30年ぶりの「THE DIALOGUE」(その20)
フランコ・セルブリンのKtêmaで聴いた“THE DIALOGUE”のベースは、良かった、と前回書いた。
私はとてもいいと感じていたし、この日、来られた方もいいと感じられた。
でも、この日のベースの音を締りが悪い、とか、緩いとか言う人はきっといるだろうな、とも思っていた。
適度にふくらんで、気持よく弾んでくれるのだから、
アクースティクベースの鳴り方としては、良いと感じるわけだが、
昔から、そうアナログディスク全盛の時代から、
低音は締っていなければ、いい低音ではない、と主張する人が、
けっこう多いどころか、時には(場合によっては)多かったりすることだってあった。
締った低音、クリアーな低音は、確かにオーディオ的快感がある。
贅肉を一切感じさせない低音は、でもどこまでいってツクリモノの低音でしかない。
“THE DIALOGUE”でのベースは、アクースティクベース(ウッドベース)である。
それがオーディオ的快感といえる低音で鳴っても心地良くはない。