再生音に存在しないもの(その3)
スピーカーの存在をまったく感じさせない──、とか、
スピーカーの存在が消えてしまう──、
そういった表現を、ここ数年、けっこうな回数見かけるようになってきている。
この手の表現を使う人は、そのスピーカーのことを最上級の褒め言葉で賞讃している。
そんな試聴記を読んでいると、いまの世の中、
そんなにもスピーカーの存在が消えてしまうほどの製品が多いのか、とも思ってしまう。
そのことを、スピーカーも進歩している、
技術の進歩でもあり、いいことだ、と素直に喜べるだろうか。
私は、また、この人、こういった表現を書いている、としか捉えていない。
なぜかといえば、その人(一人ではない)は、
再生音に存在しないものを、何ひとつ語っていない、明確にしていない。
このことを抜きにして、スピーカーの存在について語れるとは思っていないからだ。