Date: 5月 5th, 2013
Cate: 598のスピーカー
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598というスピーカーの存在(その11)

長岡鉄男氏にはファンが多かった、ときいている。
熱心なファンもいた。
ときに、それは長岡教とも長岡信者とも呼ばれることもあった。

この熱心な人たちに長岡鉄男氏のアイロニー、ギャグはそうとは受けとめられずに、
長岡鉄男氏が意図しない方向で受けとめられてしまった──、私にはそうみえる。

だいたいスピーカーユニットやアンプのボリュウム・ツマミの重量を量ってみたところで、
その数字が何を表しているのかといえば、それはただ単に重量でしかない。
それ以上のことは、特に表していない。

そんなことは長岡鉄男氏は百も承知でやっていたはず、と私は思う。
これが他の人がやっていたのであれば、受けとめられ方もずいぶん違ってきただろうが、
国産オーディオ機器への影響力の大きかった長岡鉄男氏が、
熱心な読者をもつ長岡鉄男氏がこれをやったがため、
598のスピーカーシステムの重量増加を煽ることになってしまった。

アイロニーがアイロニーとして、ギャグがギャグとして機能することなく受けとめられて、
時は進んでいった。

メーカーの中には、
長岡鉄男氏のアイロニー、ギャグだと受けとめていた人もいるだろうし、
長岡鉄男氏の読者の中にも、そう受けとめていた人もいたはず。
でも、そういう人たちよりも、
長岡鉄男氏が重さを量って発表するということは、
それが音の良さへと直接関係することである、と思い込んでしまった人の方が多かった──、
そういえないだろうか。

そうなってしまうと、メーカーもそれに乗らざるを得ない。
長岡鉄男氏のアイロニー、ギャグだとわかっていても、
他社製よりも重いことが売上げに大きく関係してくるのであればやらざるを得ない。

1980年代の598のスピーカーをうみだしたのは、結局誰だったか、と考えることもある。

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