Date: 6月 3rd, 2018
Cate: 「うつ・」
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うつ・し、うつ・す(BLUE:Tokyo 1968-1972・その2)

ナルシシズムがかけらもないという人は、ほんとうにいるのだろうか──、
と思っているくらいだから、
「あの人はナルシシストだから」というようなことはいいたくない。

それでも、どうにも我慢できないことはやはりあって、
敬遠してしまう人は、やっぱりいる。

写真撮影を仕事としている人は、ゴマンといる。
人物写真をメインに撮る人も多い。

写真撮影を仕事としているということは、写真を撮ることに関してはプロフェッショナルなわけだ。
写真撮影の技術──、
プロはこうやって撮るんだ、と知ったのは、
ステレオサウンドで、そういう場に立ち合うことになってからだ。
知らなかったとはいえ、こんなにも気を使うのかと驚いた。

プロの写真撮影の技術を、初めて垣間見たわけだ。
そういった写真撮影の技術をしっかりと身につけている人は、プロではある。

写真撮影のプロフェッショナルではある。
でも、その人たちのすべてが、プロフェッショナルの写真家なのか、というと、
そうとは思ってこなかった。

撮影技術はあるのに……、と感じる写真がある。
これまで、そう感じてしまう正体がはっきりと掴めていなかった。

ここにきて、やっと私なりに、その正体の断片が掴めた、と感じている。
BLUE:Tokyo 1968-1972」と、ある写真とが同時期に重なったからである。

「BLUE:Tokyo 1968-1972」に収められている写真(ポートレイト)、
別の人による、ある写真(ポートレイト)、
後者から、とても強いナルシシズムを感じてしまった。

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