Date: 11月 11th, 2017
Cate: オーディオの科学
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オーディオにとって真の科学とは(その9)

「急性心不全の患者がいたとします」──法事の席上で中年の医者が話しはじめた。
 故人は五十歳余りでこの世を去った銀行員である。東大を出て一流銀行に入りながら、これからという時に身体をこわし、不遇と憂悶のうちに身罷った。医師は故人の旧友。開業医を営んで三十年近くなる。彼には親友の死が「近代医学」に起因するもののように思われてならない。死因について、大学病院は種々の説明を加えたが、手遅れと化学薬品の副作用がその大きな部分を占めていたことは否定できなかった。
 医師は話を続ける。「心不全なんて病気は聴診器一本で九九%わかるんです。いや、一〇〇%と言い切っていいかもしれません。私の場合、心不全の徴候を見付けたときは確認のために一枚レントゲンを撮り、緊急処置を施して患者を休ませ、何日かして症状が治まったのち、もう一度治癒確認のため写真を撮り、余病の有無を調べてOKであれば退院させます。今迄それで失敗した例はありません。大家はレントゲンなんか撮らないんです。ところが、大病院の若い医者は、病因を確定するために十数枚、ときには七十枚もレントゲン写真を撮影する。聴診器による診断、人間の感性による診断を信用しないし、自信もないんです。その結果、患者の病因が確定するまでに数日、悪くすれば十日以上かかってしまう。心不全だということが証明されたときには、患者の身体が参ってしまっていることすらあります。手当の遅れに加え、検査疲れがひどいからです。検査薬の投与による余病併発だって考えられる。そうしたら大変です。余病の病名確定のため、また検査が始まります。医師にとって一番大切なことは、患者の苦痛を和らげ、生命を助けることである筈なのに、近頃の若い医者は病名の確定を最優先に考え、患者自身の生命を二義的に扱う傾向があるような気がしてなりません。残念なことです」
 ここ一、二年、私はことあるごとに「オーディオ機器の開発はもう一度原点に立ち返るべきだ」と言い続けてきた。ステレオは一体何のために開発されたのか。いうまでもなく、それは「音楽」を聴くために、「音楽」をよりよく味わうために開発されたのではなかったのか。ところが、最近のレコード、最新のオーディオ機器を聴くたびに、私はひどく不安な、たまらなく虚しい気持に襲われることが多くなった。「何か大切なものが失われている、失われかけている」そんな叫びをあげたくなることの多いこの頃である。
     *
中野英男氏の「音楽、オーディオ、人びと」のなかから「或る医師の歎き」からの引用だ。

最近、テレビ朝日のドラマ「ドクターX」を見ている。
仕事関係の知人が、以前から「おもしろい」といっていた。
「見た方がいいですよ」ともいっていた。

といわれてもテレビを持っていないし、
日本のドラマを見るくらいなら、見たい海外ドラマがまだまだあるのに……、と思う私は、
医療ドラマならば、もっともおもしろいものが海外ドラマにいっぱいあるよ、と、
その知人に言い返していた。

数ヵ月前から、amazonのPrime Videoで「ドクターX」の配信が始まった。
テレビがなくとも見れるようになったから、試しにシーズン1から見始めた。
(シーズン4まで見終って、シーズン1の内田有紀の美しさは、
なにか特別なものがあるように感じた。)

「ドクターX」の舞台は大学病院である。
ドラマなのはわかっている。
それでも、病名確定のために、かなりの時間が割かれている描き方がある。

「或る医師の歎き」は、いまから40年ほど前のことである。
時代は変っているのはわかっている。
いい方にばかり変っているわけでもないし、
悪い方ばかりに変っている、とも思っていない。

けれど病院での検査は、40年前よりも増えている。
より正確な検査が可能になっている、ともいえる。

聴診器ひとつでわかることに、いくつもの検査をしているのではないか。
聴診器による診断は、人間の感性による診断である。

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