MQAで聴けるギレリスのベートーヴェン(その1)
エミール・ギレリスというピアニストの演奏を、
若いころ、なんとなくさけていた。
特に理由もなく、いそいで聴かなくてもいいや、なんて思っていた。
ギレリスよりも先に聴きたいピアニストがいた、ということは理由としてあったけれど、
それ以上の理由はなかった。
まったく聴いていなかったわけではなかったけれど、
聴いていなかった、といったほうがいいくらいの聴き方でしかなかった。
そんな私が、襟を正して聴く、というのは、
こういう演奏に対してなのか、とおもったのが、
ギレリスの最後の録音となったベートーヴェンの30番と31番をおさめたディスクだった。
たまたまステレオサウンド試聴室に、ギレリスのCDがあった。
なぜあったのかは、もうはっきりと思い出せない。
誰かが試聴のために持ってきて、
試聴は数日続くから試聴室に置いていかれたのか。
とにかくステレオサウンドの試聴室で聴いた。
このCDのジャケットのギレリスの表情をみれば、
聴かずにいられる人はいないだろう。
ギレリスの享年は68。
撮影の日時の正確なところは知らないが、録音と同時期なのだろう。
ぞっとする写真だ。
この写真を撮った人は、どう感じたのだろうか。
グレン・グールドのゴールドベルグ変奏曲のジャケットの写真と、
どこか共通するものを感じる。
グールドの写真は、49歳のもののはず。
グールドはなにを眺めていたのか、と、
演奏を聴いたあとでは、誰もがおもうのではないのか。
ギレリスも、なにを眺めていたのか。
吉田秀和氏は、「ギレリス/ピアノ・ソナタ第30番、31番」で、
《こちらを眺めている写真は、もう、これを眺める私たちを通りこして、「死を見つめている」ようなのだ。》
と書かれている。