Archive for category 井上卓也

Date: 7月 15th, 2009
Cate: ワイドレンジ, 井上卓也

ワイドレンジ考(その38)

古き佳き時代のスピーカーに対する、井上先生の「ラッパ」という言葉の響きのうらには、
心情的にノスタルジックな意味が、あきらかに含まれている。

「いずれ鳴らすつもり」で、井上先生は、「欲しい」と思ったオーディオ機器やパーツ類を、
理屈抜きに集めておられた。
ステレオサウンドのうしろのほうに掲載されている交換欄、
ユーズド・コンポーネント・マーケットのページも、丹念にみておられたようだ。

私がいちど、ある製品を掲載したところ、すぐに「あれ、手ばなしたのか」と言われたことがある。
また、あるときは、井上先生から電話があって、
「ジェンセンのG610Bを、山中さんが手放すから、
買おうと思っているけど、中古相場はどのくらいするのか」と聞かれたこともあった。
つづけて、「G610Bのトゥイーターは気にくわないところがあるから、
以前の開口部が丸の、PR302に交換するつもりなんだけど、どこかにないかなぁ」と言われたので、
いくつかのオーディオ店に電話をかけまくり、探し出したこともあった。

ウェスターン・エレクトリックのユニットもお持ちだったと聞いているし、
マランツのModel 7にいたっては、何台所有されていたのだろうか。
オリジナルはもちろん、日本マランツが発売したキット版、
それから復刻版のModel 7SEまで所有されていたはずだ。

そういう井上先生が、「世界のオーディオ」で、こんなふうにタンノイについて書かれている。
     ※
つねづね、何らかのかたちで、タンノイのユニットやシステムと私は、かかわりあいをもってはいるのだが、不思議なことにメインスピーカーの座にタンノイを措いたことはない。タンノイのアコースティック蓄音器を想わせる音は幼い頃の郷愁をくすぐり、しっとりと艶やかに鳴る弦の息づかいに魅せられはするのだが、もう少し枯れた年代になってからの楽しみに残して置きたい心情である。

Date: 7月 14th, 2009
Cate: TANNOY, ワイドレンジ, 井上卓也

ワイドレンジ考(その37)

井上先生は、タンノイのウェストミンスターを呼ぶとき、
スピーカーではなく、「ラッパ」という言葉を使われていた。
なにも、そのときの気分でスピーカーだったり、ラッパと呼ばれたりするわけではない。
さりげなくではなるが、きちんと使いわけされていた、と私は思っている。

井上先生のタンノイのイメージは、「世界のオーディオ」に書かれている「私のタンノイ観」が参考になる。
     ※
タンノイの音としてイメージアップされた独特のサウンドは、やはり、デュアル・コンセントリック方式というユニット構造から由来しているのだろう。高域のドライバーユニットの磁気回路は、ウーファーの磁気回路の背面を利用して共用し、いわゆるイコライザー部分は、JBLやアルテックが同心円状の構造を採用していることに比べ、多孔型ともいえる、数多くの穴を集合させた構造とし、ウーファーコーンの形状がエクスポネンシャルで高域ホーンとしても動作する設計である。
したがって、38cm型ユニットでは、クロスオーバー周波数をホーンが長いために1kHzと異例に低くとれる長所があるが、反面において、独特なウーファーコーンの形状からくる強度の不足から強力な磁気回路をもつ割合に、低域が柔らかく分解能が不足しがちで、いわゆるブーミーな低域になりやすいといった短所をもつことになるわけだ。
しかし、聴感上での周波数帯域的バランスは、豊かだが軟調の低域と、多孔型イコライザーとダイアフラムの組み合わせからくる独特な硬質の中高域が巧みにバランスして、他のシステムでは得られないアコースティックな大型蓄音器の音をイメージアップさせるディスクならではの魅力の弦楽器音を聴かせることになる。
     ※
井上先生にとって、幼いときに聴かれていた、1-90に始まりクレデンザに至る、
蓄音器の音をイメージさせる音をもつ佳き時代のスピーカーを、「ラッパ」と呼ばれていた。
私は、そう受けとっている。

Date: 7月 13th, 2009
Cate: TANNOY, ワイドレンジ, 井上卓也

ワイドレンジ考(その36)

井上先生は、記事の中で、エンクロージュアの剛性の高さが、リジッドさが、音に、
特に低音に関しては、強く出ていると発言されている。

アメリカ・東海岸のスピーカーメーカー、ボザークやマッキントッシュの特徴でもある、
重厚で緻密な低域が、ごく低い周波数だけにとどまることなく、ウーファーのかなり上の帯域まで、
同じ音色で統一されている、とのことだ。

低域に関しては、アメリカ・東海岸のスピーカーに共通するものをもちながらも、
中高域になると、従来からタンノイトーンと呼ばれる、中高域の独特の輝きを、
他のタンノイのスピーカーよりも、目立たないようにバランスしている点が、
イギリスの伝統的なスピーカーにしか出せない独特の魅力へとつながっている、と指摘されている。

井上先生は、バッキンガムを鳴らすための組合せとして、
コントロールアンプに、バッキンガムのやや控えめな性格をカバーする意味合い、
音像を立体的にする目的から、コンラッド・ジョンソンのデビュー作のPreamplifier(管球式)を、
パワーアンプは、音に積極性を持たせるためにSAEのMark 2600を選ばれている。

これらのことは、バッキンガムが、どちらかといえば控えめであり、おっとりしたところを、
うまく補うためでもある。

Date: 5月 26th, 2009
Cate: 井上卓也, 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(その2)

エアコンを必要としない、気持のいい、ちょうどいまくらいの季節、
岩崎先生は、よくリスニングルームの窓を全開にして聴かれていた、と井上先生が話されていた。
音量は、だからといって下げられることはなかったそうだ。

「こっちのほうが気持いいんだよね」と言って、窓を開けられたそうだ。

この話をしてくれたときもそううだし、岩崎先生の話をされるときの井上先生の表情は、
すこし羨ましそうな感じだった。
ステレオサウンド 43号に、井上先生は書かれている。
     ※
 前日に、本誌の広告ページの写真を見て、フッと不吉な予感があったが、報らせを聞いて、オーディオの巨大な星が突然に闇にかき消されたような思いであった。
 本誌面では、パラゴンを買いたいと記し、部屋毎にスピーカーを選んで複数使い分けるのが理想と発言し、それを現実のものとした情熱と行動力は、プロ意識そのものである。
 郡山での、すさまじい野外ロックコンサートが終って、夜行で帰京したことを報らされず、若い編集者を事故でもなければと深夜までホテルで待っていた彼、VIPAでのジョニーハートマンのコンサートのとき、片隅みで、ひどく物静かにタキシード姿で座っていた彼、五日市街道の横を砂煙りを巻上げて、フェアレディZをブッ飛ばしていた彼、その何れもが鮮烈な印象であり、また、新宿あたりの人混みのなかから、スッとあらわれて、あの独特な声で話しかけられそうな気持である。
     ※
岩崎先生が亡くなられたのは、1977年3月24日、午前9時45分。
井上先生が不吉な予感を受けられた広告は、ステレオサウンド 42号のサンスイのQSD2のものだ。

Date: 5月 16th, 2009
Cate: 井上卓也, 使いこなし, 長島達夫

使いこなしのこと(その4)

試聴・取材のため国内メーカー、輸入商社からお借りするスピーカーのなかには、
たいていは古い機種の場合だが、鳴らされることなく倉庫で眠っていたモノが届くことがある。

そういうスピーカーも、最低でも1週間、できればもっと時間はかけたいが、
ていねいに鳴らしつづけていれば、本調子に近づいていく。
とはいえ実際にそれほどの時間の余裕は、まずない。

そんなときは、半ば強制的に目覚めさせるしかない。
井上先生に教わった方法がある。
効果はてきめんなのだが、井上先生から、めったに人に教えるな、と釘を刺されているので、
申し訳ないが具体的なことについては書けない。

やりすぎない勘の良さをもっている人にならば、実際に目の前でやってみせることでお伝えできるが、
言葉だけでは、肝心なところが伝わらない危険があり、スピーカーを傷めてしまうことも考えられるからだ。

エッジにはふれる。ただしなでるわけではない。なでるな、とも言われている。
それともうひとつのやり方との組合せで、スピーカーの目覚めを早くする。

長島先生のやり方も、安易にマネをすると、やはりスピーカーを傷める、もしくは飛ばしてしまうので、
これ以上、詳細は書かないが、これらの方法は、取材・試聴という限られた時間内に、
いい音を出すために必要なものであり、個人が家庭内で、瀬川先生が書かれているように、
四季に馴染ませ、じっくりと取り組むうえでは、まったく使うべきことではない。

事実、私も、所有しているスピーカーに、井上先生、長島先生から教わった方法は実践していない。
必要がないからだ。やるべきことではないからだ。

それにしても、いわば、スピーカーを目覚めさせるための方法を、
なぜ「エージング」と言ってしまえるのだろうか。

Date: 5月 16th, 2009
Cate: 井上卓也, 使いこなし

使いこなしのこと(その3)

瀬川先生は書かれている。
     ※
オーディオ機器を、せめて、日本の四季に馴染ませる時間が最低限度、必要じゃないか、と言っているのだ。それをもういちどくりかえす、つまり二年を過ぎたころ、あなたの機器たちは日本の気候、風土にようやく馴染む。それと共に、あなたの好むレパートリーも、二年かかればひととおり鳴らせる。機器たちはあなたの好きな音楽を充分に理解する。それを、あなた好みの音で鳴らそうと努力する。
 ……こういう擬人法的な言い方を、ひどく嫌う人もあるらしいが、別に冗談を言おうとしているのではない。あなたの好きな曲、好きなブランドのレコード、好みの音量、鳴らしかたのクセ、一日のうちに鳴らす時間……そうした個人個人のクセが、機械に充分に刻み込まれるためには、少なくみても一年以上の年月がどうしても必要なのだ。だいいち、あなた自身、四季おりおりに、聴きたい曲や鳴らしかたの好みが少しずつ変化するだろう。だとすれば、そうした四季の変化に対する聴き手の変化は四季を二度以上くりかえさなくては、機械に伝わらない。
 けれど二年のあいだ、どういう調整をし、鳴らし込みをするのか? 何もしなくていい。何の気負いもなくして、いつものように、いま聴きたい曲(レコード)をとり出して、いま聴きたい音量で、自然に鳴らせばいい。そして、ときたま—-たとえば二週間から一ヶ月に一度、スピーカーの位置を直してみたりする。レヴェルコントロールを合わせ直してみたりする。どこまでも悠長に、のんびりと、あせらずに……。
     ※
レコード芸術の連載「My Angle いい音とは何か?」からの引用だが、
スピーカーのエージングとは、まさにこういうことだと、私は考えているし、信じている。

好きなレコードを、好みの音量で鳴らしていく。
これは、なにも瀬川先生だけが言われていることではない。
井上先生も長島先生も、同じ考えで、以前流行ったFMチューナーの局間ノイズを長時間、
それもかなりの音量で鳴らしつづけるという方法は、どなたも認めておられない。

いま局間ノイズでエージングを早めよう、という人はいないだろうが、
それでも世の中には、エージングのためのCDとか、スピーカーのエッジをなでることを、
エージングを早める方法と称している人もいる。

はっきり言えば、こんなことでエージングを早められはしない。
エッジをなでると、音は変わる。
とくに長期間鳴らしていないスピーカーほど、その変化量は大きい。
でも、これはエージングによって、音が変わったわけではない。

実は井上先生も、エッジをなでることに似た方法を、ときどき用いられた。
しかし、これはスピーカーを目覚めさせるため、である。

Date: 5月 5th, 2009
Cate: 井上卓也

井上卓也氏のこと(その25)

井上先生は黙っておられた。

だからというわけではないが、つい反論が口から出ていた。
「逆でしょう。アナログのほうがすべての現象が目や耳で確認できるし、
きちっと使いこなしができればコントロールできる。
CDプレーヤーは、トレイが引っ込んでしまうと、もう中の動作に対してはいっさい手が出さない。
何がどうなっているのかも直接確認することはできない。出てくる音も、つねに同じわけじゃない。」

こんなことを一気に言ってしまった。
真っ向から否定したわけだから、Hさんは、私を、失礼なヤツだな、と思われていただろう。

すると井上先生が、「うん、宮﨑の言う通りだよ。CDプレーヤーはブラックボックスだし、
アナログプレーヤーはコツ、ツボがわかっていれば、きちんとコントロールできるもの」と、
井上先生と会われた方ならわかってくださるだろう、あの口調で言われた。

嬉しかった。
井上先生に認められたようで、嬉しかった。

Date: 5月 4th, 2009
Cate: 井上卓也

井上卓也氏のこと(その24)

1982年10月1日に登場したCDとCDプレーヤーを、
自分の装置に導入したのは、1984年の後半だったと記憶している。

アナログプレーヤーに、トーレンスの101 Limitedを無理して買って、それほど時間も経っていなかったことで、
正直、金銭的にCDプレーヤーまで手が回らなかった。
一方、ステレオサウンドでの取材では、確実にCDに、使用プログラムソースは移行していた。

私が最初に使ったCDプレーヤーは、京セラのデビュー作のひとつである、DA910。
といっても自分で購入したものではなく、まだCDプレーヤーを導入していない私を見兼ねて、
傅さんが貸してくださったから、なんとかCDを聴くことができるようになった。

自宅で使いはじめて、ステレオサウンドの試聴でもなんとなく感じはじめていたことを確認できた。
意外にも、CDは再現性が低いということで、これは、この項の(その14)で述べている再現性である。

CDをトレイにセットして、プレイ・ボタンを押せば、つねに同じ音がする、そんなイメージがあったと思うし、
事実、井上先生とある筆者の方(Hさん)の取材のとき、Hさんが
「CDになって試聴が楽になりましたね。再現性が高いから。アナログディスクのような不安定要素がないから」と、
井上先生に同意を求めるように言われたことがあった(Hさんは早瀬さんのことではない。念のため)。

85年ごろのことだ。確かにCDの音に手ごたえを感じられるようになってきていた。
だから余計に、CDの再現性の低さも感じとれるようになってきてもいたと言えよう。

正直、Hさんの発言を聞いて、「えっ?」と思った。

Date: 4月 17th, 2009
Cate: 井上卓也

井上卓也氏のこと(その23)

井上先生は、カートリッジに関して、独自の主張をお持ちだった。
そのレコードのレーベルの所在地に、なるべく近いところで作られているカートリッジを選ぶ、
さらに録音が行なわれた現場に近いカートリッジも選ぶというものだ。

となるとクラシックをよく聴く人であれば、ドイツ、イギリス、オーストリア製のカートリッジは、
最低でもひとつずつは持っておきたい。
EMT、デッカもしくはゴールドリング、AKGといったブランドが、すぐに浮かぶ。

ジャズやポップスとなると、アメリカの録音がぐんと増えるので、
イギリス製のカートリッジに、アメリカ製のモノもいくつか加えたくなるだろう。
ピカリング、スタントン、シュアー、エンパイア、グラドなど、候補はいくつもある。

それでも不思議なことに西海岸に、カートリッジのメーカーは存在しない。
スピーカー・メーカーは、JBLをはじめ、いくつか存在するのに、
カートリッジ・メーカーとなると、アナログディスク全盛時代でも存在していたのだろうか。

JBLの4343を思わせるMC型カートリッジが存在していれば……、などと、
つい妄想アクセラレーターを全開にしてしまっている。

それにしても井上先生は、なぜ、このような主張を持たれるようになられたのだろうか。
きっかけとなる出来事があったのだろうか。

Date: 4月 5th, 2009
Cate: 井上卓也, 瀬川冬樹

井上卓也氏のこと(その20・補足)

情報量という言葉を、はやい時期から使われていたのは井上先生だと、3週間ほど前に書いているが、
瀬川先生も、ほぼ同じころに、「情報量」を使われている。

ステレオサウンド 39号に掲載された「ふりかえってみるとぼくは輸入盤ばかり買ってきた」で、使われている。
     ※
直径30センチの黒いビニールの円盤に、想像以上に多くの情報量が刻み込まれていることは、再生機の性能が向上するにつれて次第に明らかになる。
     ※
情報量を、オーディオで使いはじめた人は、いったい、誰なのだろうか。いつから使われているのだろうか。

タンノイの代名詞となっている「いぶし銀」という表現も、誰が使いはじめたのだろうか。
五味先生の「西方の音」を読んでいると、「トランジスター・アンプ」の章に、いぶし銀そのものの表現ではないが、
ほぼ同じ意味合いの言葉が出てくる。
     ※
アコースティックにせよ、ハーマン・カードンにせよ、マランツも同様、アメリカの製品だ。刺激的に鳴りすぎる。極言すれば、音楽ではなく音のレンジが鳴っている。それが私にあきたらなかった。英国のはそうではなく音楽がきこえる。音を銀でいぶしたような「教養のある音」とむかしは形容していたが、繊細で、ピアニッシモの時にも楽器の輪郭が一つ一つ鮮明で、フォルテになれば決してどぎつくない、全合奏音がつよく、しかもふうわり無限の空間に広がる……そんな鳴り方をしてきた。わが家ではそうだ。かいつまんでそれを、音のかたちがいいと私はいい、アコースティックにあきたらなかった。トランジスターへの不信よりは、アメリカ好みへの不信のせいかも知れない。
     ※
音を銀でいぶしたような、という表現で、しかも、むかしは形容していた、とも書かれている。
五味先生のまわりでは、かなり以前から、英国の「教養ある音」のことを表す言葉として使われていたことになる。

となると五味先生の著書に登場される新潮社のS氏(齋藤十一氏)かもしれない。

いずれにしろ「英国の教養ある音」に使われていた形容詞が、
いつしかタンノイの代名詞へとなっていったわけだ。

Date: 3月 27th, 2009
Cate: 井上卓也

井上卓也氏のこと(余談)

早瀬さんのウェブサイト、SoundFrailの3月24日のMy Audio Lifeに、私の名前が出ている。

井上先生と早瀬さんの試聴には、数多く立ち合ってきた。
たしかに一度だけ、睡魔に勝てなかったことがある。

マッキントッシュのMC275で、アポジーのカリパー・シグネチュアやボーズの901を、
CDプレーヤーをMC275のTWIN INPUTに接いで聴いたときのことだ。

試聴が終ったのは深夜1時をまわっていたと記憶している。
それもMC275の電解コンデンサーがパンクしたためであり、
ちょうどノリに乗っていたときに起こった、この故障がなかったら、
おそらく3時4時まで試聴は続いていただろう。

試聴が強制的に終了となり、井上先生の話を録音した後、雑談になった。
2時はすぎていた。3時近かっただろうか。眠たくなってきた。

このとき井上先生が真ん中、右側に早瀬さん、左側に私。
早瀬さんが書かれているグラフィックイコライザーを使い、
左右チャンネルの音を可能な限り近づけていくという試聴は、私が辞めた後のことだ。
早瀬さんからの話で、いちど聞いたことがある。

だから井上先生、早瀬さんの後ろで爆睡していたのは、私以外の編集者である。

井上先生の試聴はおもしろい、気は抜けない。
どんなに寝不足のときでも、試聴が続いている限りは睡魔は押さえ込める。
音が鳴っているときに寝てしまうとは、なんともったいないことか。

Date: 3月 26th, 2009
Cate: ジャーナリズム, 井上卓也, 傅信幸

オーディオにおけるジャーナリズム(その10)

この項の(その1)に書いた井上先生の言葉。

井上先生は何を言われようとされたのか。

傅さんの書かれた最近のもの(CDジャーナル4月号の「素顔のままで」と
ステレオサウンド 170号のジェフ・ロゥランドD.Gの新製品クライテリオンの記事)を読んでいて、
「物語」であると、はっきり確信できた。

Date: 3月 25th, 2009
Cate: 井上卓也

井上卓也氏のこと(その22)

いまも言われているようだが、音場重視・音像重視がある。
古くからのオーディオマニアは音像重視のひとが多く、
比較的若い世代は音場重視だったりするようなことも、言われている。

井上先生が、1987年ごろからくり返し言われていたのは、
「音場は、文字通り、音の鳴っている場、音楽が演奏されている空間であって、
その空間・場がきちんが再現されなければ、
その空間に存在する音像がまともに再現できるわけがないだろう。」という主旨のことだ。

私なりに言いかえれば、音場「感」重視、音像「感」重視はあっても、音場重視、音像重視はあり得ない話なのだ。

Date: 3月 17th, 2009
Cate: 井上卓也

井上卓也氏のこと(その21)

私もよく使う「聴感上のSN比」。
この言葉をもっともよく使われ、おそらく最初に言われたのも井上先生であろう。

頻繁に使われ始められたのは80年代にはいってからだが、
いつごろから使い始められたのかは、はっきりとは知らない。

いまのところ、私が知っているかぎりでは、ステレオサウンド 39号(1976年発行)に出てくる。
     ※
聴感上のSN比とは、聴感上でのスクラッチノイズの性質に関係し、ノイズが分布する周波数帯域と、音に対してどのような影響を与えるかによって変化する。物理的な量は同じようでも、音にあまり影響を与えないノイズと、音にからみついて聴きづらいタイプがあるようだ。また、高域のレスポンスがよく伸び、音の粒子が細かいタイプのカートリッジのほうが、聴感上のSN比はよくなる傾向があった。
     ※
いまのところ、これより前に「聴感上のSN比」という言葉は見つけていない。

Date: 3月 14th, 2009
Cate: 井上卓也

井上卓也氏のこと(その20)

プログラムソースといえば、LPのことだった1970年代までは、
装置を改良・買い替えなどして、聴こえてくる音が、それ以前よりもぐんと増えたときに、
「同じレコードに、こんなにいろんな音が入っていたのか」
「これほど多彩な音が刻まれていたのか」といった表現がなされていた。

CDが登場し、プログラムソースのデジタル化が進むにつれ、「情報量が増えた」という、
やや即物的で、情緒性を無視したような表現が、いつの間にか定着していた。

情報の量──、
データ量という言葉があるから、
いかにもデジタル時代だからこそ使われるようになってきた言葉のように受けとられている方もいるだろう。
オーディオはコンピューターとは違うぞ、と言いたくなる人もいるだろう。

オーディオの言葉として、誰がいつごろから「情報量」を使いはじめたのか。

古い本をひとつひとつ当たっていけばはっきりすることだが、
私が知る限りでは、井上先生が、かなり早くから使われていた。

まだCDという言葉もなかったころ、アナログディスク全盛時代の1976年、
この年の暮に発売されたステレオサウンド 41号で、井上先生は、すでに使われている。

新製品紹介のページで、山中先生との対談で、ルボックスのパワーアンプA740のところで、
「情報量の伝達は十分なのだけれども感情過多にはならない」というふうに発言されている。