ハイ・フィデリティ再考(ふたつの絵から考える・その11)
ルチア・アルベルティのCDを初めて手にしたのは、
オルフェオ・レーベルから出ていたオペラ・アリア集だった。
ベルリーニやドニゼッティを歌っている、このCDはなかなか素敵な一枚なのだが、
ルチア・アルベルティのCDは、そう多くない(むしろ少ない、といったほうがいいくらいだ)。
ルチア・アルベルティは、「カラスの再来」といわれていた。
クラシックの世界で、「カラスの再来」は、よく使われる。
多くの場合、そんなふうにいわれていたなぁ……留まりでしかない。
黒田先生は、《ルチア・アルベルティの明日にカラスを夢みたくなる》と書かれていた。
けれど、くり返すがルチア・アルベルティの録音は少ない。
それだけの歌手にすぎなかったのであれば、納得できることなのだが、
ルチア・アルベルティはそうではなく、このことも黒田先生が書かれているのだが、
ルチア・アルベルティは大手音楽マネージメントと契約を結んでいない。
そのためルチア・アルベルティはマネージャーもつけずに仕事をしている、
と黒田先生の「ぼくだけの音楽」に書いてあった。
そして、黒田先生の「あなたは結婚しないんですか?」というぶしつけな質問に、
ルチア・アルベルティは、「だって、わたしはベルリーニと結婚しているから」と答えている。
なのにルチア・アルベルティの「清らかな女神よ」を、これまで聴いたことがなかった。
それこそ大手音楽マネージメントと契約していれば、
大手のレコード会社から、間違いなく出ていたはずだ。
でも出てこなかった(はずだ)。
いつしかルチア・アルベルティの新録音を待つことをやめてしまっていた。
そんなこともあって、私の手元にはオルフェオ盤だけだった。
いまもそのことに変りはないが、TIDALには、オルフェオ盤以外に三枚ある。
“A Portrait”のなかに、「清らかな女神よ」がある。
オルフェオ盤を聴いてから、三十年以上経って,
ようやくルチア・アルベルティの「清らかな女神よ」を聴いている。