Archive for category テーマ

Date: 1月 27th, 2014
Cate: plus / unplus

plus(その11)

スピーカーのマルチウェイ化はプラスされてきたともいえるし、
分割してきた結果ともいえる。

フルレンジユニット一発では高域が足りないからということでトゥイーターというユニットが生れ、追加される。
最初はそうやって生れてきたマルチウェイだったのだろうが、
いまではマルチウェイが当り前となってしまうと、
トゥイーターはプラスされたものというよりも、帯域を分割して受け持つためのものという認識になっている。

オーディオの進歩の歴史の中では、この分割というプラスが、他にもいくつもある。
アンプもそうだといえる。

電気蓄音器が登場したばかりのとき、
アンプといえば、それはいまでいうパワーアンプであった。
だからこそ、パワーアンプをメインアンプともベーシックアンプともいうわけである。

これに電子回路の進歩によりプリアンプ(コントロールアンプ)が追加された。
そして、いつのころか、コントロールアンプとパワーアンプをひとつにまとめたプリメインアンプ、
このプリメインアンプという名称は日本独特のものだそうで、
海外ではインテグレーテッド(integrated)アンプと呼ぶ。

さらにプリメインアンプとチューナーをまとめたものを、レシーバーと呼んでいるが、
1960年代のオーディオ雑誌をみると、レシーバーではなく総合アンプと呼ばれているのがわかる。

アンプの呼び方が増えていき、プリメインアンプが主流になってくると、
今度は従来からの形態であったコントロールアンプとパワーアンプのことを、
総称としてセパレートアンプと呼ぶようにもなっていく。

Date: 1月 27th, 2014
Cate: 広告

広告の変遷(を見ていく・その5)

オーディオに関する年表は、いままでなかったわけではない。
オーディオ雑誌が、あるメーカー(ブランド)の特集記事をつくるとき、
そのメーカー(ブランド)の年表が掲載されることはよくある。

ステレオサウンド別冊の「世界のオーディオ」シリーズでも、年表がつくられ載っている。
それにオーディオ全体の歴史についての年表もある。

とはいえ、それらのいくつもつくられてきた年表をひとつにまとめたものはなかった。
そういう年表をつくってみたいと思っているものの、
それだけの年表をひとりでつくる時間が、あるといえばあるのかもしれないけれど、
ないといえばないともいえる。

そういう年表をつくるのもいいけれど、
いままでつくられたことのない年表を、the Review (in the past)の作業を行ないながら、
つくれるんじゃないか、と思えるようになってきた。

スイングジャーナルは1970年代を中心に約10年分、
1980年代のオーディオ雑誌はいくつかある。
これだけではオーディオの歴史すべてを網羅することはできないのはわかっている。

それでもいまあるオーディオ雑誌の広告をスキャンして公開していけば、
年表の土台をつくることはできる。

Date: 1月 26th, 2014
Cate: 広告

広告の変遷(を見ていく・その4)

the Review (in the past)は2009年6月に始めた。
始めたころは、いまとは違い、公開した日付をそのままにしていた。
手元にあるステレオサウンドから入力していったから、年代順になっていたわけではなかった。

これが一般の本であれば、年代順に並べる手間をかけるけれど、
ブログでは検索が簡単に行えるから、
それに掲載雑誌の号数は表示していたから、年代順に並べる必要性を感じていなかった。

しばらくそのままで更新を続けていた。
入力した記事が3000本をこえたころから、
やっぱり年代順に並べ替えようと思うようになっていた。

つまりその記事が掲載されたオーディオ雑誌の発売日を、公開の日付にしようと思ったわけだ。
とはいえ、すべてけっこうな数の入力を終えていて、
ひとつひとつの記事の日付を手作業で変更していかなければならない。

めんどうだな、と思いながら、少しずつ変更していっていた。
実際、めんどうだった。

それでも日付を変更して、少しずつ記事が年代順に並んでいくと、
ブログ全体がオーディオの年表になりつつあることを感じはじめていたから、
いくつかの年代(日時)がはっきりしない記事を残して、すべて変更し終えた。

こうなると、ますます年表としてのブログのありかたを考えるようにもなっていた。
どうしようかなと考えていたところに、
ある人からスイングジャーナルを始めとするオーディオ雑誌が届いた。

だからスキャンを始めた。

Date: 1月 25th, 2014
Cate: 広告

広告の変遷(を見ていく・その3)

2012年が終ろうとしているときから、スキャン作業を始めた。
本をバラしてスキャンするページだけを残して、残りは処分。
1ページ1ページ、スキャンしていく。

スキャンの作業は、特に頭を使うわけではない。
ホコリやスキャナーのガラス面の汚れにときどき気を使いながら、
ただ黙々とやっていくしかない。

毎日これだけのページをスキャンする、と決めてとりかかる人もいるけれど、
私はとにかくやりたいときに朝から晩までずっとスキャンする日をつくって作業を続けていた。

約一年間かけて、スイングジャーナルがほぼ10年分、
それからステレオ、別冊FM fanなどのオーディオ雑誌をふくめて、
14000ページのスキャンを終えた。

半分以上はレコード会社の広告で、残りがオーディオ関係の広告となるが、
昔は同じ広告が二号続けて掲載されることもあったりしているのと、
見開きや三つ折りの広告もあるから、それらを1ページとしてまとめてると、
何割かは減ることになる。

それにページに破れが生じている広告もあり、
最終的にレタッチがうまくいかなかい広告をどうするのかは決めていないけれど、
少なくとも2000〜3000ページ分のオーディオ関係の広告は、データとしてスキャン済みである。

Date: 1月 25th, 2014
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その65)

ごく初期のクレルのペア(コントロールアンプのPAM2とパワーアンプのKSA100)の音は、
マークレビンソンのアンプとは、ある意味対照的な音像の描き方をもっていた。

この場合のマークレビンソンとは、同時代のML7、ML6Aといった、
新しい世代のマークレビンソンのアンプのことではなく、
その前の、LNP2、JC2、ML2までのアンプのことであることをことわっておく。

クレルのペアが聴かせた、あの質感は、いま思い出せば朦朧体ともいえる描き方だったといえる。
音の輪郭線を際立たせたり強調したりすることなく、音像を形作るような音だった。

どんなモノにも、輪郭線は存在しない、といえる。
けれど絵を描くとき、輪郭線に頼ってしまうし、
音だけのオーディオの世界においても音の輪郭線は、重要な要素である。

マークレビンソンのアンプは、輪郭線の描き方に特徴があった。
その特徴ある輪郭線に魅了される人は多かったし、私もそのひとりだった。

だからクレルのごく初期のペアは、マークレビンソンのアンプと対照的だといえるし、
また別の意味で、GASのペア(コントロールアンプのThaedraとパワーアンプのAmpzilla)とも対照的である。

GASのアンプも、朦朧体の音のアンプとして、もっとも早い時期に登場したといえる。
その意味ではクレルも同じことになるわけだが、
GASが男性的であるのに対し、
あの時期のクレルのペアは、あきらかに女性的といえる音の魅力があったからだ。

Date: 1月 24th, 2014
Cate: オーディスト, ジャーナリズム, 言葉

「オーディスト」という言葉に対して(その11)

五味先生の本を読んだのか、と問えば、ほぼ間違いなく、読んだ、と返ってくるはず。
そこで、ただ読んだだけなのでは? と問えば、感動した、と返ってくるであろう。

だが感動とは、フルトヴェングラーの言葉が真理であるとすれば、
感動とは人と人の間にあるものであり、
同じ五味先生の本を読んでも、五味先生)(の本)と私の間にあるもの、
五味先生(の本)と別の人の間にあるものが、同じとは限らない。

同じところもあるだろうし、まったく違う感動なのかもしれない。
けれど、どう違っているのかははっきりとしない。

私と同じである必要はまったくない。
けれど、五味先生の本を読んで感動した、感銘を受けた──、
それがどの程度なのかは、「オーディスト」という言葉を誌面に載せてしまったあと、
ステレオサウンド編集部がどうしたのか(なにをしなかったのか)が、はっきりと語っている。

「オーディスト」は、ステレオサウンドに載せるべきではなかった。
けれど間違って載せてしまった。防ぐことはできたけれども、である。

その間違いそのものをいまさら否定しているわけではない。
その後のステレオサウンド編集部が、「オーディスト」を載せてしまったことに対し、黙りつづけていることに、
ステレオサウンド創刊から受け継がれてきた精神的支柱が喪失してしまっていることを指摘しているのである。

Date: 1月 24th, 2014
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(その19)

SQ301は、もしかすると上原晋氏のデザインなのかもしれない、と思ったこともある。

1983年にラックスはアルティメイト(ultimate)シリーズの管球式アンプを、三機種発表した。
コントロールアンプのCL36u、パワーアンプのMB88u、プリメインアンプのLX38uであり、
LX38とCL36のフロントパネルは、SQ301から続いているデザインである。

そしてこのアルティメイト・シリーズの型番の末尾につけられた「u」は、
アルティメイトの頭文字であるとともに、このシリーズをひとりで担当された上原氏の「u」とみることもできる。

このアルティメイト・シリーズに関する記事は、
ステレオサウンド 65号に永井潤氏が、66号に柳沢功力氏が書かれている。

上原氏のデザインの可能性もある。
それを確かめるために、65号をひっぱりだしてみると、
上原氏のデザイナーとしてのデビュー作はSQ505とある。

SQ505は1968年の新製品で、
この年、大阪デザインハウスの最優秀デザイン賞を受けている。

SQ301はそれ以前に登場しているから、上原氏のデザインでないことは確かである。

SQ505はステレオサウンド 8号のアンプ特集でとりあげられている。
SQ505のデザインについて、瀬川先生は次のように書かれている。
     *
ツマミの配置は、意匠的にも人間工学的にも優れたものだ。ただし、ボリュームと同軸のバランスのツマミは、もう少し形を整えないと、ボリュームの操作にともなって一緒に廻ってしまい、具合が悪かった。ロータリ・スイッチの手ざわりが、もう少し柔らかくなれば申し分ないと思う。
     *
一部注文をつけられているが、デザインに関しては優れたものと認められている。

Date: 1月 24th, 2014
Cate: 広告

広告の変遷(を見ていく・その2)

私だって、できることなら本はバラしたくない。
けれどきれいにスキャンするためには、1ページ1ページを一枚の紙の状態にするしかない。

バラバラにした本は、基本的には戻せない。
スキャンしたあとのスイングジャーナルは処分するしかない。

最初はレコード会社の広告だけをスキャンするつもりだった。
だけど、バラしてしまったスイングジャーナルをレコード会社の広告だけで処分してしまうのは、
すこしもったいないな、と感じて、ついでだからとオーディオ関係の広告もスキャンしておこう──、
そう思った。

そこまでやるのなら、すべてスキャンしたら、ということになるけれど、
そこまでの時間を、スキャンのためだけには費やせない。
それにスキャンしたからといって、ほとんどそのまま公開できるページもあれば、
本そのものが古すぎるため、紙が変色していたりやぶれているページもあったりで、
多少なりともレタッチが必要となるページもある。

そして1ページだけの広告であればまだいいけれど、見開きの広告はひとつに合成しなければならないし、
三つ折りの広告もあり、一回のスキャンではデータとして取りこめない。

とにかくスキャンした後の作業が待っている、それもけっこうな時間を必要とするであろう作業が。

だからレコード会社と、オーディオ関係(国内メーカーと輸入商社)だけに絞った。

Date: 1月 23rd, 2014
Cate: 広告

広告の変遷(を見ていく・その1)

広告は興味深い。
ことオーディオの広告だけに話を絞っても、まとめて大量の広告を見ていくと、
それらの広告が掲載されていたオーディオ雑誌を発売時に買って読んでいたときには、
気がつかなかったことが目に入ることもある。

その意味で、広告は資料としての価値も高い。

私のもうひとつのブログ、the Review (in the past)は、基本的に文章だけである。

ここで公開しているオーディオ機器の多くを、
型番を見ただけで、どういうモノたったのかを思い出せる人にとっては、これだけでも充分だろうが、
そうでない人も大勢いる。

思い出せる人にとっても、写真やスペック、価格があれば、もっと鮮明に当時のことを思い出せるし、
それだけ資料的価値も増してくる。
それはわかっていたけれど、ただオーディオ機器の写真をスキャンして、スペックをまとめるのは、
必要なことではあっても作業としては面白くなく、ただしんどいだけである。

しんどいのはかまわないけれど、それだけだと長続きしないはわかっている。
もう少し違ったことがやれないだろうかと思っていた。

一昨年ある人からスイングジャーナルをほぼ10年分いただいた。
他のオーディオ雑誌もスイングジャーナルほどではないけれど一緒にはいっていた。

最初はスイングジャーナルに掲載されたレコード会社の広告をなんとか残せないものかと考えた。
とりあえず一冊スキャンしてみよう、ということで、スイングジャーナルをばらしていった。

Date: 1月 23rd, 2014
Cate: 日本の音

日本の音、日本のオーディオ(その36)

スタインウェイ、ベーゼンドルファー、そしてヤマハのピアノについて書いていることは、
あくまでも聴き手側からのことでしかすぎない。

ピアノが達者に弾けるのであれば、また違う感じも受けるのだろうが、
ピアノを弾けるだけの腕はない。

twitterにリヒテルの言葉を集めたアカウントがある。
S.Richter_botである。

そこに、こんなリヒテルの発言があった。
     *
なぜ私がヤマハを選んだか、それはヤマハがパッシヴな楽器だからだ。私の考えるとおりの音を出してくれる。普通、ピアニストはフォルテを重視して響くピアノが良いと思っているけれど、そうじゃなくて大事なのはピアニッシモだ。ヤマハは受動的だから私の欲する音を出してくれる。
     *
これはもう、ピアニストでなければできない発言である。

ヤマハのピアノはパッシヴであり、受動的だから欲する音を出してくれる──、
たしかに、ここがスタインウェイ、ベーゼンドルファーといったピアノと決定的に違うところなのだろう。

そして、同じことは、日本のオーディオ機器の中で特に優れたモノにもいえるのではないだろうか。

Date: 1月 22nd, 2014
Cate: audio wednesday

第37回audio sharing例会のお知らせ

2月のaudio sharing例会は、5日(水曜日)です。

テーマは、このあいだ久しぶりにマークレビンソンのLNP2を聴いて思っていたこと。
あのころマークレビンソンの新製品に感じていた、というよりも期待していたこと、
それに関係することでオーディオにおけるニューウェーヴとは、どういうことなのか。
はたしてマークレビンソンはニューウェーヴだったのかどうか。

まだ決定ではありませんが、このことについて話そうと考えています。

時間はこれまでと同じ、夜7時です。

場所もいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 1月 20th, 2014
Cate: オーディスト, ジャーナリズム, 言葉

「オーディスト」という言葉に対して(その10)

あと二年ほどでステレオサウンドは創刊50年を迎える。
これだけの期間本が出ているわけだし、五味先生が亡くなられてからもすでに30年以上が経っている。

いまではステレオサウンドの読者も五味康祐という名前を知らないか、
もしくは五味先生の音楽、オーディオについての文章を読んだこともない人がいるだろうし、
そういう人が増えてきているのは、時の流れなのだから、どうしようもできないことなのかもしれない。

そういう読者からすれば、私が山口孝氏の「オーディスト」について、
これほどこだわって書く理由は理解できないかもしれない。

読者でそうであるならば、ステレオサウンドの編集者もそうであっても不思議ではない。

五味先生の著作集「オーディオ巡礼」は復刊された。
ステレオサウンドの編集者なら、
ステレオサウンドに入社する前、もしくは復刊された時に一度は読んでいるのかもしれない。

おそらく、読んでいる、という答が返ってくるはずだ。

だが、彼らのいう「読んだ」は、どういうことなのだろうか。
ほんとうに「読んだ」のであるならば、
ステレオサウンドの特集記事に一回、広告に一回、
「オーディスト」という言葉が活字になってしまったことに、どうおもっているのか、
それを私は問いたい。

こんなことは書きたくはないが、
オーディスト(audist)は聴覚障碍者を差別する人・団体という意味をもつ。
つまりは、ステレオサウンドの読者を、そう呼ぶのであれば、
ステレオサウンドの読者は、五味先生を差別する人ということになるからだ。

だから、こうやって、傍からみればしつこいと思われようと、書く。

Date: 1月 19th, 2014
Cate: オーディスト, ジャーナリズム, 言葉

「オーディスト」という言葉に対して(その9)

編集部のシステムとしての問題については、
おそらくこうではないだろうか、という想像はつくし、
二、三、そのことに関することを耳にしている。

とはいえ、ここでいくらぼかして書いても、迷惑をかけてしまうだろうから、書かないでおこう。

編集部のシステムとしての問題は、外部からいくら指摘されたところで、
本人たちが自ら気がつかないことには解決されることはないのも事実だから。

それでも、なお「オーディスト」についてこうやって書いているのは、
ステレオサウンドで、「オーディスト」が使われたからである。
しかも記事と広告とで、二回もである。

山口孝氏の「オーディスト」はステレオサウンド以前に、無線と実験で使われていた(とのことだ)。
ステレオサウンド 179号で使われたあと、
ステレオサウンドの姉妹誌であるHiViでも、「オーディスト」は使われていた。

亀山氏だったと記憶しているが、
読者数人を集めての記事で、オーディオマニアの読者を「オーディスト」と呼ばれていた。

もしステレオサウンドで「オーディスト」が使われなかったなら、
他のオーディオ雑誌で使われようと、そしてオーディスト(audist)の意味を知ったあとでも、
ここに書くことはしなかっただろう。

ステレオサウンドで使われたから書いているのだ。
ステレオサウンドは創刊のときから、五味先生が精神的支柱となっている。
そのステレオサウンドで「オーディスト」を使うということは、私はどうしても無視できない。

Date: 1月 19th, 2014
Cate: オーディオ評論

オーディオ評論家の「役割」、そして「役目」(300Bのこと・その7)

300Bシングルアンプの音が、楚々として細めという発言があって、
少なくともステレオサウンド 189号の座談会のまとめを読むかぎりでは、
賞の選考委員の全員が、300Bシングルアンプの音が、楚々として細めと受けとっているようだ。

ウエスギの300Bシングルアンプの音は、そんな300Bシングルアンプの音のイメージとは違う──、
そういうまとめかたになっていた。
(友人宅でちょっと読んだだけなので、正確な引用ではない)

これを読んでいて、ステレオサウンドグランプリの選考委員の誰ひとりとして、
伊藤先生の300Bシングルアンプの音を聴いたことがないんだろう、と思った次第だ。

何も選考委員全員が伊藤アンプの音を聴いていなければならない、なんてことは、
いわないし、求めたりもしない。

ただ誰も、ひとりもいないのか、と思っただけである。

これではなんのために選考委員が一人ではなく、何人もいる意味がどこにあるのだろうか。
オーディオ雑誌に、何人ものオーディオ評論家が書いている意味は、どういうことなのだろうか。

ひとりひとりには、オーディオ評論家としての役割があるから、だと私は考えている。

今回の件にしても、ひとりだけでいいから、伊藤先生の300Bシングルアンプの音を聴いた人がいるだけで、
座談会の内容は深みを増したであろうに……、と残念におもう。

Date: 1月 19th, 2014
Cate: 表現する

音を表現するということ(聴きに行くことについて)

人に自分の音を聴いてもらう、
人の音を聴きに行く、試聴会にも行くし、ジャズ喫茶、名曲喫茶にも足を運ぶ、
さらにはコンサートにも行く。

自分のオーディオからの音だけではなく、
さまざまな音で音楽を聴く。

悪いことではない。

こういうことはやめたほうがいい、とは思っていない。
でも、と思う時もある。

どこかに出かけて音を聴くのは楽しいし、いい刺戟にもなることがある。
勉強になることだってあるだろう。

それでも、まず大事なのは自分の音と正面切って対峙すること。
そうやって自分の音を徹底して聴くこと、である、いいところも悪いところも。