耳の記憶の集積こそが……(その10)
別項で、屋上屋を架すとしか言いようのない音を出す人がいる、と書いている。
どうして、そんな音しか出せないのか。
そのことについて考えると、耳の記憶という積み木を、
彼らは積み重ねていくことができないのだろう、という結論が、
いまのところ見えてくる。
積み木を積むのに、接着剤とか釘、ボルト、ナットなどを使って、
積み木を一つずつを固定しながらやっていくのではない。
慎重に確実に積み上げていくしかない。
屋上屋を架す音しか出せない人は、ただ勢いだけで積み木を積んでいくのだろう。
基礎をしっかりした上で、ということをやらないのではないのか。
ただただ積んでいく。
それでもある程度の高さまではいける。
でも、所詮はそこまでだ。
きっと彼らには、その積み木が、耳の記憶だという認識もないのだろう。