Archive for category ジャーナリズム

Date: 2月 22nd, 2012
Cate: ジャーナリズム, 測定

測定についての雑感(続々続・ある記事を読んで)

8Ω/1Ωの負荷インピーダンス瞬時切替え時の波形の理想は、きれいなサインウェーヴである。
だが実際には1/4波ごとに8Ω/1Ωと切り替わるためサインウェーヴのプラス側のピーク、マイナス側のピークで、
波形のズレ(落込み)が生じるものが大半である。

といっても出力が低い(8Ω負荷6.125W時)場合には、ほとんどでアンプで波形のズレはあまり目立たない。
優秀なアンプでは10%以内ですんでいる。それ以上の落込みのあるアンプもある。
出力を増した状態での波形となると、6.125W時とほとんど変らないアンプもあれば、
ズレが大きくなるアンプも出てくる。
ここで問題となったのは国産アンプいくつかは保護回路が働いてしまう、ということだった。

8Ω負荷6.125Wでは問題なく測定できても、
8Ω負荷の最大出力と同じ値を1Ω負荷で出そうとして測定すると保護回路が働くと測定できない。
出力に波形が出てこないからだ。
それで保護回路が働かないぎりぎりのところまで出力を下げて測定している機種がいくつかある。
これは、記憶に間違いがなければすべて国産アンプで生じた現象である。

このことが、国内家電メーカーがルンバを作れない(作らない)理由とかぶさってくる。

パワーアンプには、とくにトランジスターアンプにはほぼどんなアンプにも保護回路がついている。
この保護回路は、何を保護するものだろうか。
パッと浮ぶのは、スピーカーの保護である。
アンプになんらかの異常が起った時、スピーカーの破損を防ぐためのものが保護回路という印象が強いが、
保護回路はアンプそのものも保護している場合(そういう設計)もある。

64号の測定で出力が落とさなければ保護回路で働いてしまうアンプは、
どうもアンプを保護する意味あいの強い保護回路のような気がしてしまう。

Date: 2月 22nd, 2012
Cate: ジャーナリズム, 測定

測定についての雑感(続々・ある記事を読んで)

負荷インピーダンスを1/4波ごとに8Ω/4Ωを瞬時に切り替える状態での高調波歪率は、
そのグラフを見ると、こうも違うものかと驚く。

ステレオサウンド 52号、53号での測定結果はすでに知っているわけだから、
ある程度の予測はしていたものの、実際に測定器に示される値をグラフにしていくと、
差の大きなアンプでは二桁近い歪率の悪化が見られる。

高調波歪率のグラフには3本の線が描かれている。
1本目は8Ω負荷、2本目は4Ω負荷、3本目が8Ω/4Ω切替え負荷である。
念のためいっておくが、すべて抵抗負荷である。52号、53号で使われたダミースピーカーではない。
アンプにとって、もっともいい数値を出しやすい抵抗負荷の8Ωと4Ωに瞬時に切替えるだけで、
アンプによっては驚くほど歪率が悪化(そのカーヴも大きく異る)するのがある一方で、
ここでも52号、53号でのダミースピーカーでの歪率が抵抗負荷とほぼ同じ歪率を示すモノがあったように、
ほぼ変化しないアンプがあるのも、また事実である。

64号では高調波歪率はあくまでも参考データ扱いで、掲載されているのは9モデル分で、
国産アンプと海外アンプの区別はつけてあるものの、どれがどのアンプかは明記していない。
もっとも丹念に見ていけば、どのアンプなのかはおおよその見当はつく。

64号の測定のメインは、瞬時電力供給能力のほうである。
こちらもやはり1/4波ごとに抵抗負荷の8Ωと1Ωにトライアックで自動的に瞬時に切替えて、
そのときの電流波形を写真で捉えている。
掲載されている写真は2枚で、1枚は8Ω負荷時での出力が6.125W時(つまり1Ω負荷時で50Wになる)のもの。
もう1枚は1Ω負荷時に8Ω負荷時の最大出力となるもの(8Ωで100Wのアンプであれば、8Ω負荷12.5Wとなる)。
さらに棒グラフでどの程度供給能力が低下するのかをパーセンテージで示したものも掲載している。

この測定結果は全アンプ掲載されている。

Date: 2月 22nd, 2012
Cate: ジャーナリズム, 測定

測定についての雑感(続・ある記事を読んで)

ステレオサウンド 64号には、特別寄稿として、
「現代にはびこる特性至上主義アンプの盲点をつく──これでもアンプはよくなったといえるのだろうか」という、
長島先生による7ページの、今回の測定に関する記事がある。

ステレオサウンドは52号、53号で抵抗負荷での歪率測定だけでなく、
アンプ測定用のダミースピーカー(三菱電機によるもの)を負荷としたものも測定している。
たいていのアンプ(特に国産アンプ)は、抵抗負荷時の歪率のほうが低い。
アンプによってはかなり差が出ているものがあった。
抵抗負荷時には逆レの字型の歪率のカーヴを描くのに、
ダミースピーカーが負荷となると歪率が違うだけでなくカーヴそのものも変化するものも多い。

海外アンプはというと、おもしろいことに抵抗負荷時よりもダミースピーカー負荷時の歪率ほぼ同じというモノ、
さらにダミースピーカー負荷時の歪率のほうが低い、というモノも数は少ないながらも存在していた。

サインウェーヴを入力してアンプの負荷に抵抗を接続した状態の物理特性を、一般に静特性というが、
実際にアンプがシステムに組み込まれると、入力信号はサインウェーヴではなく音楽信号に、
負荷も抵抗からスピーカーシステムへ、となる。
この状態での物理特性を動特性とすれば、
聴感とより密接に結びつくのは静特性よりも動特性であることは容易に想像できるものの、
それでは動特性をどう測定するかは難しい問題でもある。

ステレオサウンドがダミースピーカーを使ったのは、
少しでも動特性を測定するための工夫であり、
64号での負荷インピーダンスを瞬時に切り替えるというのも、そういうことである。

実際の測定はサインウェーヴの山が一番高くなった時点で負荷インピーダンスを8Ωから1Ω(もしくは4Ω)に、
トライアック(双方向性スイッチング素子)を使い瞬時に切り替える。
サインウェーヴが0Vにきたところでまた切り替え8Ωにし、今度はマイナス側の山のところでまた1Ω(4Ω)にする。
つまり半波の半分、1/4波ごとに負荷インピーダンスを自動的に瞬時に切り替えて、
パワーアンプの瞬時電力供給能力の実態を視覚化するとともに、
いくつかのアンプでは高調波歪率も測定している。

Date: 2月 21st, 2012
Cate: ジャーナリズム, 正しいもの, 測定

測定についての雑感(ある記事を読んで)

10日ほど前の産経新聞のサイトに、
日本の家電メーカー各社がルンバ(掃除ロボットと呼ばれている製品)を作れない理由、
といった記事が公開されていた。

記事には、パナソニックの担当者の発言として「(ルンバを作る)技術はある」としながらも、
商品化しない理由として、「100%の安全性を確保できない」ことをあげている。

たしかにアイロボット社のルンバも、使っている人にきくと完璧なモノではないらしい。
それでも便利なモノで、結局は使っている、とのこと。
けれど、日本のメーカーは、産経新聞のサイトによると、
掃除ロボットが仏壇にぶつかりロウソクが倒れると火事になる、とか、
階段から落下して人にあたる、とか、
よちよち歩きの赤ちゃんの歩行の邪魔して転倒させる、とか、
こういったことがクリアーされないと、日本の家電メーカーは商品化に及び腰になる、と読める。

この記事を読んでいて思い出したのは、ステレオサウンドで行ったアンプの測定のことだった。
64号の特集は「スピーカー相性テストで探る最新アンプ55機種の実力」で、
プリメインアンプとセパレートアンプを、
ヤマハのNS1000M、タンノイのArden MKII、JBLの4343B、
この3種のスピーカーシステムで試聴する内容。
測定も長島先生によって行われている。

64号では1機種当りのページ数は2ページ。
ページのゆとりはあまりないけれど、ここでの測定は、それまでとは違い、
負荷インピーダンスを測定中に瞬時に切り替えるというものだった。
パワーアンプの瞬時電力供給能力を測定する、というものだ。

Date: 2月 20th, 2012
Cate: ジャーナリズム, 測定

測定についての雑感(その4)

ページ数が以前のようにとれないのであれば、
製品の写真を小さくして、測定データも小さい扱いでもいいから、という意見はあるだろう。
けれどステレオサウンドが測定を始めたころと時代は大きく違っている。
測定データのグラフは、小さな扱いでは細かいところまで読み取りにくくなるから、
どうしてもある程度の大きさは必要となってくる。

ステレオサウンドは、なぜ測定を始めたのか。
それは、当時はメーカー発表の測定値(カタログに載っているデータ)にいいかげんなものが少なくなかった、から。
カタログに発表されている値がほんとうに出ているのかどうかを検証するために始めた、というふうに聞いている。

測定をはじめた当初は、ずいぶんメーカーの発表値とステレオサウンドでの実測値が違うモノがあったそうだ。
つまりカタログに載っている値を満たしているものは、わずかだったらしい。
そうなるとメーカーの信頼にも関わってくることなので、カタログに載っているデータは正しいものとなってきた。
そういう時代があったわけだ。

そうなってくるとステレオサウンドが測定をする意義も変化していくことになる。
それまでのようにただメーカーの発表値のチェックだけでは意味のないことであり、
そういうものを誌面を載せるのこそ、無駄であるから。

メーカーがやっていない(もしくはやっていたとしてもカタログに発表していない)測定を行なうのも、
ステレオサウンドが測定を行なう(続けていく)意義となる。

Date: 2月 11th, 2012
Cate: ジャーナリズム, 測定

測定についての雑感(その3)

新製品紹介ページの大幅な、ステレオサウンド 56号からの変更は、読者として諸手をあげて歓迎だった。
56号以前でも、注目すべき新製品がどれなのかはきちんと伝わっていた。
その機種が特集での登場まで待てば、詳しいことが掲載される。

とはいうものの読者としては、とくに地方在住の、身近なところにオーディオ専門店がない者にとっては、
特集記事で取り上げられるまでの期間が、実に長い。
ステレオサウンドは季刊誌だから3ヵ月に1度、年に4冊しか出ないわけだから、
登場するタイミングの悪い製品だと、特集で取り上げられるまで、それこそ1年近くかかることだってありうる。

待てないわけではない、待つしかないのだから。
でも、できれば、もう少しでいいから注目すべき新製品に関してはページ数を増やして欲しい、と、
ステレオサウンドに夢中な読者となっていた私はずっと思いつづけていた。
それが56号で、いわば叶ったわけだ。
ステレオサウンドがますます理想のオーディオ誌に近づいてくれた、そうも思っていた。
そんな時期があった……。

56号からはじまった新製品紹介のやり方は、まだ10代で世間のことはほとんど知らない読者だった私にとっては、
歓迎すべきことで、この方向をもっともっと徹底してやっていてほしい、と思うだけですむのだが、
編集を経験してきた者としては、難しい面ももっている、といえる。

当り前すぎることだが、一冊のステレオサウンドにはページ数の制限が存在する。
定価が高くなってもいいからページ数を増やして欲しい、と思われる読者もいるだろう。
たとえ定価を高くしても、コストだけの問題ではない。
製本の問題があって、ページ数はそう簡単に増やしていけるものではない。

しかも56号(1980年)とこの10年(20年といってもいいかもしれない)とでは、
新製品の数も大きく違っている。

ページ数の制約があって新製品の数が増えている、ということは、
つまり新製品紹介のページを充実させていけば、その分、ほかの記事のページ数があおりを喰うことになる。

この項の(その1)でふれたステレオサウンド 42号のプリメインアンプの特集記事と、
ここ数年のステレオサウンド、どの号でもいい、特集記事のページ数を数えてみればわかることだ。
もう42号のときのように1機種あたりに5ページも割くことは、難しいことではなく、無理なことになっている。

Date: 2月 10th, 2012
Cate: ジャーナリズム, 測定

測定についての雑感(その2)

ステレオサウンドの新製品紹介のページは、
56号以前は井上先生と山中先生がふたりで担当されていた時期が続いていた。
ずっと以前のバックナンバーまで遡ればそれもまた違ってくるのだが、
私が読みはじめたステレオサウンド 41号では井上先生と山中先生、ふたりの担当だった。
それでも少しずつ記事の構成には変化があったものの、
基本的には海外製品を山中先生、国内製品を井上先生となっていた。

記事はすべてモノクロでページ数も32ページ前後。
それが大きく変ったのは、上に書いたように56号からである。
この56号から新製品紹介のページが2本立てになった。
カラーページの「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」と、
モノクロページの「Pick Up 注目の新製品ピックアップ」になり、
井上・山中両氏だけではなく、他の筆者による記事が載るようになった。
いまのステレオサウンドの新製品紹介の原型・始まりともいえるのが56号である。

カラーページのトップを飾っていたのは、56号の表紙でもあったトーレンスのリファレンスだった。
書かれていたのは、瀬川先生。リファレンスに割かれているページ数は8ページ。
読みごたえのある文章だった。何度も読み返したものだった。
当時、リファレンスの価格は358万円。
「近ごろの私はもう、ため息も出ない、という状態だ。」とリファレンスの記事を締めくくられているように、
このころの358万円はそうとうな価格だった。

──こんなふうに書いていくと話は逸れていくばかりなので、元に戻そう。
56号にはモノクロページでロジャースのPM510も、これもまた瀬川先生の文章で載っていた。
だからとということもあって、56号の新製品の記事の変化は、読者としてすごく印象深いものとなっている。

それ以外にも56号には、
瀬川先生によるパラゴンの記事(Big Sound)と組合せの記事(これは連載となる予定だったもの)があり、
さらに黒田先生の「異相の木」も載っている。
38号とともにくり返し読んだ回数の多いステレオサウンドである。

Date: 1月 11th, 2012
Cate: ジャーナリズム, 測定

測定についての雑感(その1)

「40万の法則が導くスピーカーの在り方(D130と岩崎千明氏)」で測定のことについてふれていることもあって、
facebookの機能を利用して行っているaudio sharingという非公開のグループで、
昨夜、なぜステレオサウンドだけでなくオーディオ雑誌は測定をやらなくなってきたのか、というコメントがあった。

ステレオサウンドだけでなく、他のオーディオ雑誌も、あきらかに測定はやらなくなっている。
ステレオサウンドが155号、156号でスピーカーシステムの測定を行なったとき、
それだけで話題になっていたぐらいだから、
技術系の雑誌以外では測定データを見る機会は減った、というよりもなくなった、といいたくなるほどだ。

なぜ、測定をやらなくなったのか──、
その理由は、いくつものことがからみ合ってことである、と私は思っている。
なにかひとつ、これだ、という理由があるわけではない。

私が41号に続いて買った、ステレオサウンド 42号はプリメインアンプの特集号だった。
35機種のプリメインアンプが取り上げられている。
この特集は65ページから始まっていて、最終ページは392である。
途中途中に広告ははいっているものの、このボリュウムは最近のステレオサウンドからはなくなっている。
ひとつの特集記事が一冊のステレオサウンドの半分以上を占める。
42号の編集後記が載っている奥付は、536ページである。

なぜこれだけのボリュウムなのか。
いまのステレオサウンドでは1機種あたり、見開き2ページで取り扱うのが当り前となっている。
42号ではプリメインアンプ1機種に5ページを割いている。
測定データもほぼ1ページ使っている。
5ページという物理的なページ数があるからこそ、できる内容である。

44号、45号はスピーカーシステムの特集号で、こちらも1機種あたり4ページを割いている。
その一方で、新製品紹介のページ数は42号では32ページと、いまのステレオサウンドからみるとかなり少ない。

Date: 5月 3rd, 2011
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(資本主義においてこそ)

「持ちつ持たれつ」は、こういう資本主義(むしろ、悪い意味での商業主義)の世の中においては、
もたれ合い的な意味あいで、ネガティヴな印象のほうが強くなっている気もする。

オーディオ雑誌も、資本主義の中で出版されている。
クライアント(国内メーカー、輸入商社)が広告を出稿することで、
いまの雑誌出版というシステムは成り立っているわけで、
それはなにも広告に関してだけでなく、取材のために製品を調達するのにも、
クライアントの存在は不可欠である。

すべてのオーディオ機器を購入して取材すべきだ、ということを言う人がいる。
けれど実際にそんなことをやっていたら、どうなるか。
すこし頭を働かせればわかることである。

購入するにも資金は要る。購入した器材を保管するスペースも要る。
それに購入した器材は資産と見なされるし、調整・修理などの維持に手間がかかる。

だからクライアントから製品を借りることになる。
広告も出してもらっている。

そこで、いわゆる「制約」が生じる。
この制約を一切無視して、文章を書いている人は、いない。
書き手だけでなく、編集者も、その制約の中にいる。

「持ちつ持たれつ」である。
この「持ちつ持たれつ」こそ諸悪の根源だと見なす人がいる。
はたしてそうだろうか。

「持ちつ持たれつ」は、いわば人間関係である。
この関係を無視して、文章を書く人が仮にいたとして、
そんな人の書いたものを読みたいとは思わない。

それに制約があるからこそ、主張が生れてくる、とも思っている。
もちろん制約の中には、取り除かなければならない制約がある。
それらのすべての制約は取り除けるのか、取り除いていいものだろうか。

オーディオは、つくづく「人」だと思うようになった。
持ちつ持たれつが生みだしていくものは、きっとある。

悪しきもたれ合いは、たしかにいらない。
悪しきもたれ合いは、批判的な表現を隠していこうとする。
クライアントに対して、その取扱い製品に対して、批判的なことは表に出せない。
それもわからぬわけではないが、そのことがすでに行き過ぎてしまっているために、
賞讃の表現のもつ輝き・力をも、同時に殺してしまっている。

このことになぜ気がつかないのか。
言葉も「持ちつ持たれつ」という関係の中で生きてきて、輝きをもつものだということを。

Date: 3月 25th, 2011
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(その37)

スピーカーシステムの特集号、アンプの特集号で、
それぞれスピーカーシステム、アンプがある数以上集められて、
複数の筆者による試聴記が掲載されることによって誌面で語られるのは、個々のオーディオ機器の「性能性」である。

ここで「機能性」が語られることはほとんどない。
これは試聴テストという企画の性格上、しかたのないことである。

それでも、いちどコントロールアンプの特集号で、
それぞれのコントロールアンプの機能(フィルター、トーンコントロール、ヘッドアンプなど)のテストを、
柳沢功力氏にやってもらったことがある。

とはいうものの、当時は「機能性、性能性、効能性」ということを考えたうえでの機能テストではなくて、
せっかくコントロールアンプについている機能だから、一度は全部試してみたいし、試してもらおう、という、
どちらかといえば興味本位からお願いしたわけだ。

インプットセレクターとボリュウムぐらいしか機能のついていないコントロールアンプだと楽だが、
トーンコントロールにターンオーバー周波数の切替えがついていたり、
ヘッドアンプも入力インピーダンス、ゲインの切替えがあったりしていくと、
意外に時間を必要とする試聴になっていく。
地味な割には、めんどうな試聴ということになる。

けれど、いまは、この「機能性」についてきちんと誌面で語っていくことは、
「性能性」と同じぐらいに扱っていくべきことだと思う。

Date: 3月 14th, 2011
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(3月11日以降のこと)

3月11日は、奇しくもステレオサウンド 178号の発売日でもあった。
編集長が変って新体制になっての最初の号である。

このことをどう捉えるのか、単なる偶然としてさっと流してしまうのか、
それともそこに何かの意味を考えるのか……。

オーディオ雑誌(はっきりいえばステレオサウンド)は、
3月11日以降のオーディオのあり方について、どう考えているのか、
そしてそのことをどう編集方針へと転換して誌面へ展開していくのか。
それとも6月に発売予定の179号では、お見舞いの言葉を述べるだけなのか。

はっきりと書けば、ステレオサウンドはすでに役目を終えた雑誌だと思っている。
菅野先生が不在のいま、ほんとうに終った、と思う。

それでも179号以降で、今後のオーディオのあり方について、
模索しながらでもいい、なにかをはっきりと提示していくことができれば、
ステレオサウンドは復活できるとも思っているし、
こういうことを書きながらでも、心のどこかには復活を望んでいるところは、やはりある。

でも何も提示できない、どころか、それ以前に、これからのオーディオのあり方について何も考えていなければ、
ステレオサウンドにはジャーナリズムはまったく存在しない、ともいおう。

これは編集部に対してのみ言いたいことではない。
ステレオサウンドに書いている筆者に対しても、だ。

これまでと同じようなことしか書けないのであれば、考えつかないのであれば、
「役目」を果しているとはいえない。

ステレオサウンド編集部と筆者とで、いますぐにでも、3月11日以降のオーディオのあり方について、
真剣に議論しあい、すでに役目を終えた形ではない、これからの「かたち」を生み出してほしい、と思う。

Date: 1月 27th, 2011
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(グラモフォン誌について)

つい最近のことらしいが、英グラモフォン誌のサイトで、
1923年の創刊号からすべてのバックナンバーを読めるようになった。

それも、ただページをスキャンした画像をそのまま載せるだけでなく、
当然のことだが、検索もできる。
素晴らしいことだ。

1923年といえば約90年前。
そういう時代にグラモフォン誌に記事・評論を書いていた人たちは、
まさかこういう時代がくるとは、まったく想像できなかったことだろう。

イギリス国内だけで読まれるのではなく、インターネットに接続できる国・環境であれば、
どこからでも読むことができる。

グラモフォン誌の創刊号がどれだけ発売されていたのかは知らない。
発行部数はそれほど多くはなかったはず。
そのころグラモフォン誌を読んでいた人たちの数と、
いまインターネットを通して読んでいる人の数は、いったいどれだけ違うのか。

1923年の創刊号からいままで発行されてきたグラモフォン誌を集めると、どれだけの量になるのか。
いまではiPadとネット環境があれば、手で持てるサイズ・重さに、収まってしまう、ともいえる。

探したい記事も、記憶に頼ることなく、検索機能で簡単に、確実に見つかる。

当時の筆者・編集者の人たちにとっては非日常であり、夢のような時代に、
われわれは生きている、手にしている。

グラモフォン誌が素晴らしいのは、ここにあると思う。
当時の夢物語・非日常を、きちんと日常にしてくれたことだ。

そして、なぜ日本では……と思ってしまう。

Date: 6月 24th, 2010
Cate: ジャーナリズム, 瀬川冬樹
2 msgs

オーディオにおけるジャーナリズム(特別編・その9)

1981年に菅野先生との対談で語られていることがある。

「ぼくはいま辻説法をしたいような、なんかすごいそういう気持でいっぱいなんです。」

なにを、なのか。
なぜ、なのか。

「実際の音を聴かないで、活字のほうで観念的にものごとを理解するというような現状があるでしょう。これは問題だと思うんですよ。ぼくはほんとうに近ごろ自分でもいらいらしているのは、地方のユーザーの集まりなどに招かれていって、話をしたり、音を鳴らしたりしてきたんだけれども、オーディオってね、やっぱりその場で音を出していかないとわかり合えないものじゃないかという気がするんですよ。オーディオの再生音というのは、おんなじ機械を組み合わせたって、鳴らす人間のちょっとしたコントロールでいかに音が変わるかなんていうのは、もはや活字で説明は不可能なわけ、その場でやってみせると、端的にわかるわけですよ。」

いらいらされていたのは、文章で音を表現することの「もどかしさ」だけからなのだろうか。

辻説法は、瀬川先生の決意だったように思えてならない。

Date: 1月 17th, 2010
Cate: ジャーナリズム, 瀬川冬樹

オーディオにおけるジャーナリズム(特別編・その8)

ただ、同時に、多少の反省が、そこにはあると思う。というのは「ステレオサウンド」をとおして、メーカーの製品作りの姿勢にわれわれなりの提示を行なってきたし、それをメーカー側が受け入れたということはいえるでしょう。ただし、それをあまり過大に考えてはいけないようにも想うんですよ。それほど直接的な影響は及ぼしていないのではないのか。
それからもうひとつ、新製品をはじめとするオーディオの最新情報が、創刊号当時にくらべて、一般のオーディオファンのごく身近に氾濫していて、だれもがかんたんに入手できる時代になったということも、これからのオーディオ・ジャーナリズムのありかたを考えるうえで、忘れてはならないと思うんです。
(中略)そういう状況になっているから、もちろんこれからは「ステレオサウンド」だけの問題ではなくて、オーディオ・ジャーナリズム全体の問題ですけれども、これからの試聴テスト、それから新製品紹介といったものは、より詳細な、より深い内容のものにしないと、読者つまりユーザーから、ソッポを向かれることになりかねないと思うんですよ。その意味で、今後の「ステレオサウンド」のテストは、いままでの実績にとどまらず、ますます内容を濃くしていってほしい、そう思います。
オーディオ界は、ここ数年、予想ほどの伸長をみせていません。そのことを、いま業界は深刻に受け止めているわけだけれど、オーディオ・ジャーナリズムの世界にも、そろそろ同じような傾向がみられるのではないかという気がするんです。それだけに、ユーザーにもういちど「ステレオサウンド」を熱っぽく読んでもらうためには、これを機に、われわれを含めて、関係者は考えてみる必要があるのではないでしょうか。
     *
瀬川先生が、ステレオサウンド 50号の特集記事
「ステレオサウンド誌50号の歩みからオーディオの世界をふりかえる」のなかで、語られている言葉だ。

50号は、1979年3月に出ている。
オーディオ誌の企画書といえるメモを書かれて、2年後の発言である。

Date: 1月 1st, 2010
Cate: ジャーナリズム, 瀬川冬樹

オーディオにおけるジャーナリズム(特別編・その7)

試聴リファレンス

Speaker  ○4343──────(メイン)
○BC-II/KEF 104AB(イギリスの新しいモニター系のSP)
○ARDEN、ALTEC 19、(やや旧タイプのフロアー型)

Amp ○LNP-2L/SAE 2500(or 510M)
Cartridge ○MC-20/JC-1AC、VMS-20E、SPU-GT/E、455E、4000D/III、4500Q、V15/III、EPC-100C