世代とオーディオ(JBL SE408S・その5)
JBLがエナジャイザーを搭載したのは、おそらくパラゴンが最初だろう、と(その3)に書いた。
パラゴンは1957年に登場している。
この時のユニット構成はウーファーが150-4Cである。
1964年に150-4CからLE15Aに変更され、それに伴いネットワークもN500HからLX5へと。
パラゴンは1980年にも変更を受けている。
アルニコマグネットのLE15AからフェライトマグネットのLE15Hへ、375が376へと。
この時点で150-4Cが製造中止になったのかと思いがちだが、そうではない。
パラゴンのユニット変更と同時期にハーツフィールドも仕様変更されている。
075が追加されている。ウーファーは150-4Cのままである。
JBLが150-4CからLE15Aにした理由は、理解し難いところがある。
150-4Cが製造中止になっていたとしても、JBLには130Aがあった。
150-4Cに近いのは、LE15Aよりも130Aであるにも関わらず、
ウーファーとしての設計がJBLとしては対極にあるLE15Aへの変更には、どういう意図があるのか。
パラゴンの弟分ともいえるメトロゴンは、1958年に登場している。
ユニット構成は150-4Cに375+H5041、ネットワークはN400の2ウェイで、
パラゴンのユニット構成を基本的に受け継いでいる。
メトロゴンにはヴァリエーションモデルとして、
130Aと175+H5040、130Aと275+H5040、D130のみなど、他にもいくつか用意されていた。
メトロゴンのユニット構成を見ると、
コンシューマー用ウーファーとして、150-4Cよりも130Aは一ランク下であったことがうかがえる。
130Aと375の組合せは、JBLとしては考えていなかったのか。
だとしたらパラゴンに130AではなくLE15Aにしたのはわからないわけではないが、
くり返すが150-4Cは1968年まで製造されているにも関わらず、
1964年にパラゴンのウーファーはLE15Aになっているのは、
スピーカーだけで考えていては、答は見えてこない。
エナジャイザーの登場と、
エナジャイザーを含めたトータルシステムとしてのパラゴンという完成像があっての、
ウーファーの大きな変更であり、
その意味ではLE15A搭載のパラゴンは、エナジャイザー搭載のアンプで、
その音を一度は聴いておくべきものだった、といえる。