Archive for category 終のスピーカー

Date: 8月 6th, 2015
Cate: 終のスピーカー

最後の晩餐に選ぶモノの意味(その1)

死ぬ日がはっきりと決っていて、しかもそれがいつなのか本人が知っている。
それがどういう状況での死になるのかはここでは書かない。

とにかくいつ死ぬのかがわかっている。
そして最後の晩餐として、何を求めるか、ときかれたとしよう。

私はオーディオマニアだから、ここでの最後の晩餐とは食事ではなく、
最後に聴きたい音(組合せ)をかなえてくれるとしたら、どういうシステムを選ぶだろうか。

部屋も用意してくれる。
オーディオ機器も、どんなに古いモノであっても、最高のコンディションのモノを探して出して用意してくれる。
わがままな要望をすべてかなえてくれる、いわば音の最後の晩餐に何を望むのか。

現実にはこんなことは、ほぼありえない。
だからこそ考えていると楽しい。

最後に何を聴きたいのかは、どのレコードを聴きたいのかによって、ほぼすべてが決る。

私はシーメンスのオイロダインを聴きたい、と思う。
そう思うのは、最後に聴きたいのはフルトヴェングラーなのか。

グレン・グールドのどれかを最後に聴きたいのであれば、オイロダインとは思わない。
別のスピーカーを思い浮べ、それを鳴らすにふさわしいと思えるアンプを選択する。
カスリーン・フェリアーの歌であれば、また別のスピーカー(というよりもデッカ・デコラ)にする。

オイロダインということは、グールドでもフェリアーでもないということだ。
オイロダインを選ぶということは、少なくとも今の私は最後に聴きたいと思っているのは、
フルトヴェングラーのなにかということになる……。

そんな急拵えのシステムで聴くよりも、
それまでつきあってきた自分のシステムで好きなレコードを聴ければ、それで充分だし、
だいたいこんなことを考えることに何の意味があるのか、と思う人も少なくないだろう。
私だって、そんな気持を持っている。
それでもこんなことを考えてみるのも、まるっきり無意味とは決して思えない。

少なくともいまの私はフルトヴェングラーのなにかを聴きたいのだ、ということを意識できたからだ。

Date: 5月 30th, 2015
Cate: 終のスピーカー

終のスピーカー(JBL 2397+2441・その5)

岩崎先生の2397の使い方(置き方)に惹かれる理由を考えていた。
2397が浮いている感じにしたいと思うのは、なぜなのか。

2397は扇状のホーンであり、短いスロートアダプターがつき、コンプレッションドライバーがある。
これらが形成するカタチを正面、それもやや下側から眺めていると、
U.S.S. ENTERPRISE NCC-1701を思わせることに気づく。

U.S.S. ENTERPRISE NCC-1701は円盤部と推進部から成る。
円盤部にはメインブリッジのほか居住区、医療室などの施設があり、
三つの円筒状から構成される推進部とが、いわゆる首といえる部分によってドッキングしている。

円盤部は正面から見れば浮いているかのようでもある。
この感じに2397を浮かして設置すると似ているのだ。

Date: 5月 20th, 2015
Cate: 終のスピーカー

終のスピーカー(JBL 2397+2441・その4)

岩崎先生はHarknessの上に2397ホーンを置かれていた。
ドライバーは2440か375。

この、ドライバーとホーンの組合せを設置してみるとわかるのだが、
2440(375)とホーンとの重量バランスが極端に悪い。
2397の下に、なにかスペーサーをいれなければホーンが前下りになる。

かといって適当なスペーサーをいれてホーンが水平になるようにすると、
2397とHarknessの天板とのスキマが広くなりすぎて、
見た目の印象が、やや不安定にも感じてしまう。

ステレオサウンド 38号の写真を見ているだけでは、
このスキマがそれほどないように感じる。
けれど写真が小さすぎて詳細がわからなかった。

岩崎先生はスペーサーをどうされていたのだろうか。

「コンポーネントステレオの世界 ’76」をぴっぱり出してきて、ナゾがとけた。
101ページに、その写真がある。
2397の下にスペーサーしらきものは見当たらない。
それに2397と天板との間隔も、わずかに狭いように感じる。

おそらく岩崎先生はドライバーを天板の上には設置されていなかったのではないか。
Harknessの後側にドライバーははみ出た恰好になっているはずだ。
つまりホーンとドライバーを支えているのは、
スロートアダプターとホーンの根元の接合部だけとなる。

他の人にとってはどうでもいいことだろうが、私にとっては小さな発見である。

Date: 1月 13th, 2014
Cate: 終のスピーカー

終のスピーカー(続々・番外)

瀬川先生のModel 7は井上先生のところに行っている。
そのことは井上先生から直接きいていたし、
管球王国のVol.1にもはっきりと書かれている。

ステレオサウンド 38号に載った瀬川先生のリスニングルームの写真をみると、マランツ Model 7が写っている。
ただし一台だけである。
JBLのSG520は二台写っている。

38号の他にも、いくつかの瀬川先生のリスニングルームの写真をみても、
マランツのModel 7が二台写っているものは見つけられなかった。

瀬川先生はModel 7を二台以上所有されていたのだろうか。

こんなことを書くのは、以前、あるオーディオ店から瀬川先生が使われていたModel 7を買った、
という話を読んでいるからだ。
そのときは、井上先生のことを忘れてしまっていた。

いまは違う。
瀬川先生のModel 7を一台だけであったならば、
そのオーディオ店が売ったModel 7は誰が使っていたのか、ということになる。

二台所有されていた可能性がないわけではないし、
井上先生にはステレオサウンド 38号以前に譲られていたことだって考えられるから、
そのModel 7についてははっきりとしたことは、まだいえない。

とにかく、あの人が使っていた、というモノには怪しいものがあることは確かである。
私は、この手のモノはまったく信用しないわけではないが、疑ってかかるほうである。

Date: 1月 13th, 2014
Cate: 終のスピーカー

終のスピーカー(続・番外)

facebookをみていたら、インターネットのオークションにあるオーディオ機器が出品されていて、
その製品説明に、あるオーディオ評論家が使っていたもの、と書いてある。

そこにははっきりと誰とは書いてなく、イニシャルだけだった。
それでもながくオーディオをやってきた人であれば、すぐにあの人だとわかる。

オーディオ店でもそうだが、ときどきこうやって、
オーディオ界で名の知られた人が使っていたモノが出てくる。

売る方としては、オーディオ評論家の名前を出すことで高く売りたいわけだ。
買う方としては、あの人が使っていたモノであれば、という思い入れがあって、手を出す。

ほんとうに、そこで名前の出ている人が使っていたモノであれば、
他の人にはそのことはなんら価値がなくても、
ある特定の人には、そのことがなによりもうれしいことであるから、まわりがそのことにあれこれいうことでもない。

でも、世の中にこれまで出廻った、そういうオーディオ機器のうちに、
ほんとうにそうだったモノはどれだけあるのだろうか。
ほとんどの場合が、なんらかの保証があるわけではない。

昨日伺ったオーディオマニアのところで、管球王国のVol.1を見ていた。
それで、あっそうだった、と思い出したことがある。
瀬川先生のマランツのModel 7のことだ。

Date: 1月 13th, 2014
Cate: 終のスピーカー

終のスピーカー(番外)

昔欲しかったオーディオ機器は、誰にでもあろう。
予算が足りずに買えなかった……、
買いにいったらすでに誰かに買われていた……、
すでに製造中止になっていた……、
などの理由であきらめたモノを、どうしても欲しいというおもいを捨て切れずに、
ずっとあとになって手に入れることがある。

となると中古品ということになる。
思い入れのあるモノだけに、程度のいいモノを手に入れたいと誰もがおもう。
だが、なかなか程度のいいモノがうまいぐあいに目の前にあらわれてくれるとは限らない。

それに一見程度の良さそうに見えるモノでも、
自分のリスニングルームに持ち帰ってみるとそうではなかった、ということだってある。

中古品の入手にはいくつかの方法がある。
中古品を扱っているオーディオ店からの購入。
友人・知人からの購入。いまならインターネットのオークションでの購入もある。

友人・知人から譲ってもらうのであれば、誰が使っていたのかがわかる。
それ以外の入手だと、どんな人が使っていたのかはまったくか、ほとんどわからない。

わからないほうがいいことだってある。
知っていることがいいこともある。

Date: 1月 9th, 2014
Cate: 終のスピーカー

終のスピーカー(Saxophone Colossus・その6)

だが、まだビリー・ホリデイのLady Dayはかけずに(かけられずに)いる。
理由は特にない。
ただ、まだ鳴らすには早いような気がしているだけだ。

Date: 12月 9th, 2013
Cate: 終のスピーカー

終のスピーカー(その13)

あと三週間ほどで2013年も終る。
一月の終り生れの私は、2013年のほとんどを50歳という区切りのいい年齢で過ごした。

そんなことと世の中での生活とはまったく関係などありはしないことはわかっている。
それでも、今年は不思議な縁があった、と感じている。

6月のはじめに以前の仕事で関係のあった人の引越しを手伝ったときに、
QAUDの405をお礼にということでもらってきた。
そのこととともに、405が登場したころまだ44が登場してなくて、
AGIの511と組み合わされることが多かった、といったことをtwitterに書いたら、
511をある方が、聴いてみますか、ということで送ってくださった。

そして6月の終りには岩崎先生のハークネスがやって来た。
トーレンスのTD224もいっしょに、である。
7月には、岩崎先生が使われていたパイオニアのExclusive F3がやって来た。

これだけでもすごいことだと思っていたら、
つい先日、JBLの2441と2397を、ある方からいただいてきた。
ステレオサウンドの古いバックナンバー(創刊号はなかったけれど、2号からあった)と、
ステレオサウンドの別冊がいくつか、それにHI-FI STEREO GUIDEのバックナンバーもいっしょに、である。

これらすべていただいたモノである。
「終のスピーカー(JBL 2397+2441)」でも書いているように、
縁があったから、私のところにやって来た、と私は思っている。

縁をただ坐って待っていたわけではない。
とはいえ積極的に縁をつくろうとしてきたわけではない。

ふり返れば、これらのオーディオが私のところにやって来た縁は、
audio sharingをやってきたから、続けてきたから、そこから生れてきた縁のおかげである。

Date: 12月 7th, 2013
Cate: 終のスピーカー

終のスピーカー(JBL 2397+2441・その3)

私にとってのJBLといえば、1970年代までのJBLが、まず第一にくる。
パラゴンやハークネス、ハーツフィールドといったコンシューマー用のスピーカーシステム、
4300シリーズのスタジオモニター、
そして数々のユニット群、その中でも四桁ナンバーであらわされるプロフェッショナル用ユニット、
とにかく、JBLといえばこれらのことが、なんといってもJBLである。

このときまでが、JBLのピークのひとつだったように感じている。
だから、この時代のJBLと縁がなく人生をおくってきた私は、
少なくとも、現代のJBLとは縁があるかもしれないけれど、
私にとってのJBL、といえる時代のJBLとは縁がないものだ、と思うようになっていた。

それでもD130への想いは、
40をすぎたころから芽生えはじめ、「異相の木」として意識しはじめたことで、
D130だけは、いつかは自分のモノとしたい、そう思うようになっていた。

とはいえD130もとっくに製造中止になっているユニット。
未使用品が手に入る可能性はないわけでもないだろうが、
そういうものはいまどきではかなりの値がつく。

想いはつのっていっても、手にすることはたぶんないだろう、ともなかば諦めの気持もつのっていた。

そんなときに「Harkness」が私のところに来た。
D130が入っている、岩崎先生が鳴らされていたハークネスである。

今日、私のところに2397と2441が来たのは、
「Harkness」が呼んできたようにも感じている。
私のところに、JBLのモノが何ひとつなかったら、
今日、ここに2397と2441はやって来なかった気がする。

JBLがJBLを呼んだ。
こういう縁は、ほんとうに趣味の醍醐味のひとつであるはずだ。

Date: 12月 7th, 2013
Cate: 終のスピーカー

終のスピーカー(JBL 2397+2441・その2)

2397にコンプレッションドライバーを取り付けるには、
スロートアダプターが必要になる。
2397だけでなく、ラジアルホーンの2350、2355もスロートアダプターが必要である。

スロート径が2インチの2440、375であれば2328というスロートアダプター、
スロート径が1インチの2420、LE175、LE85を取り付けたいのであれば、
2328に2327というスロートアダプターを取り付けることになる。
スロートアダプターがコンプレッションドライバーとホーン間にふたつ入ることになる。

仮に2397を手に入れたとしても、
LE175を取り付けるには2328と2327を手に入れなければならない。
なんとなくではあるけれど、スロートアダプターの二段使用は積極的にやりたいと思わない。
2397ならば、やはり2インチ・スロート径の2440か375ということになる。

どちらもいまでは製造していない。
中古を探してくるしかない。
そんなこともあって、2397にはそれほどの強い思い入れはなかった。

なかった──けれど、縁というのは不思議なものだと、いまは思っている。

「Harkness」の上に2397がのっている。
まだコンプレッションドライバーは取り付けていないが、
コンプレッションドライバーもある。

2440ではなく2441がある。
スロートアダプター2328もある。
さらには2397に2440、375を二発取り付け可能にする2329もある。

2441は未使用品である。

これまでJBLのスピーカーとは、個人的には縁がなかった。
ステレオサウンドにいたころは、試聴室ではよくJBLのスピーカーシステムを鳴らすことはあったし、
周りにJBLのスピーカーを使っている人は多かった。
けれど、私自身は、イギリス系のスピーカーが好きなこともあって、
別に遠ざけてきたわけではないけれど、縁はなかった。

Date: 12月 7th, 2013
Cate: 終のスピーカー

終のスピーカー(JBL 2397+2441・その1)

ステレオサウンド 38号の84〜85ページの見開き、
岩崎先生のリスニングルームが載っている。
中央にパラゴンがある。
パラゴンの両翼にはアルテックの620Aが置かれている。
こう書けば、いちどでも、この写真を見ている人ならば、
ああ、あの写真(リスニングルーム)か、と思い出されることだろう。

この岩崎先生のリスニングルームの写真をよくみると、
ハークネスが写っているのがわかる。
パラゴンの両脇に、隠れるようにハークネスがいる。

このハークネスが、いまは私のところにある「Harkness」である。

岩崎先生のリスニングルームでは、ハークネスの上にJBLのホーン、2397が載っている。
ハークネスの上に2397。
様になるコンビだ、と思って写真を見ていた。

「Harkness」が来てから、いつかは2397を手に入れるときがきたらいいなぁ、
そんなことを夢想していた。

別にいま「Harkness」についている175DLHに不満があるわけではないし、
むしろ175DLHは、家庭で近距離で聴く場合において、
あれこれ文句をつけることはできるのはわかっていてもなお、良くできたホーンシステムである。

だから、どうしても2397が欲しい、というわけでもなかった。
それに2397を手に入れれば、コンプレッションドライバーも、ということになる。

Date: 7月 22nd, 2013
Cate: 終のスピーカー

終のスピーカー(Saxophone Colossus・その5)

《今迄このレコードには、たくさんの〝借り〟がある。だが、それをまだ返したことはない。僕にできることといえば、いつも自分のそばに置いておくことだけなのかもしれない。》
     *
岩崎先生にとってソニー・ロリンズのSaxophone Colossusは、
そんな存在のレコードだった。

「あの時、ロリンズは神だった……」は、Saxophone Colossusについての岩崎先生の文章だ。
ビクターの社内報のために書かれた、この文章は、若い時よりも、
歳を重ねたいま読むことで、感じるものがずっと多く、ずっと重い。
最初に読んだ時より、ずっと確かなものが感じられるようになった。

「あの時、ロリンズは神だった……」はSaxophone Colossusとの出合いから始まる。
Dというジャズ喫茶での出合い、というよりも、「僕を襲った」と表現されていることからもうかがえるように、
それがどれだけ衝撃的だったのか、
なにかほかの表現がぴったりくるであろう、そういう出合いである。

《戦慄が背筋を駆けあがる。一瞬、僕はすくむ。後は、ただガタガタ身震いが続いた。
あの何か得体の知れないスゴイものに出合った時に共通する感覚……。》

Dというジャズ喫茶をでた後、都内のレコード店を奔走し、
Saxophone Colossusの輸入盤を見つけ、抱えて帰宅。

《その夜は、スピーカーを通して語りかける〝神〟の声を聞きながら眠った。》
《確かに僕はこのレコードの背後に〝神〟の存在すら垣間見るような気がする……。》

翌朝も早く起きて、薄明りの中でSaxophone Colossusを聴かれている。

《それから、何週間かは他のレコードを聴く気になれなかった。だから、ターンテーブルの上には、しばらく〝サキソフォン・コロッサス〟が乗せたままになっていたのである。》

いったい、どれだけ集中してSaxophone Colossusを聴かれたのだろうか。

Date: 7月 21st, 2013
Cate: 岩崎千明, 終のスピーカー

終のスピーカー(2013年7月21日)

Tour de Franceの100大会の初日(6月29日)に、岩崎先生のお宅にはじめて伺った。
Tour de Franceの100大会の最終日の今日、また行ってきた。

意図的にそうしたわけではなく、たまたまTour de Franceの日程と重なっただけ。
今日は岩崎先生の原稿をお借りしてきた。
手書きの原稿が数本、
手書きの原稿をコピーしたものが数本、
それから口述筆記の原稿も数本あった。
その他に週刊FMで連載されていた「カタログに強くなろう」の記事のコピーが揃っていた。
この連載記事の一部はある方から譲っていただいてすでに入力が終っているが、
歯抜けが今回すべて埋めていけることになる。

実は、この他にいただいてきたモノがある。
パイオニアのチューナー、Exclusive F3だ。

外形寸法、W46.8×H20.6×D38.9cm、重量は16.6kg。
これだけの大きさで、受信できるのはFMだけである。

いまFM放送はインターネットを介して聴ける。
音にこだわらなければiPhoneでも聴くことができる。
こうなってきたこの時代に、プリメインアンプ並の大きさと重量のチューナーで聴く。

それはどこか時代錯誤といわれるのかもしれない。
チューナーは一台、なにか欲しい、と思ってはいた。
できればバリコンを使ったチューナーがいい。

インターネットで聴けるものを、わざわざチューナーを介して聴くわけだから、
チューナーならではの音の美しさをもっているモノで聴きたい、
そんなことを漠然と思っていた。
それに別項で「チューナー・デザイン考」を書いている。
そのためにも最高級のチューナーでなくともいいけれど、
すくなくとも手もとに置いときたくなるモノがいい──、
そこにExclusive F3がやって来た。岩崎先生が使われていたExclusive F3である。

Date: 7月 20th, 2013
Cate: 終のスピーカー

終のスピーカー(Saxophone Colossus・その4)

DE ROSAに乗り始めて、あれこれ試行錯誤していた。
ただ力まかせにペダルを踏んでいけば速く走れるというものではない。

自転車の乗り方は、その意味ではスピーカーの調整とよく似たところがある。
とにかく意識して乗っていると気づくことがある。
なにか自転車に腰のあたりを押されているような感覚があることに気がつく。

そういうときはうまく乗れている時であり、
うまく乗れているときほど、自転車から、もっともっと、というふうに腰を押されている感じを受ける。
つまり、自転車にあおられている、とはこういう感覚である。

この自転車は、もっと速く、もっと遠くまで走れる──、
お前はまだまだ、もっともっと力を出し切れ、そんなふうに感じられるから、
ロードバイクという自転車に乗る爽快感とともに、乗り終ったときにぐったりもする。

自分の好きなように乗ればいいじゃないか、
なにもプロの自転車選手を目指しているわけではないだろう──、
そんなことはわかっている。
そういう乗り方をしよう(つまりポタリング、散歩的な走り方)と思っていても、
体が温まってくると、自転車からあおられて、ポタリングではななくなっている。

「Harkness」におさめられているD130ソロから鳴ってきたSaxophone Colossusにうけた感覚は、
まさにそういう感覚だった。

Saxophone Colossusの鳴り方は、他のディスク(録音)を鳴らした時とは明らかに違う。
その違いは、あおられる感覚であり、挑発されているかのようでもある。

明らかに違う鳴り方とは、いい音であるわけだが、
でも同時に、まだまだこんなもの(レベル)じゃないぞ、
もっと鳴らしてみろ、もっともっと……と、そんなふうにあおられている。

Date: 7月 15th, 2013
Cate: 終のスピーカー

終のスピーカー(Saxophone Colossus・その3)

「Harkness」から鳴ってくるSaxophone Colossusを聴いていると、
あの感覚に似ている、と思ってしまう。

いまから20年近く前、1995年の5月、ちょうどジロ・デ・イタリアの初日にあたる土曜日に、
DE ROSAのロードバイクを買った。

初めての、本格的なロードバイクだった。
外国製の自転車も初めてだった。

購入した自転車店からの帰路、
当然、買ったばかりのDE ROSAに乗って帰ったわけだが、
正直、大変なモノを買ってしまった……、と少しばかり後悔していた。
こんなにも、それまで乗っていた、いわゆる一般的な自転車とは異るモノだとは思っていなかった。

それでも乗って帰るしかないわけで、
乗り続けていると、少しずつなれてくる。
この自転車の良さがわかってくる。

無事帰宅できて、ほっとしていた。
にもかかわらず、もう一度乗りたい、とすぐにDE ROSAと出かけてしまった。

こんなふうに私の自転車のつきあいははじまった。

少しずつ走れる距離は伸びてくる。
出せるスピードも増してくるようになる。
そうするとイタリアのロードバイクのもつ性格が、徐々にはっきりとしてくる。

時速20〜30kmくらいで走っている時と、
40km/hをこえたとき、さらに50kmをこえたとき、
それぞれに感じることが違う。

こういう速度で走ることを前提としていることが、はっきりとわかる。
そして、自転車に、あおられる感覚が確かにあった。

この感覚が、D130ソロでSaxophone Colossusを聴いていた時に蘇っていた。