記事を、
音の出ない、写真と文字だけの誌面で伝えることは、頭で想像している以上に難しさがある。

私がステレオサウンドで担当した使いこなしの記事のひとつは、ふたりの読者が参加された井上先生によるものだ。
あのときは、まだ22歳だったから、1985年。この取材で、舘さん(早瀬さん)と出会い、
私がステレオサウンドを辞めたあとも、変らぬ態度で接してくれて、
今年の夏で、まる24年のつきあいになる。

去年だったか、インターネットでのオーディオの掲示板で、ステレオサウンドの記事のなかで、
印象に残っているのはどれか、という内容のもので、
この井上先生の使いこなしの記事をあげておられる方がいた。
さらにmixiでも、この記事を、いまも読み返し参考にしているという文章に出合った。

担当編集者としては嬉しい限りではあるが、1985年の記事である……、という思いもある。

いま読み返しても、おもしろいだろう(手もとにその号がないので読み返せないが)。
けれど、こんなことを言ってもどうにもならないが、
いまならば、同じ取材からでも、違う誌面展開で記事をつくる自信はある。

あのころは、使いこなしという言葉の中に、セッティング、チューニング、エージングが含まれ、
それぞれは違い、しかし、その境界は曖昧であることに気がついていなかったからだ。

このことをきっちりと私が認識していたならば……、と思うのだが、いまさら、である。

Date: 3月 5th, 2009
Cate: Mark Levinson

ベーシストとしてのマーク・レヴィンソン(その1)

ステレオサウンドで働きはじめたばかりのころ、先輩編集者のSさんが、あるレコードを聴かせてくれた。
ポール・ブレイの「バラッズ」だ。
マーク・レヴィンソンがベーシストとして、2曲参加している。

録音は1967年だから、レヴィンソンは17か18歳だ。
レヴィンソンがミュージシャンとして、短い期間だが活動していたことは知っていたが、
こんなに若いときとは思いもしなかった。

Sさんは「レヴィンソンのアンプっぽい演奏だよ」と言っていた。
「ハメをはずすことのない、どこか神経質な感じを漂わせる演奏」というSさんの言葉が、
先にあったためか、たしかにジャズに詳しくない私の耳にも、そんなふうに聴こえていた。

マーク・レヴィンソンについて書いていたら、ふとこのレコードのことを思い出し、
検索してみたら、2000年にユニバーサルミュージックからCDが発売されていた。
CDのディスク番号は、UCCE3003。

すでに廃盤のようだが、Amazonで新品が入手できた。
それほど入手は難しくないようだ。
ただAmazonでは、新品が定価で買えるのに、中古盤が、ほぼ4倍の価格で出品されてたりもする。

今日届いたCDの帯には、「世界初CD化」とある。
おそらく日本盤しかないのだろう。

「これだ、これ。あの時聴いたレコードだ」と、27年前のことを、聴いていたら、けっこう鮮明に思い出せた。
ステレオサウンドで働いてなかったら、聴く機会はなかったであろうディスクだ。
レヴィンソンが参加しているレコードは、他にもあるらしい。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その38)

このころから、レヴィンソン自身が目指している音のベクトルと、
瀬川先生が求められている音の性格が、すこしずつ離れてはじめてきたようにも感じられる。

瀬川先生がLNP2をはじめて聴かれたときからML2L登場までの数年間は、それはぴったり重なっていたように、
読者だった私は、そんなふうに受けとっていた。

それがHQDシステムについて書かれた記事、ML3Lについての文章、
そして1981年6月にステレオサウンド別冊として出たセパレートアンプ特集号の巻頭の文章と読んでいくうちに、
すこしずつ確信を深めていくようになった。

あきらかにレヴィンソンと瀬川先生の求めている世界が変わりはじめていることを。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その37)

(レヴィンソン自身だけでなくブランドも含めて)Mark Levinsonにとって、
1977年は、パワーアンプのML2LによりHQDシステムを完成させただけでなく、
前述したようにレコード制作にも、いままで以上に積極的に取り組むなど、ひとつのピークを言えるだろう。

MLAのレコードが日本に正式に輸入されるようになったのは77年からだが、その約2年前に、
ピアノ・ソロのMLA2は録音され、レコードになっていたらしい。

このレコードにつかわれているピアノは、マーク・アレン・コンサートグランドという、はじめて聞くものだ。
70年代半ばごろに、アメリカでつくられはじめたカスタムメイドのピアノということで、
ベヒシュタインのメカニズムの流れを汲んでいるとか。

話を戻そう。
ステレオサウンド45号のインタビューによると、77年までに1ダース以上のHQDシステムを組み上げたとある。
最低でもML2Lを6台必要とし、コントロールアンプもLNP2LかML1L、それにLNC2も必要となる。
当時ML2Lの日本での価格は、1台80万円だった。これが6台……。
計算すると、1000万円では、まったく足りない。

ウーファーのハートレーをML2Lのブリッジ接続で駆動して、
QUADのESL1台に1台のML2Lをあてがっていくと、10台のML2Lが必要となる。
ここまでやって人がいるのかわからないが、HQDシステムにはそういう余地も残されている。

HQDシステムが、どういう音で鳴るのか──、
レヴィンソンは「HQDシステムが適切にセットアップされると実に面白い事が起こるのです。
誰もがオーディオについてもう語るのを止め、音楽にじっと耳を傾け出すのです」とインタヒューで答えている。

ステレオサウンドには、瀬川先生が書かれている。
ホテルの広間を借りて、レヴィンソン自身の調整によるHQDシステムに音について書かれている。
手もとに、その号がないため正確に引用できないが、これだけのシステムとなると、
聴き手の調整次第でどうにでも変化する。
そうことわられたうえで、その時鳴っていたHQDシステムの音には、
自分だったら、こうするのに、といったことを書かれていたように記憶している。

Date: 3月 3rd, 2009
Cate: Autograph, TANNOY

井上卓也氏のこと(その18)

井上先生には、ずっとききたいことがあった。
そう、タンノイのオートグラフの組合せのことだ。

オートグラフで、山崎ハコの「綱渡り」や菅野先生録音の「サイド・バイ・サイド」でのベースが、
「世界のオーディオ」タンノイ号に書かれているとおりに鳴ったのか、きいてみたことがある。

「こまかいことを言うと、そりゃ、ベースの音は、バックロードホーンだから、
(最初の「ウ」のところにアクセントを置きながら)ウッ、ウーンと鳴る。
でも腰の強い低域で、表情のコントラストも豊かだし、聴いて気持いいから、いいんだよ」
(「ウーン」は、バックロードホーンを通って出てくる、遅れをともなう音を表されている)

楽しそうに話してくださった。
「あれは、ほんとうにいい音だった」とも言われたことも、思い出す。

Date: 3月 3rd, 2009
Cate: 井上卓也

井上卓也氏のこと(その17)

ごくまれなのだが、試聴室にスピーカーの新製品、それもそのメーカーのフラッグシップモデルのとき、
エンジニアや広報の方が来られ、スピーカーのセッティングをおこなわれることがあった。

井上先生に、強い口調で言われたことがある。
「メーカーの人による調整は、しっかり見て聴いておけ。お金を出しても見られるものではないんだから」

たしかにその通りで、しかも井上先生は、後日、どんなふうに調整していたのか、と私に訊いてこられた。

あれだけオーディオのことを知悉され、使いこなしに関しても、いくつも引出しをお持ちなのに、
けっして慢心されることはなかった。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その36)

MLAのレコードは、ビクターが開発したUHQR(Ultra High-Quality Record)となる。

MLAのレコードに限らず、キングのスーパーアナログディスクなどの高音質を謳ったものは、
重量盤が大半で、厚みも通常のレコードの平均値と比して、けっこうな厚みである。
そのことに価値を見いだす人が多いからなのだろうが、個人的には重量盤、
正確に言えば厚みのあるレコードは、それほど好きとは言えない。

理由は、レコードの厚みが変われば、
カートリッジのヴァーティカルトラッキングアングルが変わってしまうからだ。

アナログプレーヤーの調整の基本として、レコード盤面にカートリッジの針を降ろした状態で、
トーンアームのパイプが水平にするようになっている。
実際に音を聴きながらトーンアームの高さを調整していくと、水平状態よりも、
ほんの気持分、トーンアームの支点(軸受け)側のほうが持ち上がっているほうが、
トレースも安定するようだし、音を聴いても納得できる。
長島先生も、すこし高めにしたほうがいい、としきりに言われていた。

完全な水平がいいのか、すこし高めにしたほうがいいのか、
どちらがいいのかは措いとくとしても、トーンアームの高さ調整が、
トレース能力、音に関係していることを否定される方はいないはず。

だから真剣にアナログディスク再生に取り組むのであれば、トーンアームの高さ調整は、
調整が進めば進むほど、ほんのわずかな差でもはっきりと聴き取れる差となってくる。
そうやって位置決めをしても、厚みのあるレコードをかけるならば、
その度にレコードの厚みによって調整をしなければならない。
そして、また平均的な厚みのレコードのときには、元に戻さなければならない。

正直、これはめんどうな作業でしかない。
いい音で鳴らすための調整ならば、いいポジションが決まるまで根気よく音を聴き、調整し、
という行為を飽きることなくくり返せるが、すくなくとも一度決めてしまったものを、
レコードをかけ替えるたびに、またいじるのは、ごめん蒙りたい。

トーンアームの高さ、つまりカートリッジのヴァーティカルトラッキングアングルに無頓着で、
「このレコード、重量盤だから音がいいんだよ」という言葉に、説得力はない。

同じことはターンテーブルシートにもいえる。
ターンテーブルシートの聴き比べを行なうのなら、トーンアームの高さを、
シートの厚みに合わせて一枚一枚調整していくのが基本である。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その35)

マーク・レヴィンソンは、アンプづくりだけでなく、レコードづくりのほうにも積極的に関わっていく。
MLAシリーズのレコードの発売後、MLA(Mark Levinson Acoustic Recording)社として、
録音部門を独立させている。

ステレオサウンドの45号のインタビューでは、スチューダーのA80のトランスポートを20台入手すると語っている。
これに自社製のエレクトロニクスをのせ、20台のマスターレコーダーをつくり、
録音時に同時に使い、いちどに20本のマスターテープを作るというものだ。

もちろん、20本のマスターテープは、特別価格で販売される(実際に発売されたのかはわからない)。
もし売り出していたとしたら、1本いくらしたのだろうか。

レコード制作に関しても、ハーフスピード・カッティングに優れた面を見いだしていたようで、
そのための器材の開発も行なっている、と語っている。
ただしインタビュー時点では、まだハーフスピード・カッティングは行なっていない。

レヴィンソンがハーフスピード・カッティングに目をつけた理由は、
カッティングヘッドそのもののスルーレートにあり、
これがカッティングに関して根本的な制約になっている考えからである。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その34)

1977年、当時のマークレビンソンの輸入元であった
R.F.エンタープライゼスが輸入していたMLAシリーズのレコードは,次のとおり。

MAL1 :バッハ/6つのシュブラー・コラールほか
    マートル・リジョー(オルガン)

MAL2 :ラヴェル/高雅にして感傷的な円舞曲
    ハイドン/ピアノ・ソナタ第49番
    ロイス・シャピロ(ピアノ)

MAL3 :ヴィヴァルディ=バッハ、ウェーリング、ヒンデミット、ドビュッシー、アイヴスほか
    ニュー・ヘヴン金管五重奏団(2枚組)

MAL5 :バッハ/フーガの技法(4枚組、45回転盤)
    チャールズ・クリグハイム(オルガン)

価格は1枚7000円、4枚組のフーガの技法は28000円だった。

レコーダーにはスチューダーA80とのこと。
おそらくA80のトランスポートのみ使用し、エレクトロニクス部をつくり換えた、後のML5だと思われる。
マイクロフォンは、マークレビンソン・ブランドの製品のほかに、
一時期、ショップスのマイクロフォン用ヘッドアンプをつくっていたこともあるので、
ショップスか、B&Kの測定用のものだろう。
おそらくワンポイント録音だと思われる。
ノイズリダクション、リミッター、イコライザーの類はいっさい使っていない。

凝り性のレヴィンソンは、当時のアメリカの整盤技術に不満を持っていたため、
フィリップスやグラモフォンのレコードのプレスを行なっていたフランスのCD-S社に依頼している。
しかもそのためにフランスまで、録音したA80そのものをマスターテープとともに運んで、
カッティングとプレスを行なっている。

CD-SにもA80はあったと思われる。それでもA80をわざわざ運んでいるということは、
やはりエレクトロニクスを自社製のものに置き換えたA80なのだろう。

Date: 3月 2nd, 2009
Cate: 川崎和男

川崎和男氏のこと(その24)

菅野先生と川崎先生の対談をお読みになった方ならば、私が持っていったCDは、
ホセ・カレーラスのAROUND THE WORLDであり、
このCDの5曲目は「川の流れのように」であることはご存じだろう。

1曲目は「愛の讃歌」で、こちらも素晴らしい。
それでもホセ・カレーラスによる「川の流れのように」を、川崎先生に聴いていただきたかった。

なぜかという、はっきりとした理由はなかったようにも、いまは思える。
なのに、これしかないと思い込んでもいたわけだ。

前奏が流れてきた。
「いい感じだ、もっともっとよく鳴ってほしい」と、カレーラスの歌が始まるまで祈っていた。

歌が始まった。安堵した。素晴らしい音で鳴っていた。
カレーラスの歌声が、心に沁み込んできた。

川崎先生が、どんな感想を持たれたのかは、わからない。
訊ねもしなかった。

「川の流れのように」が終ったとき、川崎先生夫妻が、
斜め後ろに立っていた、こちらを同時に振り向かれた。

Date: 3月 2nd, 2009
Cate: 井上卓也

井上卓也氏のこと(その16)

私が恵まれていたと感じていたことは、井上先生がやられたことを、自分のオーディオ機器に対してだけでなく、
井上先生が実際に試聴された同じ環境、同じ装置で、同じことをひとりで試せたことだ。

2つの環境で試せた上に、同じ環境でも試せる。
つまり環境が、装置が、条件が違うという言い訳は、もちろん、できない。

井上先生との力量の差、経験の差、そういったもろもろのことを、
ステレオサウンドの試聴室で、ひとりで鳴らしたときの音で思い知らされるわけだ。

それでも、やっていくうちに、井上先生の試聴の時と何が異るのかに、すこしずつ気がついていくようになる。
そして身についていく。

すると、いつごろからだろうか、
井上先生が試聴にあたっての整音の時間が短くなっていくことにも気がついていた。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その33)

マーク・レヴィンソンは、次のように語っている。
     ※
私がいつも思うのは、いわゆるサウンドシステムというものはオーディオの全体の半分にしかすぎぬものということです。他の半分とは、われわれがそのシステムによって再生しようとするソース・マテリアルです。
今日において、われわれの有するステレオ・コンポーネントの数々は、その再生能力において普通手に入るソース・マテリアルの持つフィデリティーをはるかに凌駕するものがあると思います。実際に、私達の製品の持っている本当の能力を正しく評価するためには、音の差について判断を下すことを可能にするような、特製のレコードやテープを用いることなしには不可能です。
私の目標とするところは、音楽のイベントを再現することで、これは終始変わりません。ステレオ・コンポーネントの性能をどんどん高めてゆくと、非常に多くのレコードが音楽のイベントを正確に捉えていないという事実の認識に至らざるを得ません。そういった今までの多くのレコードをよい音で鳴らそうとすれば、再生機側に歪みや色付けを付け加えなければならないことすらあるのです。
     ※
1977年春に、マーク・レヴィンソンは8枚のレコード、
MLA (Mark Levinson Acoustic Recording Series) を世に出している。

Date: 3月 1st, 2009
Cate: 瀬川冬樹

サプリーム

サプリームの奥付には、昭和48年12月28日 第三種郵便認可とある。
ということは図書館にもあるのかな、と思っていたら、
さきほど若い友人のKOさんが、神奈川県立川崎図書館にあることを知らせてくれた。

瀬川冬樹追悼号の144号も、もちろんあったとのこと。
おそらく国会図書館にもあることだろう。
すべての図書館にあるわけではないだろうが、いちどお近くの図書館で検索されてみてはいかがだろうか。