Date: 7月 20th, 2019
Cate: きく
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カセットテープとラジカセ、その音と聴き方(余談・その16)

1980年の秋ごろのFM fanに、瀬川先生がカセットデッキについて書かれていた。
     *
 私の考えていたカセットの音質の基準とは、どういうものなのか。
 答えは簡単だ。日常接することのできるFM放送やレコードで、容易に得られる音質と同水準の音。これだけのことだ。
 それだけのこと、には違いないが、しかし、数年前のデッキやテープが、果たして本当に、FMやレコードの優れた音質と同水準にあったと言えるだろうか。私の答えは、むろん「否」だ。
 念のために補足しておくと、例えばFMチューナーなら5万ないし8万円ぐらい。レコードプレイヤーなら、カートリッジと合わせてやはり7~8万円前後。つまりいわゆる「中級機」、あるいはコンポーネントとしてはごく標準的な価格の範囲で入手できるチューナーやプレイヤーで、音質の優れた放送を受信し、また録音の良いレコードをプレイバックしたときに得られる程度の音質を頭に浮かべてみる。そして、それらとほぼ同等の価格のカセットデッキで、録音・再生した際の音質、および、数年前のミュージックテープをプレイバックしたときの音質を、もう一方に置いて比較してみる。
 すると、上記のチューナーやプレイヤーで得られる音質は、仮に(突拍子もない例かもしれないが)JBLの♯4343のような、特性の優秀で鋭敏なモニター・スピーカーで聴いてみても、けっこう、なかなかの音が楽しめる。
 けれど、カセットの音となると、もしもJBL♯4343のようなスピーカーで聴いたとしたら、まず音の強弱の比(ダイナミックレンジ)が押しつまってしまい、音に伸び伸びとした感じの不足することがわかる。また、何となく歪みが多い感じで、再生音に本当の美しさ──聴き手が思わず耳をそば立てるほどの、美しく滑らかで透明な音──が感じとりにくい。テープヒス等の雑音は相当に耳ざわりになる。そこでドルピーを使う。すると、ノイズは耳につきにくくなるが、それとひきかえに、音の鮮明さや輝かしさ、あるいは微妙なディテールのニュアンス、等が失われてしまう。
 7~8万円のカセットの音を、JBLの♯4343で聴くとは、気違いざただ、というのなら、しかし、同じスピーカーで、同じく 7~8万円のチューナーやレコードプレイヤーの音を聴いてみれば(むろん高級機のような緻密で充実感のあるすばらしい音はしないまでも)、価格を考えれば十分に満足のゆく音がするのだから、そういう音を出さないカセットは、やっぱりまだ本当の意味で完成の域に達していない、と、私はがんこに言い張っていたわけだ。
 だから、専門誌などから、カセットのテストをしてみないか、と言われると、「いいよ、だけどおれがテストしたら、カセットについてクソミソに言うが、それでもいいかい?」と聞き返す。当然、編集者は逃げで行ってしまう。
 ともかく、これが数年前のカセットについての、私の感じ方であった。
 しかし、繰り返しになるが、この1~2年(というより、もっと厳密にいえば、ほんの去年の後半あたり以後から)本当の意味で、カセットの音が、FMやレコードの音質と、十分太刀打ちできるようになってきた。
 だから私自身も、この辺でそろそろ、カセットを本気でとり上げてい、い、という考え方に、ようやくなってきた。
 振り返ってみると、カセットテープやデッキの評価については(チューナーやレコードプレイヤーに比べて)、誰もが無意識にハンディをつけて、甘やかしてきたように思う。カセットにしては……、あのテープのトラック幅にしては……、これほど扱いの簡便なテープにしては……、というように。
 だが現実に、ミュージックテープはLPレコードと同じような価格で売られている。それなら、レコードと同程度の音質が保証されなくてはおかしいのではないか?
 そしてLPレコードは、5万円前後のカートリッジなしのプレイヤーに、市価2~3万円程度の良いカートリッジを選んでプレイバックすれば、前述のようにごく高級なスピーカーでさえ、相当に満足のゆく美しい音質が楽しめる。
 FMチューナーにしたって、キー局で注意探く送り出される良質の番組を聴くかぎり、きわめて鮮度の高い音質が保証されている(中継を重ねて劣化した音を聴かされている地域については、改めて問題としてとり上げる必要があるが……)。
 そういう状況に比べて、カセットだけが甘やかされていたのは、少しおかしいのではないだろうか。
 むろん理由はある。カセットは、それ以前に普及しかけていた、そしていまでもプロの現場では主力になっているオープンリールテープに比べて、何となく、簡便型のテープ、という受けとめかたが、専門家の頭の中に根強く残っていたからだ。私自身も、ずいぶん長いこと、その考えを捨てきれずにいた。
 カセットの性能があまりに悪いものだから、結局、この方式には限界があるのだろうか、と、半ば絶望的になりかけてもいた。
 けれど、前述のように、ごく最近のデッキとテープは、そういうハンディなしに、十分の水準に達し始めた、と言える。
 少し前までのカセットデッキに比べて、最近の製品のどこが良くなったのか。まずテープ。少し前までは、巻き始めと巻き終わり近くの1~2分の部分は、リールのクセがついて、音飛びや音のふるえを生じるものがほとんどだった。しかし最近のテープは、リーダーテープの終わった直後から、相当に難しい音を録・再しても、まず大丈夫になってきた。第2に、カセットハーフの精度の向上のおかげで、テープの走行が非常に安定してきた。第3に、音のダイナミックレンジが向上した。相当に強い音を入れても、音の歪みが耳につきにくい。そして音の美しさ。とても透明な感じの、つまり歪みとノイズの少ない音がする。少し前のテープが、何となく汚れっぼい音のしがちだったのに比べて、大変な向上だ。第4に、いまもふれたノイズの減少。
 いろいろのメーカーの各種のテープについては各論をくわしく展開しなくてはとても言いきれないにしても、一応、音楽の録・再を特に考慮した中級以上のテープに関するかぎり、上のことは言えると思う。
 ではデッキの方はどうか。最も目立つのはダイナミックレンジの向上だ。これにはメタルテープの出現が大きな刺激材になっているが、私自身は、クロームやLHテープの時代から、各メーカーの作るアンプの性能に比較してデッキに内蔵された録・再アンプの能力の目立って劣っている点がひどく気になっていた。メタルテープでようやくこの点が検討されたのは、むしろ遅すぎたと言いたい気持ちだ。
 アンプと共に、ヘッドの性能も向上して、結局そのことが、周波数特性やダイナミックレンジや歪みやノイズなど、あらゆる意味での音質の向上に大きく寄与している。むろん、メカニズムの改良による走行のスムーズさ(カセットハーフ側の精度ともあいまって)も大いに音質を向上している。
 細かく書けばまだいろいろあるにしても、ともかく、以上のような理由で、カセットデッキを、私自身の再生システムの中に、常用機としてとり入れようと、一応本気で考え始めたのが、ほんのつい最近のことなのだ。ひとと比べて、ずいぶん遅いスタートだったが、私はどうしても、以前のあのカセットの音質では納得できなかった。
     *
《この1~2年(というより、もっと厳密にいえば、ほんの去年の後半あたり以後から)本当の意味で、カセットの音が、FMやレコードの音質と、十分太刀打ちできるようになってきた》
とある。

私がカセットデッキの普及機を買ったのは、1977年秋ぐらいだった。
私が使っていたアイワのカセットデッキは、
《本当の意味で完成の域に達していない》製品だった、といえよう。

私がカセットテープに感じていた不満の多くは、
1980年からのカセットデッキとカセットテープ、
それも中級クラス以上であれば、かなり解消されていたようだ。

《クロームやLHテープの時代から、各メーカーの作るアンプの性能に比較してデッキに内蔵された録・再アンプの能力の目立って劣っている》、
そういう時代のカセットデッキしか自分用としては使ってこなかった。

そのころのアイワの普及機と直接比較するまでもなく、
ヤマハのK1dは、確かに優秀である。

瀬川先生が《私自身の再生システムの中に、常用機としてとり入れようと、一応本気で考え始め》、
実際にとり入れられたのがヤマハのK1(もしくはK1a)といえよう。

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