オリジナルとは(その25)
ダグラス・サックスは、こう語っている。
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最近の大きなノイズ源の要素はマスターラッカー盤にあるといえます。いまのラッカー盤は五年まえにわれわれが使っていたものよりよくない。私はむかしラッカー盤のS/N比を測ったことがありますが、それは基準レベルにたいして、75dBもあった。以前RCAが行った実験で、ラッカーマスターで90dBのS/N比をもっていたと報じられていたものです。私の見るところでは、ラッカー盤はいまやますます品質がわるくなっている。事実、数年前に、ラッカー盤ではきこえなかったノイズが、いまのはきこえるのです。
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ラッカー盤の品質が悪くなっている──。
これは1980年の話であり、CDは登場していない、いわはアナログディスク全盛時代の話にもかかわらず、
アナログディスクの製造過程における最初の段階のラッカー盤のS/N比が悪くなっている、ということは、
当時の私には衝撃的だった。
ダグラス・サックスが言っている5年前(1975年)には75dBあったS/N比が、
1980年においてどれだけ劣化したのは、その値についてはふれられていない。
数年前のラッカー盤では聴こえなかったノイズがきこえるということは、
数dBの劣化ではなく、もしかすると10dB程度の劣化はあった、とみるべきかもしれない。
それにRCAの実験での90dBのS/N比は、いつのことなのだろうか。
これも詳細はふれられていないが、1975年よりも以前のことだろう。
おそらく、この90dBがラッカー盤のS/N比としては上限なのだろう。
そこから1975年の時点で15dBの劣化、1980年の時点でさらに劣化している。
そういえば、ステレオサウンドにいたころ長島先生からラッカー盤がどうやって造られるのか、聞いたことがある。
詳細は、なぜかほとんど記憶に残っていない。
自分でも不思議なほど憶えていない。けれど、職人技が要求されるものであることだけは憶えている。
型に材料を流し込んで出来上り、というようなものではない。
つまりラッカー盤のS/N比の劣化は、人の問題でもあるはず。
そうであるならば、いまのラッカー盤のS/N比は、いったいどれだけとれているのだろうか、と思う。
90dBは絶対にない、75dBもおそらくないはず。70dBを切っているとみていいだろう。
1980年の時点で、ダグラス・サックスが75dBよりも劣化している、といっているわけだから、
60dB程度ということもあり得るかもしれない。
残念ながら、技術とはそういう面ももっているのだから。