Archive for category ブランド/オーディオ機器

Date: 4月 27th, 2009
Cate: Mark Levinson, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その46)

瀬川先生が、ベストバイのマイベスト3に、マークレビンソンのML2Lを選ばれていないことについては、
「思い出した疑問」にも書いている。

ML2Lの音は、それまでのA級動作のアンプの音が、やわらかく素直で透明な音というイメージを覆してしまった。
それほどスピーカーとの結合が密になった感じで、全体的な音の形は、贅肉をまったく感じさせないスリムさで、
スピーカーに起因するユルさまでもタイトに締め上げているような、強烈な印象を持っている。

線が細く、スリムでタイト。なめからで透明であることを徹底して追求し、
音が下品にふくらむことを拒否したところは、そのまま瀬川先生の音の好みともいえるし、
4350や4343をML2Lを6台用意して、低域をブリッジ接続にしてバイアンプで鳴らした音が、まさにそうであろう。

なのにML2Lを選ばれていないのは、なぜなのか。

瀬川先生がML2Lを導入される前に使われていたパワーアンプは、SAEのMark2500である。
そのときのアナログプレーヤーは、EMTの930st。
どちらも低域の豊かさは、他の機種からはなかなか得られないよさであり、
ピラミッド型の、安定した音のバランスは、聴き手をくるみ込む。

ステレオサウンド 55号のアナログプレーヤーの試聴記事で、
瀬川先生は、930stの低音を「いくぶんしまり不足」と表現されている。
55号のマイベスト3に挙げられているパイオニア/エクスクルーシヴP3についても、
「ひとつひとつの音にほどよい肉付き感じられ、弾力的で、素晴らしく豊かな気分を与える」と、
930stとともに高く評価されている。

パワーアンプのマイベスト3は、ルボックスのA740、マイケルソン&オースチンのTVA1、
アキュフェーズのP400で、
ML2Lの、タイトで無駄な肉付きのない音は反対の、
エクスクルーシヴP3に通じる、美しい響きをもつモノを選ばれている。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×十四 825Ω)

現行製品で、MC型カートリッジを、数kΩ以上の高い入力インピーダンスで受けられるモノのひとつに、
コード(CHORD)のフォノイコライザーアンプ、Symphonicがある。

Symphonicの入力インピーダンスは、アンバランス入力が33、100、270、4.7k、47kΩの5段階、
さらにバランス入力も備えており、こちらはアンバランス時の2倍、66、200、540、9.4k、94kΩとなる。
フォノ入力でバランスということは、MC型カートリッジ用ということであり、
94kΩは、現在市販されているアンプの中では、もっとも高い値だ。

ところでML7LのL3Aカードの入力インピーダンスは、825Ωという、中途半端な数字なのだろうか。
MC型カートリッジをハイインピーダンスで受けることは理に適っている。
ならば切りのいい数字で1kΩでもいいわけだし、さらに高い10kΩ、100kΩでもいいだろうし、
プリント基板上にDIPスイッチを設けて、インピーダンスを切り替えることもできたはず。
にも関わらず825Ωだけである。

マーク・レヴィンソンは、ある特定のカートリッジで、この値を選んだのだろうか……。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×十三 825Ω)

つまりMC型カートリッジをヘッドアンプで受ける場合、入力抵抗による減衰量を極力なくすためには、
カートリッジの内部インピーダンスに対し、数100倍から1000倍程度の入力インピーダンスということになる。

実は、このことは目新しいことではなく、かなり以前から指摘されていたことである。
1969年に出版された「レコードプレーヤ」(山本武夫氏、日本放送出版協会)には、
「ムービングコイル形カートリッジ使用上の注意」として、次のように書かれている。
     ※
ヘッドアンプを用いる場合には、カートリッジの電気インピーダンスにくらべてアンプの入力インピーダンスがかなり高く、カートリッジが無負荷状態で動作できるものが必要です。ヘッドアンプを使う場合には、インピーダンス関係より、カートリッジの出力電圧が大きくなった場合のひずみに注意すべきです。
     ※
いまから40年以上前、ML7Lが825Ωを採用する10年以上前に、
すでにMC型カートリッジは、かなり高いインピーダンスで受けるものだと、山本氏は指摘されていた。

入力抵抗でのロスを極力なくすだけでも、ヘッドアンプのSN比は向上する。
微小レベルの信号を扱うヘッドアンプで、何も入力のところで信号を減衰させていい道理はひとつもない。

そういえば、日本では、無線と実験の筆者である金田明彦氏が、やはりMC型カートリッジ、
金田氏の場合は、デンオンのDL103を、560kΩで受けられている。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×十二 825Ω)

MM型カートリッジでは負荷抵抗を変化させても、全帯域のレベル、
つまり出力電圧は、ほとんど変化しない。

MC型カートリッジでは(DL103S)では、6dB近く出力が増えている。
6dBといえば、電圧比で2倍。つまり推奨負荷インピーダンスの1000倍程度の高い値で受けたとき、
カートリッジ側から見れば、ほぼ無負荷に近い状態では、出力電圧が増す。

正しく言えば、ロスがほぼ無くなり、その分、出力電圧が増したようなことになる。
DL103Sの出力電圧は、0.42mV。オルトフォンのSPU-A/Eは0.2mV、MC30は0.07mV。
いずれも1kHzの値である。

レコードは、RIAA録音カーブで周波数補正がなされているため、
30Hzでは−18.59dB、20Hzでは約20dBほどレベルが低下する。
−20dBは、10分の1だから、それぞれのカートリッジの出力電圧は、1kHzの値の10分の1にまでなってしまう。
MC30では0.007mVになってしまう計算だ。
さらにピアニッシモではさらに低い値となる。

MC型カートリッジの出力は、ひじょうにローレベルの信号にもかかわらず、
ヘッドアンプで、負荷抵抗をカートリッジのインピーダンスと同じ値に設定してしまうと、
さらに2分の1にまで低下してしまうことになる。

カートリッジはかならず内部インピーダンスをもつ。
つまりカートリッジ側からみれば、自身の内部インピーダンスが直列、
それに対しヘッドアンプの入力抵抗が並列に存在していることになり、
このふたつが抵抗減衰回路を形成してしまう。

カートリッジの内部インピーダンスとヘッドアンプの入力抵抗が同じ値だと、ちょうど6dBの減衰となる。
入力抵抗を上げていくと、この減衰量が減っていくことになる。
入力抵抗をなくした状態で、減衰量はほぼ0dBになる。
0dBにならないのは、アンプそのものの入力インピーダンス(FET入力だと数MΩ)が存在するため、
ごくごくわずかな減衰は生じるためである。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×十一 825Ω)

MM型カートリッジで負荷抵抗(アンプの入力インピーダンス)を高くしていくと、
高域のピークの周波数が高くなるとともに、ピークの山そのものも高くなることは、以前書いたとおりだ。

MC型カートリッジでも、この点に関しては同じであり、ヘッドアンプで受ける場合は、
入力インピーダンスを高くしていけば、高域にピークが生じる。
ヘッドアンプの入力インピーダンスを実質的に決める、アンプの入力に並行に接続されている抵抗は、
カートリッジの高域共振をダンプするためのものだと考えられているため、
カートリッジのインピーダンスに合わせるとされている。

実際に測定した場合、MC型カートリッジの周波数特性がどのように変化するのか。
手もとにデンオンのDL103Sの測定データが載っている本がある。
無線と実験別冊の「プレーヤー・システムとその活きた使い方」(井上敏也氏・監修)だ。

余談だが、この本は、岩崎先生がお読みになっていたものを、ご家族から譲り受けたもの。
私のところにある、数冊のステレオサウンド──
38、39、41、42号、コンポーネントステレオの世界 ’77、世界のオーディオ・サンスイも、
岩崎先生がお読みになっていたそのものである。

DL103Sのデータは、39Ω、33kΩ、100kΩ負荷時の周波数特性だ。
DL103Sの負荷インピーダンスは、40Ωと発表されている。
デンオンから同時期に発売されていたヘッドアンプ、HA500、HA1000の入力インピーダンスは、
どちらも100Ωで固定。ゲインのみ切替え可能。

実測データでは、39Ωでも高域にピークが生じている。
33k、100kという、推奨負荷インピーダンスからすると、ひじょうに高い値で受けた場合も、
やはりピークは発生している。
ピークが、39Ω負荷時よりも大きいかというと、ほとんど変わらない。
多少大きいかな、という程度の違いでしかない。

それよりも注目すべきことは、全帯域のレベルの変化である。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×十 825Ω)

H-Z1の音は、たしかによく出来た音だった。整然と音を出してくれるが、蛇口全開の音ではなかった。
勢いが前面にたつ印象ではなく、むしろひっそりと鳴る面が、
C-Z1、M-Z1と同じラインナップということが頭にあるため、
よけいにつよく感じられた、そんなふうに記憶している。

ヘッドアンプに抱いている、スタティックな印象が拭い去れているのかと、H-Z1には期待していた。
H-Z1も入力インピーダンスの切替えが可能で、10、47、100、470Ωの4段階。
試聴に使ったカートリッジは、オルトフォンのMC20MKIIだった。
ローインピーダンスだから、10Ωでも問題ないが、それでもインピーダンスを高いほうに切り替えていくと、
わずかとはいえ、スタティックな音から活気が加わってくる音に移り変っていく。
それにともない、音楽の表情のコントラストも、すこしずつ明瞭になっていく。

どんなに微細な音まで鳴らしてくれるアンプでも、表情のコントラストが乏しければ、
暗くスタティックな音になってしまう。
470Ωのときの音が個人的にはいちばん好ましかったし、
もっとインピーダンスをあげていけばどうなるのか、825Ωにしたら、どうなるのか、と思ってもいた。

マークレビンソンのML7Lは、H-Z1の1年前に登場している。
ML7Lの825Ωをのぞければ、470Ωも高い負荷抵抗といえる。

それにML7L以降、記憶をたどりすこし調べてみると、クレルのPAM3(1984年登場)も、
内部のDIPスイッチの切替えで、5Ωから1kΩまで9段階で設定できる。
825Ωが、設定値の中に含まれているのかは忘れてしまったが、
すくなくともML7Lの825Ωの採用が、ヘッドアンプの入力インピーダンスを、
それまでよりも高くしたといえるだろう。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×九 825Ω)

自作トランスの音の、私なりに一言で表せば、「ロスレスの音」。

もちろんロスがまったくないわけではない。そんなことは、十分わかっている。
周波数レンジ的にも、STA6600はどちらかといえばナローなだけに、
それだけですでにロスがあるといえるわけだが、
それでも、そんなふうに感じさせるだけの音の勢いがある。
フォルティシモで、音が頭打ちを感じさせずに、伸びていく。
ネガティヴな意味でのスタティックな印象は、かけらもなかった。

菅野先生が、パイオニアの無帰還アンプC-Z1、M-Z1に使われた「蛇口全開の音」、
この表現もぴったりくる。

C-Z1、M-Z1には、すこし遅れてH-Z1が登場した。
型番が示すようにヘッドアンプで、もちろん無帰還アンプで、
パイオニア独自のSLC(Super Linear Circuit)を採用していた。

SLCといっても、C-Z1、M-Z1がトランジスターによる構成に対し、H-Z1はFETによる。
H-Z1はひじょうに凝った内容のヘッドアンプで、
シャーシー内部には電波吸収材を採用、電源トランスにも使っていたと記憶している。
さらに電解コンデンサーの、通常は金属製の筒を、渦電流の発生を抑えるためガラス製にしたり、
プリント基板の銅箔も、通常数倍の厚みにした無酸素銅を採用、
といま同じことをやろうとしたら、いったいどのくらいの価格になるのだろう、と思いたくなるほど、
細部にわたって技術者のこだわりが実現されていた。

それだけのモノだけに、筐体もヘッドアンプとしてはかなり大型で、
価格も、当時のヘッドアンプとしてはもっとも高価だった(たしか20万円越えていた)。

H-Z1の音には、じつは期待していた。
H-Z1の音を聴いたのは、ステレオサウンドの試聴室で、C-Z1、M-Z1に通じる「蛇口全開の音」、
それを内部のこだわりのように、もっと洗練された音で鳴ってくれるのでは、とそんなふうに期待していた。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×八 825Ω)

お手製のトランスを持ち込んだころ、早瀬さんは、マイクロのSX8000IIに、トーンアームはSMEのSeries V、
カートリッジはオルトフォンの、たしかSPU-Goldだったと記憶している。

昇圧手段は、ヘッドアンプではなくトランスで、あえてブランド、型番は記さないが、
当時、かなり高価なモノで、それに見合うだけの評価も受けていた。
私も、すこし気になっていたトランスだった。

STA6600をベースにしているとはいえ、そこそこ、いい音で鳴ってくれるだろうな、とは予想していた。
自分で作ったモノを正しく評価するには、本音で語り合える友人のところで聴くと言うのもやってみたほうがいい。

重量も価格も、私の自作トランスに較べてずっと重く高い既製品を聴いた後での音出し。
自慢話をしたいわけではない。
STA6600は、早瀬さんも以前使っていたことがあり、その時の環境では鳴らしていないものの、
ある程度は、STA6600の音の輪郭は掴んでただろうから、鳴ってきた音に驚かれた。

私も、正直、すこし驚いていた。ここまで変わるとは !
伊藤先生の言葉を思い出していた。

自作トランスはそのまま早瀬さんのリスニングルームにいることになった。

後日、ステレオサウンドのMさんが来られたときに、何の説明もなしに聴かせたら、
「すごく驚いていましたよ」という話も、
それから井上先生の評価も、早瀬さんから聞いている。

トランスそのものには何の細工もしていない。
何度も書いているが、取りつけ方、配線、アースの処理、インピーダンス整合に気を使って、
組み上げたものだから、トランスの基本に立ち返ってもらえれば、
私がどんなことをやったのかは、すぐにお解りになると思う。特殊なことは何もやっていないから。

私が言いたいのは、トランスは使い方ひとつで、大きく音が変化する。
電源を必要としない、プリミティブな素子だけに、生き物と表現された伊藤先生の気持が、
このトランスをつくったことで、多少なりとも理解できたし、そのことを知っていただきたい。

トランスの、らしさを活かし、臭さをできるだけ抑えることはできたといえる。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その36・補足)

夕方に、Kさんから電話があり、
瀬川先生もトーンアームの高さ調整には、ずいぶん神経を使われていたことを聞いた。

やはり瀬川先生も、レコードの厚みがかわることで、
カートリッジのヴァーティカルトラッキングアングルが変ってしまうことを指摘されており、
その都度調整されていたとのこと。

さらにレコードには、実効垂直録音角がある。
意外に思われるかもしれないが、1960年代まで、レコード会社によって、
実効垂直録音角はまちまちだった、ときいている

実効垂直録音角とは、ラッカー盤にカッティングする際、
カッター針の動きそのままの溝が、最終的に刻まれるわけではない。
もちろんカッター針で刻んだ直後は、針の動きそのままだが、
ラッカー盤の弾性によって、すこし元に戻ってしまう。いわば溝が変形してしまうわけだ。

この現象は、CBSが発見している。
これにより、垂直録音角がずれてしまう。
どの程度のズレが生じるかというと、ウェストレックスのカッターヘッド3Dだと、垂直録音角は約23度。
それが0度から1度程度になってしまう。この値が実効垂直録音角となる。
つまり22度ほど戻ることになる。

ヨーロッパのレコード会社で使われていたノイマンのカッターヘッドの垂直録音角は0度で、
実効垂直録音角は約−10度だと言われていた。

これだけまちまちだと、カッターヘッドの実効垂直録音角と
カートリッジのヴァーティカルトラッキングアングルが一致せず、
垂直信号に第2次高調波歪、混変調歪が発生、
左右チャンネル間での周波数変調歪、クロストークが発生するといわれ、
正確なピックアップは望みようもないため、
RIAAとIECによって、実効垂直録音角を15度に統一するように勧告が出された。

シュアーのV15の型番は、このヴァーティカルトラッキングアングルが15度であることを謳っているわけだ。

このようにレコードの実効垂直録音角は、ほぼ15度に統一されたわけだが、
レコード会社によって、じつはわずかに異る。
といっても以前のようにバラバラではなく、15度から大きくても20度までにおさまっていると聞いている。

だから厳密には、レコードのレーベルが違えば、厚みは同じでもトーンアームの高さ調整、
つまりカートリッジのヴァーティカルトラッキングアングルを調整すべきである。

Kさんの話では、瀬川先生は、お気に入りのレコードでは、最適と思われる角度(高さ)を見つけ出されて、
1枚1枚ごとにメモされていた、とのことだった。

最良のヴァーティカルトラッキングアングルを見つけるにはどうしたらいいかというと、
レコードの最内周での音で決める。

レコード内周ではトラッキングが外周よりも不安定になり、音像定位も不確かになってくる。
だから最外周と同じような音像定位の明確さと、フォルティシモでのトレースの安定度、
ビリツキのなさ、混濁感の少なさに耳の焦点を合わせれば、
馴れもあるけれど、最良の高さにするのは、それほど難しいことでもない。

そういえば、瀬川先生がデザインに関われていたというオーディオクラフトのAC3000 (4000) シリーズは、
高さ調整を容易にするために、目盛りがふってあったはずだ。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×七 825Ω)

オルトフォンのSPUシリーズ用として、STA6600という昇圧トランスがあった。
同じデンマークのトランス・メーカー、Jörgen Schou(JS)社のトランスを、ケースに収めたもので、
どちらかといえば安価な製品だったが、いま中古市場では、ときにかなり高価な値付けがされているらしい。

STA6600の、当時の評価は、それほど高いものではなかったし、
その後のMC型カートリッジブーム時に登場してきたトランスに比べると、
あきらかにナローレンジで、トランスらしい、というよりも、トランス臭さといった、
ネガティヴな印象のほうを強く感じさせてしまう。

実は、STA6600を持っていた。使っていたというよりも、格安で売られていたのを見つけたので、
とりあえず買っておいていた、という感じだった。

STA6600のつくり、内部配線を見ると、これでは、トランスがもったいない、と思う。
それで、たまたま引抜き材の、手頃な大きさのアルミのシャーシーが入手できたのをきっかけに、
STA6600のトランスを取り出し、こうすればいいのに、と思っていたことを実行してみたことがある。

このトランスの製作にかかった費用は、STA6600を別にすると、1万円もかかっていない。
加工や配線も、ほぼ1日で仕上げられた。

たやすく作ったように思われるだろうが、トランスの取りつけ方、アースの配線、配線の引き回し、
インピーダンス整合など、市販の製品がこうやっているから、という常識にとらわれることなく、
自分で納得のいくやり方を通した。

そして、このトランスを、早瀬さんのところに持ち込んでた。1989年だった。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その34・補足)

この項の(その34)で、すこし触れているマーク・レヴィンソンが録音・制作し、
MLAシリーズとして発売されていたアナログディスク。

レヴィンソン自身が言う、「音楽のイベントを正確に捉える」こととは、いったいどうものなのかを知る上で、
これらが録音されて30年以上経っているが、それでも、いま一度聴いておきたい。
そう思っていても、1枚7000円していたMLAのレコードを、いったいどれだけの方が購入されただろうか。
ごくごくわずかだろう。
それらが中古レコードとして出回ることは少ないだろうし、ばったり出会すことも稀なのはわかっているが、
そう思うと、よけいに聴きたくなるものである。

ふと、もしかして、と思い立って、Red Rose Musicのサイトを見たところ、
MLAシリーズのレコードすべてではないが、いくつかは、SACDで、いまでも入手できる。

当時、45回転LPで4枚組、つまり7000円×4で、28000円した、
チャールズ・クリグハウムのオルガンによるバッハのフーガの技法が、いまでは10ドルで購入できる。

レヴィンソンは、ステレオサウンド 45号のインタビューで、ソース・マテリアルという言葉を使っている。
日本では、プログラムソースという表現は使われるが、
原料・材料、資料・データの意味の material を使うことは、まずない。

この言葉に、レヴィンソンの考えがはっきりとあらわれている、と言えるだろう。
それとも、アメリカでは、ソース・マテリアルは一般的なのだろうか。

スチューダーのA80をベースにしたマスターレコーダーを20台用意して、
マスターテープを20本、同時に製作し販売することを考えていたレヴィンソンだから、
アナログディスクへの思い入れよりも、よりよい状態での提供を第一としていたのだろうから、
聴き手であるわれわれも、ソース・マテリアルとして、MLAのSACDを捉えたほうがいいのかもしれない。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×六 825Ω)

伊藤喜多男先生は「トランスは生き物だ」と言われていた。

同じトランスが、ケーシングの違い、アースの取り方をふくめた配線の仕方、
インピーダンス整合をどうとるか、取りつけ方などによって、驚くほど音は変化していく。

電源を必要とせず、インピーダンス変換を行なったり、アンバランス/バランスの変換、
昇圧などをこなしてくれる。

MC型カートリッジの昇圧手段として、ヘッドアンプか昇圧トランスか、は度々語られてきた。
どちらを採るかは、人それぞれだろうし、同じ人でも、使うカートリッジや、
聴きたいレコードによって、使いわけもされていることだろう。
どちらが優れているかは、実際に市販されている製品を比較するわけだから、
方式の優劣よりも、製品の完成度を比較しているにすぎない。

だから断言こそできないが、それでもオルトフォンのようなローインピーダンスのモノには、
トランスに分があるように感じている。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×五 825Ω)

MC型カートリッジをヘッドアンプで使うとき、必ずしも、
カートリッジのインピーダンスとヘッドアンプの入力インピーダンスを一致させる必要はどこにもないし、
すこし極端なことを言えば、ハイインピーダンスのMC型カートリッジをローインピーダンスで受けても、
カートリッジ本来の特性は活かしきれないものの、ヘッドアンプやカートリッジがこわれたりはしない。

ヘッドアンプの入力インピーダンスを切り替えてみると、わりとハイインピーダンスで受けたほうが、
伸びやかさが増す傾向にある、と言えるだろう。
特にローインピーダンスのカートリッジを、そのままローインピーダンスで受けると、
ヘッドアンプの場合、どこか頭を押さえつけられているかのような印象がつきまといがちだ。

良質のトランスと組み合わせた時の、フォルティシモでの音の伸びの気持ちよさが、
すっと伸び切らずに、スタティックな表情にやや傾く。
そういうところを、レヴィンソンは嫌ったのだろうか。

最初は3Ωあたりから聴きはじめ、10Ω、20Ω、100Ω……と聴き続けていき、825Ωという値にたどりついたのか。

1kΩでも良さそうなものなのに、とも思う。
けれど825Ωに、レヴィンソンがこだわるのは、ある特定のカートリッジで、
音を追い込んでいき、決めた値なのだろうか……。

しかし、この825Ωという値は、マーク・レヴィンソンがいなくなった後のアンプ、
No.26L、No.28Lにも受け継がれている。
そしてスレッショルドのXP15も採用しているということは、
意外にも汎用性、普遍性のある値なのかもしれない、とも思ってしまう。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続々続々825Ω)

マークレビンソン・ブランドのカートリッジ MLC1以前に、
マーク・レヴィンソンが使っていたカートリッジが何だったのかというと、
いくつかのブランドのMC型カートリッジを使っていたなかで、
スペックスのカートリッジを常用している、ということを聞いたことがある。

当時スペックスといえば、「日産21個」という広告が印象に残っているが、
ステレオサウンドで取りあげられる機会もそれほど多くはなく、
地味なブランドのように受けとめている人も少ないだろうが、
アメリカでの人気は非常に高かったときいている。

1970年代後半から、アメリカでMC型カートリッジがもてはやされるようになったのは、
スペックスのSD909が、先鞭をつけたからである、とも言われている。
レヴィンソンが使っていたとしても、不思議ではないし、MLC1もスペックスのOEMだという話も聞いている。

スペックスは、一貫してオルトフォン・タイプのMC型カートリッジをつくってきていて、
SD909のコイルの巻枠にはパーマロイ系の材質を使用し、形状は四角形で、
井桁状に左右チャンネルのコイルが巻かれている。
コイルの巻数はオルトフォンのSPUよりも多いようで、SPUが負荷インピーダンス2Ωに対し3.5Ω、
出力電圧もSPUの0.2mV (5cm/sec)よりもすこし増え、0.28mVとなっている。

MLC1は写真でしか見たことがなく、スペックも知らない。
出力電圧、インピーダンス、針圧などがどれだけなのかはわからないが、
もしスペックスのOEMが本当の話だとしたら、SD909をベースにしたものであるだろうし、
基本特性はほぼ同じであろう。

つまりSPUタイプのローインピーダンスのMC型カートリッジの負荷インピーダンスとして、
レヴィンソンは825Ωを選択した、と考えても、そう間違ってはいないと思う。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続続々825Ω)

1980年に登場したML7Lは、パネルフェイスはML1L、JC2と同じでも、
内部はまるっきり一新されていた。

JC2やLNP2で採用された、マッチ箱大のモジュールユニットは、メイン基板の上に、
それぞれのアンプ部が構成された、いわゆるドーターカード式に変更されるとともに、
回路を構成する部品点数も大幅に増え、カードの大きさも、かなり大きくなっている。

フォノカードがL3、ラインアンプのカードがL2で、さらにフォノカードは、
MC型カートリッジが直接接続できるL3Aカードも用意されていた。
このL3Aカードの入力インピーダンスが、825Ωだったのだ。

それまでMC型カートリッジ用ヘッドアンプの入力インピーダンスといえば、
低いもので10Ω、高いもので100Ω程度で、カートリッジのインピーダンスによって切り替えるようになっていた。
そういう時代に、825Ωという値を採用したマークレビンソンのML7L。
その利用は、聴感を重視した結果ということを、ステレオサウンドのインタビューで、
マーク・レヴィンソンが答えていたはずだ。
技術的な理由は、一切語っていなかった、と記憶している。

当時、マークレビンソンからは、MC型カートリッジ、MLC1も登場していた。