さくら餅(その3)
鼻孔をくすぐる──、という。
三はし堂のさくら餅の香りは、まさしくそうだった。
三はし堂のさくら餅によって、
鼻孔をくすぐる、とはこういうことなのか、と実感したほどだった。
三はし堂の和菓子のほとんどは一度は食べている。
でも、さくら餅の香りは格別だった。
三はし堂はすでにない店だ。
もう一度食べたい、というよりも、
もう一度、三はし堂のさくら餅の香りをかぎたい、と思ってしまう日がある。
私は甘いもの好きである。
和菓子も洋菓子も、どちらも好きだ。
でも、こと香りに関するかぎりは、
鼻孔をくすぐるという経験をしたのは、和菓子だけといっていいかもしれない。
洋菓子でも、もちろんいい香りだな、と思ったことは幾度もある。
それでも鼻孔をくすぐる、とまで表現したい経験は、いますぐには思い出せないのだから、
おそらくない、といっていいだろう。
いまは秋。
やっと秋らしい感じが漂ってきている。
春が三はし堂のさくら餅ならば、
秋は中津川すやの栗きんとんである。
三はし堂のさくら餅ほど香ってくるわけではないが、
すやの栗きんとんは、秋らしい香りである。
こう書きながら、秋らしい香りとは? と自分でも考えてしまうけれど、
やっぱりすやの栗きんとんは秋にかぎたい。