Archive for 1月, 2020

Date: 1月 2nd, 2020
Cate: 「オーディオ」考

十分だ、ということはあり得るのか(その8)

メリディアンの218について書いていて、
この項が途中なのを思い出していた。

マーラーを聴くにも十分だ、というツイートを見たことから書き始めたわけで、
この「マーラーを聴くにも十分だ」というツイートをした人が、
どういう人なのかはまったく知らない。

以前書いているように私がフォローしている人ではなく、
フォローしている人がリツイートしているのが目に留っただけである。

それでも、「マーラーを聴くにも十分だ」というのは、
こちらの心にひっかかってくる。

勝手な想像でしかないのだが、
「マーラーを聴くにも十分だ」とツイートした人は、
218(normal)の音を「マーラーを聴くにも十分だ」というであろう。

十分すぎる、ということだって考えられる。

そうだとしよう。
「マーラーを聴くにも十分だ」という人は、どういうマーラーを聴いているのだろうか。
バーンスタイン/ベルリンフィルハーモニーの第九は、
そこに含まれているのだろうか。

譜面に記されたものが音となって聴こえてくれば「マーラーを聴くにも十分だ」ということになるのか。
だとしたら、バーンスタイン/ベルリンフィルハーモニーの演奏でなくてもいいのではないか。

私がまったく聴きたいと思わないマーラーの演奏でも、いいのかもしれない。

くり返すが、私の勝手な想像で書いているに過ぎない。
でも思ってしまう。

「マーラーを聴くにも十分だ」の人は、
メリディアンの218(normal)と218(version 7)で、
バーンスタイン/ベルリンフィルハーモニーの第九を聴いても、そういうのか。

Date: 1月 2nd, 2020
Cate: 218, MERIDIAN

218はWONDER DACをめざす(その3)

メリディアンの218については、40本ほど書いている。
すべてきちんと読んでくれている方ならばわかってもらえているだろうが、
218(normal)は、実にいいD/Aコンバーターだ、ということだ。

私が手を加えた218と比較試聴すると、そこには音の違いがある。
だからといって、手を加えなければ218は、きちんとした音がしないのか、ということではない。

今回半年ぶりほどに、218(normal)の音を聴いて、
やっぱりいい音だな、と感じていた。
これで125,000円(税抜き)である。

メリットとは感じない人も少なくないようだが、218はA/Dコンバーターも備えている。
ちょくちょく使う機能ではないが、あれば便利である。

なかには、A/Dコンバーターは外して、もっと安くしてほしい、とか、
もっと音が良くなるんじゃないか、というだろうが、
218のコンセプトは、そういうところにあるのではない。

218で初めてMQAの音を聴かれた方は、なぜいじるのか、と思われるかもしれない。
それでも、私は何度も手を加えてきている。

それは218は、もっと良くなる、という可能性を感じ、信じているからだ。
そしてもうひとつ。
バーンスタインのマーラーの第九、
こういう音楽を私は聴きたいからだ。

218(normalの音は、バーンスタインのマーラーの第九を聴くには、若干あまい。
こんなふうに表現すると、また誤解を受けそうなのだが、
細部をいいかげんに描写している、という意味でのあまい、ではない。

そんな音しかしない製品だったら、私は手を加えていない。
私が、バーンスタインのマーラーの第九に必要と感じている表現力、描写力、
これらを218から抽き出すためにやっているだけのことだ。

おそらく昨晩のaudio wednesdayで、
バーンスタインのマーラーの第九を聴かれた方ならばわかってくれている、と信じたい。

Date: 1月 2nd, 2020
Cate: 218, MERIDIAN

218はWONDER DACをめざす(その2)

昨晩のaudio wednesdayで鳴らしたメリディアンの218は、
version 7と呼んでいる個体だ。

当日の午後から218に手を加えていた。
それか済んでブログを書いて公開したら、
多少の時間の余裕はあったけれど、ここで218をシステムに接続して、
その音を確認していたら、出掛ける時間を軽くすぎてしまうのは目に見えていたから、
聴かずにバッグにつめて、喫茶茶会記に向う。

つまりversion 7の音は、audio wednesdayで、
来られた方たちと一緒に初めて聴くことになる。

しかも、今回は常連のHさん(神戸市)が、218を持参されていた。
Hさんの218は、ノーマルの218である。

218(version 7)と218(normal)との比較試聴ができる。
以前、喫茶茶会記の218(version 4)と、
その時点での最新版である218(version 5)との比較試聴はしたことがある。
いまは喫茶茶会記の218はversion 6である。

218(version 7)に自信はあっても、音だけは聴かないことには何も言えない。
結果については、こまかいことを一つ一つ書いたところで、
読まれる方にとっては、私の単なる自慢話にしかならないのではないか。

いまの私の手元には、218が二台ある。
一台は218(version 7)であり、もう一台は218(normal)である。

audio wednesdayが終って、Hさんから「お願いします」といって渡された。
昨晩の最後にかけたバーンスタインのマーラーの第九を、
この二台の218で聴いた人ならば、誰もが2158(version 7)を選ぶ。
Hさんがそうだったように。

Date: 1月 2nd, 2020
Cate: 会うこと・話すこと

会って話すと云うこと(audio wednesdayのこと・その6)

audio wednesdayでは、通常の喫茶茶会記のセッティングをバラして、一からやり直す。
そのこともあって、ほんとうのスタートといえるのは21時過ぎの音である。

19時開始であっても、使用機材のウォームアップはまだまだである。
使いこなしでどうにかなるところもあるし、鳴らしていくしかないところがある。
たいてい21時過ぎの音からを聴いてほしい、と思うくらい、
19時から21時にかけての変化は、けっして小さくない。

昨晩も、鳴りはじめたな、と感じる音が鳴ってくれたのは、21時をまわっていた。
ここから約二時間が、充実した時間でもある。
そして最後にかける曲。

これがうまく鳴ってくれれば、よかった、と思える。
昨晩はバーンスタインのマーラーの第九がそうだった。

人によって聴き方・受けとり方が違うのは重々承知しているが、
それでも、昨晩のバーンスタインのマーラーは、聴いていた六人の共通体験であるはずだ。
だからこそ話せることが、きっとある、と考えている。

audio wednesdayは週の真ん中に、夜おそくまでやる。
仕事の都合とかあって、なかなか行けない、という声もきいている。
それでも、都合がつけば、昨晩のように来てくれる人がいる。
そして最後まで聴いてくれる。

一方で、ほぼ毎回来てくれても、
一時間ぐらいで帰ってしまう人もいる。

人にはその人の都合があるから、そのことについてあれこれいわないが、
それでも、きちんとした音が鳴ってくる前に帰ってしまう人、
最後にかける曲を聴かずに帰ってしまう人、
つまり共通体験がそこには存在しない人とは、
音楽のこと、オーディオのこと、音のことについて話せるとは、思えない。

Date: 1月 2nd, 2020
Cate: 会うこと・話すこと

会って話すと云うこと(audio wednesdayのこと・その5)

昨晩のaudio wednesdayは、
1月1日だし、しかもバーンスタインのマーラーの第九をかける、ともいっていたから、
常連の方、二人だけかな、と予想していた。

五人の方が来られた。
一人は新しい方、一人は常連の方で、これまで豊田市からだったのが、
年末に転勤で神戸市からの参加だった。
もう一人の方は、ULTRA DACのときに参加された方で、大阪からだった。

みな、最後まで聴いてくれていた。
バーンスタインのマーラーの第九を聴いてくれたわけだ。

バーンスタインのマーラーの第九の第一楽章が終ったのは、23時すぎだった。
あとすこし時間の余裕があれば、最後まで聴きたかった。
それが無理なら最終楽章だけでもかけたかった(聴きたかった)。

毎回そうなのだが、ほとんど音を鳴らしているから、あまり話す時間はとれない。
昨晩もそうだった。
新しい方と話す時間は、ほとんどなかった。

それでも、と思うのは、最後まで聴いてくれた、ということだ。
また来られるかもしれない、そうでないかもしれないが、
どこかで会う機会があったときに、何か話せるはずだ、と思っている。

ほかの方もそうだ。
どこかで会った時に、きっと話せるはずだ。
音楽のこと、オーディオのこと、音のことについて話せる。

それは、最後までいてくれて、最後まで聴いてくれたからだ。

Date: 1月 2nd, 2020
Cate: マーラー

マーラーの第九(Heart of Darkness・その13)

昨晩のaudio wednesdayでは、最後の曲に、
バーンスタイン/ベルリンフィルハーモニーのマーラーの第九をかけた。

常連のHさんからのコメントが、facebookで(その12)に対してあった。
とても美しい演奏が聴くことができた体験、とそこにはあった。

マーラーの第九は、ほんとうに美しい。
美しいけれど、その美しさは、半端なきれいな音からはとうてい鳴ってこない。
まったく、こちらの心に響いてこない。

バーンスタインのベルリンフィルハーモニーとのマーラーの第九の第一楽章の冒頭は、
空虚な音でしか鳴ってこないことが多すぎるように感じている。

空虚と虚無は違う。
バーンスタインは、あえての第一楽章の表現なのだろう。
それでも空虚と虚無は違うのだ、ともう一度書いておきたいし、
そこに美がまったく不在であってはならない。

そういう録音だろ、といってしまえれば、オーディオマニアとしてこれほどラクなことはない。
そんな人がいても不思議ではない。

それでもいおう、バーンスタインの、このマーラーはほんとうに美しい。
そのことに気づかずに終ってしまう音を聴いていることにこそ気づかない──、
そのことに対してかける言葉はない。

Date: 1月 2nd, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(あわせて読んでほしい記事)

別の件で検索していて見つけた記事。
タイトルは『21世紀に音楽を評論・批評する ~「主観偏重」と「提灯持ち」から脱するために』。
小室敬幸氏の記事である。

この記事だけでなく、ほかの記事も興味深い。
検索のきっかけは、
【ネタバレ解説】レイ出生の秘密は、エピソードⅦの時点で「レイのテーマ」に隠されていた!』。

こういう見方(聴き方)があったのか、と思わずにいられない。

Date: 1月 2nd, 2020
Cate: audio wednesday

第109回audio wednesdayのお知らせ(iPhone+218)

2月のaudio wednesdayは、5日。
CDプレーヤーを使わずに、音を鳴らしていこう、と考えている。

昨晩のaudio wednesdayでiPhoneを218に接続しての音出しを、実験的に行った。
MQAの音の良さを積極的に認めている私にとって、
e-onkyoの存在は無視できないし、
e-onkyoで購入できる音源は、いうまでもなくCDという物理的なメディアではない。

オーディオはこだわりの世界だ──、
だからiPhoneなんぞで音楽を聴くなんてありえない……、
そういう人がいてもいい。

あくまでもパッケージメディアにこだわってこそのオーディオ、というありかたもある。
でも私は、MQAで聴ける音楽が世の中に存在してるのであれば、
そこにはこだわらない。

聴ける手段で聴きたい、と思う人間だ。
何もiPhoneで聴くのが最良の方法とはいわないし、考えてもいないが、
iPhoneに限らず、いまスマートフォンを持っていない人は、どのくらいの割合なのか。

少なくとも、このブログを読まれている方はインターネットに接続されているわけだし、
そういう人たちだとスマートフォンの所有率は、より高いのではないのか。

こだわりは拘りと書く。
漢字でみると、決していい言葉でないことに気づく。
だから、使うな、といわないまでも、こだわることが、さも善であるように思い込むのはどうか。

こだわるのはいい、
けれどこだわりを一度捨てることで、
より見えてくるこだわりもあるように感じている。

とにかく2月のaudio wednesdayでは、
iPhoneと218で音楽を鳴らしていく。CDは一切鳴らさない。

私はiPhoneだけれども、androidのスマートフォン、
さらにはノート型パソコン、Raspberry Pi、
とにかくCDに頼らない音出しが可能であれは持ち込み自由である。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 1月 2nd, 2020
Cate: High Resolution

UACDという妄想

CDの登場が1982年、
SACDの登場が1999年。
この間、十七年。

昨年(2019年)は、SACD登場から二十年。
何か新たな発表があるかもしれない、と期待していた。
結果、何もなかった。

それでもまだちょっとだけ期待はしている。
来週にはCESが始まる。

そこで、もしかするとSACD(Super Audio Compact Disk)を上を行く、
UACD(Ultra Audio Compact Disk)が登場(発表)されるのでは……、と妄想している。

UACDという名称ではないだろうが、
そろそろ何か登場してきても不思議ではない、と感じている。

Date: 1月 1st, 2020
Cate: Digital Integration

D/Dコンバーターという存在(その1)

メリディアンの218を聴くまでは、D/Dコンバーターにさほど関心をもっていなかった。
けれど218にはUSB入力がない。

基本、SPDIFがデジタル入力のメインである。
218を使っている人のなかには、USBがあればなぁ、と思う人は相当数いるはずだ。
だからこそ、メリディアンは昨夏、210 Streamerというモデルを出してきた。

218の良き相棒といえそうな210だが、
まだ聴いていないし、実物をみてもいない。

とにかく218をCDプレーヤー以外に接続しようとすれば、
D/Dコンバーターが必要になることが多い。

つまりUSBをSPDIFに変換してくれるモノが必要となる。
たった これだけの機能のモノが欲しいだけなのだが、
世の中には、じつにさまざまなD/Dコンバーターがある。

ポータブル型と据置型、
同期型と非同期型、
私が使っているFX-AUDIOのFX-D03J+は、
バスパワーで動作するポータブル型で、同期型である。

性能面でみれば、非同期型がほしいところではあるが、
持ち運びが楽なポータブル型で非同期型となると、
どうもiPhoneで動作するものはないようである。

よさそうなモノがあるのは知っている。
けれど、それらはどうもiPhoneとのバスパワーでは、
容量的に無理なようであり、さらには電源を用意したとしても動作保証はなかったりする。

私がもっているポータブル型のD/Dコンバーターも、もう一機種はiPhoneでは使えない。
ただしAndroidのスマートフォン、macOSでは使える。

iPhoneにこだわることで選択肢は、ずっと狭くなる。
結局のところ、ポータブル型だと、同期型のFX-D03J+ぐらいしかないようだ。

そうなると、動作するモノでなんとかするしかないわけだ。
だから手を加えることになった。

Date: 1月 1st, 2020
Cate: audio wednesday

第108回audio wednesdayのお知らせ(ウィーンの休日)

喫茶茶会記は年中無休なので、第一水曜日である今日はaudio wednesdayである。
告知しているように、今日は、MQA-CDのみをかける。

そのためにさきほどまで、メリディアンの218にまた手を加えていた。
昨晩は、というと、FX-AUDIOのD/Dコンバーター、FX-D03J+に手を加えていた。

喫茶茶会記にもFX-D03J+はあるし、12月にすでに手を加えている。
けれど、今回は、喫茶茶会記のFX-D03J+をversion 1とすれば、
version 2といえる内容である。

ちなみに今日を手を加えた218は、version 7にあたる。

MQA-CDを鳴らすのにFX-D03J+は不要である。
なのに、昨晩いじっていたのは、来月のaudio wednesdayの予告のためである。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 1月 1st, 2020
Cate: マーラー

マーラーの第九(Heart of Darkness・その12)

今日(1月1日)のaudio wednesdayでは、
バーンスタイン/ベルリンフィルハーモニーによるマーラーの第九を鳴らす。

新年早々、マーラーの第九なのか、という気持はない。
聴きたいから鳴らす。
自宅では、求める音量では鳴らし難いこともある。

しかもバーンスタインの、このライヴ録音のマーラーは、MQA-CDがある。
これまでSACDではかけてきた。

今日、初めてaudio wednesdayで、MQAでバーンスタインの、このマーラーをかける。
SACDとMQA-CD、どちらがいいのか、ということにはさほど興味がない。

それぞれの環境で選択すればいいことである。
それにマーラーの聴き方だって、人によってずいぶん違うことを、
これまで感じてきているから、選択肢が一つ、
といっても、私にとってそうとう魅力的な選択肢が増えた、とはいえる。

私は、ドイツ・グラモフォンでのバーンスタインのマーラーの再録音を、
CBSでの最初の録音よりも、ずっと高く評価している。
よくぞ残してくれた、とさえ思っている。

それでも1980年代の録音ゆえに、これから先もフォーマット的にはそのままである。
ベルリンフィルハーモニーとのライヴ録音は、
いまになってみると幸にもアナログ録音だ、といえる。

だからこそSACDにもなり、MQA-CDにもなっている。