La Voix humaine
フランシス・プーランクのオペラ“La Voix humaine”。
オペラといっても歌手は一人。
先日、対訳に気になってGoogleで検索していたら、
いま日本では「人間の声」と訳されているのを知った。
私が“La Voix humaine”を知ったのは、CDが登場したからだった。
この曲の名盤として知られているジョルジュ・プレートル/パリオペラ・コミーク管弦楽団、
ドゥニーズ・デュヴァル(ソプラノ)による演奏が、CD化された。
このころ、“La Voix humaine”は「声」と訳されていた。
1980年代後半の話だ。
フランス語はまったくな私でも、“La Voix humaine”をみれば、
「声」ではなく「人間の声」が正確な訳だということはわかる。
それでもずっと「声」で日本では通じるものと思い込んできた。
30年以上そうだった。
それがいつのころからなのかはわからないが、「人間の声」が一般的になっているようだ。
“La Voix humaine”では電話がなくてはならない存在である。
なので、当時出たCDも電話がジャケットに描かれていたし、
昨年廉価盤で登場したワーナークラシック版も、ジャケットは電話である。
「声」に馴染んでいた私には、
なんとも生々しい印象を受けてしまう。
もちろん“La Voix humaine”では、
電話の受話器を手にしての背の語りは進んでいくわけで、
デュヴァルの声は電話を通した声ではない。
だからこその“La Voix humaine”なのかもしれないし、
「人間の声」のほうが、より“La Voix humaine”という作品のことを正確に表わしている──、
そうなのかもしれないとわかっていても、やっぱり私には「声」のほうがしっくりくるし、
「声」だけのほうが、電話の存在を「人間の声」とあるよりも感じてしまう。
このへんになると、感じ方の違いなのであって、
「人間の声」のほうがいいと感じる人のほうが多いのだろうから、
いまでは「人間の声」が一般的なのだろう。
些細なことである。
些細なことついでに書けば、“La Voix humaine”では、
最後に受話器のコードを首に巻きつけて……、という場面がある。
注釈つきでなければ、通用しない時代になるんだろうな、と思う。