「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その42)
菅野先生の「やりすぎたんだよ」は、
朝沼予史宏さんを慮ってのことばである。
菅野先生はComponents of the yearの選考委員長として、
朝沼予史宏さんを選考委員から外されている。
苦渋の決断である。
菅野先生は、こう続けられた。
「朝沼くんならば、きっとやり直せる」と。
それを期待してのことだった。
菅野先生は、そのころの朝沼予史宏さんの行為はやってはいけないことだし、
そんなことを続けていては、朝沼予史宏という一人のオーディオ評論家をつぶしてしまうことになる、
朝沼予史宏という才能を殺してしまうことになる。
そんなことになる前に、なんとかしないと……。
選考委員から降ろされることが、朝沼予史宏さんに与える影響の大きさは、
菅野先生がいちばんわかっておられたはずだ。
それによってしんどい時期があっても、
朝沼予史宏さんならば、はい上がってくれる、と。
それには一年、二年……、もう少し必要なのかもしれない。
それでも腐らずにオーディオ評論という仕事を全うしていけば、
そこで再びComponents of the yearの選考委員になれたのである。
なのに朝沼予史宏さんが、突然逝ってしまわれた。
こんなことになろうとは、菅野先生もまったく予想されていなかった。
あの日の菅野先生の落ち込まれ方は、
朝沼予史宏さんへの期待への裏返しでもあった。