Archive for 2月, 2012

Date: 2月 9th, 2012
Cate: Noise Control/Noise Design

Noise Control/Noise Designという手法(余談・もう少しツマミのこと)

今日量販店のオーディオコーナーに行ってみた。いくつかのオーディオ機器のツマミに触れて、
「えっ、こんなことになってしまったの!?」といささか驚いてしまった。
それで、ツマミに関しては項を改めて書く、と先日書いたばかりにも関わらず、
どうしても一言書きたくなってしまった。

ツマミが飾りと化しているオーディオ機器がいくつか目についた、ということだ。
いつのころからオーディオ機器もリモコン装備・操作がごく当り前のことになっている。
以前はCDプレーヤーだっけだったリモコンも、いまではコントロールアンプでも、
それにそうとうな高級機器でもリモコンが標準装備になっているのが多い。

個人的にはリモコンがあってもコントロールアンプに関しては、
フロントパネルのツマミに触って操作したい、と思う方だ。
けれど、メーカー側の考えは、今日いくつかのオーディオ機器にふれた感じでは、どうも違うようだ。
いまのところ、ツマミに触って、これはおかしい、と感じたのはまだ少数だった。
私が触れた範囲では、2社だけだった。

この2社の製品(すべての製品ということではない)は、
ツマミを操作する時に指がフロントパネルをこすってしまう。
こすらないようにツマミの、極力、先端を触れるようにするとツマミが短すぎるのと、
ツマミの形状が円柱ではなくテーパーがかけられているため、ひじょうにつまみにくい。
ツマミを操作できるようにつまもうとすると、くり返すが指がフロントパネルをこすることになってしまい、
私はそのことを非常に不愉快に感じてしまう。

これは2社、2つの製品に共通していえることで、
さらに1社ひとつの製品ではフロントパネルに大きくカーヴしているため、
ツマミを大きく回転させようとすると指がフラットなフロントパネル以上に指がこすることになってしまう。

おそらくどちらも製品も、リモコン操作を前提としているのだろう。
操作はすべてリモコンで行ってください、ということで、
フロントパネルのツマミに、その会社の人間は誰も触っていないのでは? 
そんなあり得ないことを想像してしまうほどにおかしなことになっている。

ツマミが短いタイプは、今日触ってきたオーディオ機器の中に他にもあった。
でもそれらは指がフロントパネルをこすらないような配慮がツマミのまわりになされていた。
そのオーディオ機器にもリモコンはついている。
けれど、リモコン操作だけに頼っていない、ツマミがツマミとして機能している。

ツマミがツマミとしてきちんと機能していない2社のオーディオ機器では、
ツマミがツマミではなく、飾りになりつつある。おかしなことだ。

ツマミについては書くことは、最初考えていた以上にいくつかのことと絡んでいて、
じっくり書いていけそうな気がしている。

Date: 2月 8th, 2012
Cate: 40万の法則, D130, JBL, 岩崎千明

40万の法則が導くスピーカーの在り方(D130と岩崎千明氏・その25)

JBL・D130のトータルエネルギー・レスポンスをみていると、
ほぼフラットな帯域が、偶然なのかそれとも意図したものかはわからないが、
ほぼ40万の法則に添うものとなっている。
100Hzから4kHzまでがほぼフラットなエネルギーを放出できる帯域となっている。

とにかくこの帯域において、もう一度書くがピークもディップもみられない。
このことが、コーヒーカップのスプーンが音を立てていくことに関係している、と確信できる。

D130と同等の高能率のユニット、アルテックの604-8G。
残響室内の能率はD130が104dB/W、604-8Gが105dB/Wと同等。
なのに604-8Gの試聴感想のところに、コーヒーカップのスプーンについての発言はない。
D130も604-8Gも同じレベルの音圧を取り出せるにも関わらず、この違いが生じているのは、
トータルエネルギー・レスポンスのカーヴの違いになんらかの関係があるように考えている。

604-8Gのトータルエネルギー・レスポンスは1kから2kHzあたりにディップがあり、
100Hzから4kHzまでの帯域に限っても、D130のほうがきれいなカーヴを描く。

ならばタンノイのHPD315はどうかというと、
100Hzから4kHzのトータルエネルギー・レスポンスはほぼフラットだが、
残響室内の能率が95.5dB/Wと約10dB低い。
それにHPD315は1kHzにクロスオーバー周波数をもつ同軸型2ウェイ・ユニットである。

コーヒーカップのスプーンに音を立てさせるのは、いわば音のエネルギーであるはず。音力である。
この音力が、D130とHPD315とではいくぶん開きがあるのと、
ここには音流(指向特性や位相と関係しているはず)も重要なパラメーターとして関わっているような気がする。
(試聴音圧レベルも、試聴記を読むと、D130のときはそうとうに高くされたことがわかる。)

20Hzから20kHzという帯域幅においては、マルチウェイに分があることも生じるが、
100Hzから4kHzという狭い帯域内では、マルチウェイよりもシングルコーンのフルレンジユニットのほうが、
音流に関しては、帯域内での息が合っている、とでもいおうか、流れに乱れが少ない、とでもいおうか、
結局のところ、D130のところでスプーンが音を立てたのは音力と音流という要因、
それらがきっと関係しているであろう一瞬一瞬の音のエネルギーのピークの再現性ではなかろうか。

このD130の「特性」が、岩崎先生のジャズの聴き方にどう影響・関係していったのか──。
(私にとって、James Bullough Lansing = D130であり、岩崎千明 = D130である。
そしてD130 = 岩崎千明でもあり、D130 = Jazz Audioなのだから。)

Date: 2月 7th, 2012
Cate: Noise Control/Noise Design

Noise Control/Noise Designという手法(余談・ツマミのこと)

オーディオの機器のツマミについては、あれこれ書きたいことがあるけれど、
このままツマミについて書いて行くと、本題から大きく逸れてしまうので、
いまここでは、すこしだけ書いておく。いずれ、ツマミについては、項を改めて書いていきたい。

ツマミについて、まず書きたいのは、やはりマークレビンソンのツマミについて、である。
それもJC2のツマミについてで、過去2回、JC2のツマミについてはふれている。

JC2の初期のころ注目されていた方だとご記憶だろうが、
初期のモデルについていたのは細長いタイプのものだった。LNP2のツマミは、ほぼ同じものがついていた。
そして、このころのJC2の音は、最尖端(最先端ではなく、あえてこちらを使いたい)のものだった。
LNP2の音は、ずいぶん違う面ももっていた。
そんなJC2も型番の変更はなされていなかったが、何度か改良されていき、
そういう表情は奥にさがり、おだやかな面も聴かせるようになっていく。
音のバランスとしては、あきらかに後期のJC2のほうが、まともである。

初期のJC2の魅力は、いわばアンバランスさが基になっているといえ、
それに惹かれる私のような者もいれば、拒否したいという人もいる。
そんな初期のJC2の音だったから、あの径の細い、そして長いツマミが、
そんなJC2の内面を表しているかのようだった。

JC2のシャーシーの奥行は短い。だから斜めから見れば、ツマミが異様に長く感じられる。
これが中期ごろから、つまり音のバランスが整いはじめたことを示すかのように、
径の太い、短いタイプ、つまりML1と同じツマミへと変更されている。

JC2がML1と型番を変えたころの音には、もう初期のツマミは似合わない音になっている。
このツマミはML7にも引き継がれている。

回路設計がジョン・カールからトム・コランジェロにかわり、
アンプの内部もまったくの新設計、シャーシーも幅、高さは同じでも奥行が伸びているML7は、
初期のJC2の面影はまったくない。至極真当なバランスの最新アンプとして登場した。
ML7にJC2初期のツマミは、JC2初期にML1(ML7)のツマミが似合わないように、似合わない。

マーク・レヴィンソンが、どういう意図でツマミを変更したのかはわからない。
けれどレヴィンソンは、ML6(シルバーのフロントパネル)で、このツマミをまた採用している。
ML6は、JC2(ML1)をベースに、シャーシーから左右チャンネルで完全に独立させ、
ツマミは、入力セレクター(Phono入力とライン入力の2系統のみ)とレベルコントロールのふたつだけ。
これ以上機能を削ることはできないところまで削ぎ落としたML6には、ML1(ML7)のツマミは似合わない。

ML6がもし径の太い、短いツマミで世に登場していたら、ML6に魅了された人は減っただろうと思う。
あのツマミだったからこそ、デリケートな扱いをML6は使い手に要求していたし、
ML6の使い手はそれを喜んで受け入れていた、のではないだろうか。

こういうツマミが、ほんとうに似合うコントロールアンプの登場を望んでいるところが、
三つ子の魂百まで、ではないけれど、いまも私の中にある。

Date: 2月 7th, 2012
Cate: 快感か幸福か

快感か幸福か(その13・余談)

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」に、
朝沼予史宏、井上卓也、倉持公一、菅野沖彦、柳沢功力、佐久間輝夫、
6氏による「私とJBL」というエッセーが載っている。

朝沼さんのところには、「岩崎さんのリスニングルームがJBL研究の場だった」とつけられている。
そこにはこうある。
     *
大学を出てからマイナーなジャズ専門誌の編集者になり岩崎さんと親しくお付き合いさせていただくようになったが、肝心のJBLに関してはずっと傍観者のままでいた。最初はジャズ喫茶だったのが、社会人になってからは岩崎さんのリスニングルームがJBL研究の場だった。そのジャズ雑誌は勤めて間もなく廃刊になり、編集者仲間が集まって新しいジャズ雑誌を創刊した。その関係で岩崎さんとは、益々親しくさせていただいた。しかし弱小雑誌の我々の原稿は常に後回しでなかなか原稿が上がらず、月末になると、よくお宅に泊まり込みになった。岩崎さんからは「待っている時は、遠慮なく音を聴いても構わない」というお墨付きをもらい、これ幸いに聴きまくった。岩崎さんの装置を身近で真剣に聴けたのは、たいへんな幸運だった。
     *
朝沼さんが岩崎先生のリスニングルームで聴かれていた時は、ひとりだったはず。
岩崎先生は別の部屋で原稿を書かれていたことだろう。
私が山中先生のリスニングルームで原稿が上がるのをもっているあいだ、音を聴いていたのと同じ体験を、
朝沼さんは岩崎先生のリスニングルームで何度も体験されていたわけだ。

これは編集者の、いわば特権かもしれない。
それもこの時代、つまりインターネットなどなかった時代、原稿は手書きで編集者は取りに行っていた。
だから、こういう体験がときに味わえたのである。

いまはパソコンで原稿を書き、そのままメールに添付して送信。
これが悪いこととは思わない。時間の節約になっているし、原稿をなくしてしまうこともなくなる。
でも、朝沼さんや私が体験できたこととは無縁になってしまった。

Date: 2月 6th, 2012
Cate: Noise Control/Noise Design
1 msg

Noise Control/Noise Designという手法(その34)

ツマミの変更に関しては、コントロールアンプよりもはやくパワーアンプで行われていた。
C26、C28が現役の終りにちかいころに登場したMC2205、MC2125は
すでにC32、C29などと同じツマミを使っていた。
だから不思議なのは、MC2500である。

1980年から1981年にかけて登場したMC2300の後継機MC2500のツマミは、
すでにアンプもチューナーも新しいツマミに統一されていたにもかかわらず、MC2300と同じツマミのままだった。
最初MC2300と同じシルバーパネルだったMC2500はしばらくしてブラックパネルになったものの、
ツマミはそのまま。管球式のMC3500からのツマミから変更なし。
このシリーズのツマミが変更されたのは、MC2600になって、である。
MC2205の登場は1973年ごろ、MC2600は1990年。
17年かかって、パワーアンプすべてのツマミが変更されたことになる。

このことは、ツマミだけからとらえてみれば、
MC2300の一連のシリーズが改良モデルではなく、新モデルとして登場したのはMC2600ということになるのか。
たしかにMC2300とMC2300の外観上の違いは、ツマミの数が3つから4つに増えたこと、
あとMC2300の天板に印刷されてあったブロックダイアグラムとスペックがなくなってしまったぐらいである。
MC2600では、メーターの位置がそれまで左寄りだったのが中央に配されて、
それにともなっての変更が加えられている。

当時聴いた音の印象(といっても同時比較試聴ではなく記憶の上での比較)では、
MC2300とM2600のちょうど中間にMC2500が、というよりも、
MC2600寄りにMC2500(特にブラックパネル)は位置する、と感じていた。

それでも、あえてツマミにこだわれば、
MC2105がMC2205に、MC2505がMC2125に、C28がC29に、C26がC27に変ったと同じ変化は、
MC2600になってから、というのが、もしかするとマッキントッシュの見解かもしれない。

ツマミが変り、コントロールアンプもパワーアンプも新しい世代になったということであり、
同時にマッキントッシュのアンプのノイズの粒子も、新しい世代になっている。

Date: 2月 6th, 2012
Cate: 快感か幸福か

快感か幸福か(その13)

山中先生のリスニングルームでの、この体験をこれまで何人かに話したことがある。
興味を持って聞いてくれる人もいれば、まったく無関心という人もいるのが世の常かと思っているが、
無関心な人は徹底して無関心なところが、私にとっては興味深いことでもある。

なぜ無関心なのか、は、その人なりの理由があってのことだろうし、
こういう経験はなかなかできないから、実際に経験してみないことには実感がつかみにくいことだろうとは思う。

だが、自分が経験していないことだからこそ、関心をもつ人もいる。もたない人もいる。
人さまざまだと思うし、すくなくとも関心をもってくれる人と私は、共通するところを聴いているといえるだろうし、
関心のまったくない人と私には、そういう共通するところは聴き方においてあまりないのかもしれない。

山中先生のリスニングルームでの体験は、
そこに招かれた者として聴いていたときには、先に書いているように山中先生の音とは思えなかった。
けれど前のめりになって、少なくとも気持のうえだけでも山中敬三になったつもりで聴き挑む姿勢になったとき、
音は、はっきりと変っていた。

関心のない人は、それはあなたの気のせい、思い込みだよ、とばっさり切り捨てるに違いない。
だが、そう単純に(というか、私には短絡的に、と思える)言い切れることとは、どうしても思えない。

いま手もとに1970年代のスイングジャーナルがけっこう冊数あって、
そこからジャズ・オーディオに関する文章を拾い出している。
facebookの「オーディオ彷徨」というページには、それらは公開している。

昨日、菅野先生による文章を見つけた。
「音楽とオーディオにかかわり合う心情的世界をかいまみて」というタイトルがつけられた、
スイングジャーナル1972年12月号に掲載されたものだ。
これも、facebookの〝ここ〟で公開している。

菅野先生が、ここに書かれていることが、また興味深い。

註:「音楽とオーディオにかかわり合う心情的世界をかいまみて」を読むには、facebookのアカウントと、
私がやっていますfacebookグループ「audio sharing」へ参加していただくことが必要となります。

Date: 2月 5th, 2012
Cate: 書く

毎日書くということ(答えではなく……・その1)

以前書いたように、このブログは1万本書くまで毎日書いていこうと決めている。
そのためには、それに見合うだけのテーマが必要となり、
テーマの多くは、いわば問いであり、
本文に、その問いに対する答えにたどりつくまでの過程である。

昨夜までで2430本書いて、この2431本目を書こうとして気がついたことがある。
問いがあるから答えがある、問いがあるから答えを見つけられる、ということだ。

2008年9月に書き始めたわけだから、約3年半で2400本ということは、まだまだ書きつづけていくことになる。
このペースでいけば、あと約10年書いていくわけだが、
1万本に近づいたときに、究極の答え、最終的な答えにたどりつけるのか。
そのためには究極の問いを見つけることになる。

そのことは本末転倒なような気もするし、
じつのところ、答えよりも問いを見つけていくことが大事なことなのかもしれない、と思う。

究極の問いを見つけたとき、
その答えは見つけられるのか。もしかするとすでに見つけていたことに、そのとき気づくのだろうか。

Date: 2月 4th, 2012
Cate: Noise Control/Noise Design

Noise Control/Noise Designという手法(その33)

MC2300と同時代のコントロールアンプとしては、C28とC26がある。
C26は1967年か68年、C28は1970年ごろの発売である。
マッキントッシュは、1970年代後半に、それぞれの後継機としてC29、C27と、最上級機としてC32を出した。

フロントパネルを見ればすぐわかるように、C28の後継機がC29、C26のそれがC27で、
フロントパネルのレイアウトは基本的には同じであるが、見た印象は異るところもある。

C26、C28は古きよきアメリカの製品という印象を、私などは受けて、
それが少々鼻につく感じもする。ほんの少しでいいから、控え目であってほしいと思う。
C29とC27は、アメリカのアンプという感じを持っていても、C28、C26に比べれば、すっきりした印象がある。
パネルレイアウトは同じでもツマミに変更が加えられているため、である。

C26、C28のツマミは管球時代のC22、C20など同じもので、ツマミ全体がシルバーで仕上げられている。
C27、C29のツマミは、C28、C26のツマミと同じくローレットが入れられたものでも、
ツマミの平面部分(円柱の頭頂部)の仕上げが違う。ここのところが光沢のある黒になっている。
たったこれだけのことではあっても、C28(C26)とC29(C27)から受ける印象は、
マッキントッシュのデザイン(アピアランス)にやや拒絶したいものを感じていた私にとっては、
うれしい変更であった。

それにC27の音は、いまでも印象に残っている。
マッキントッシュのコントロールアンプで、欲しい、と思ったのはC27だけである。

C28、C26の傾向とは、C27の音は、なにかマッキントッシュが変った、時代が変ったことを思わせるような、
みずみずしさが魅力となっていた。
マッキントッシュのアンプの音を語るときに、みずみずしい、という表現が自然に出てくるのは、
最近のマッキントッシュのアンプはじっくり聴いていないのでなんともいえないが、
すくなくとも1990年までに登場したものでは、C27だけ、といっていい。

C29、C27に採用されたツマミは、C27のすこし前に登場したC32でも採用されている。
ただC32はフロントパネルに並べられたツマミの多さからもわかるように、
C28、C26の時代にはなかった機能フル装備のアンプで、C27との音の魅力とはやや違うものの、
マッキントッシュのコントロールアンプの新しい世代は、C32から始まっている、といえる。

そのことはマッキントッシュ自身がいちばんよくわかっていたことだから、
そして狙っていたことでもあることだから、ツマミの変更をあえて行ったのだろう。

Date: 2月 3rd, 2012
Cate: Noise Control/Noise Design

Noise Control/Noise Designという手法(その32)

パワーアンプの選択肢が、マッキントッシュのMC2300、MC2500、MC2600だけしかなかったら、
3機種のどれを選ぶかは、条件によって私の場合は変ってくる。

パワーアンプはその1台だけ、他のパワーアンプを所有することができなければ、MC2600を選ぶ。
けれど、他にメインとして使っているパワーアンプがあったうえで、ということなら、こんどはMC2300を選ぶ。

私が求めている音にとって、MC2300は個性が強いし、その個性の方向も違う。
だからよりしなやかさを身につけ、音の表現力の幅がひろがったMC2600を使うことを、
条件によっては選ぶことになる。

けれどサブ的な(およそサブ的な大きさと重量ではないけれど)パワーアンプとして使いたいのは、
MC2600との比較でも武骨で、しなやかさもいくぶん欠けぎみであってもMC2300を選ぶわけだ。

発表されたのはMC2300は1973年ごろ、MC2600は1989年か90年だから、15年以上の期間がある。
アンプは、そのあいだ、ずいぶん進歩している。
その進歩は、出力にも表われている。
同じ筐体ながら、型番が示すようにMC2300の出力は300W×2、MC2600は600W×2。2倍に増えている。

けれど、実際に聴いてみると、マッシヴなパワー感はMC2300の方に強く感じる。
このことは実際の出力の大きさとは、ほぼ無関係ともいえるし、
そういうパワー感だからこそ、MC2300の音には、ある種の凄みを感じることもある。

MC2300とMC2600の、こういう音の感じ方の違いは、ノイズと密接に関係しているような気もする。
この項の(その31)にも書いたように、
MC2300のノイズは電気モノという感じであり、MC2600のノイズは電子モノという感じである。
つまりノイズの粒子が、MC2300ではやや大きく、MC2600ではかなり細かくなっている、ともいえる。

Date: 2月 3rd, 2012
Cate: 映画

映画「ピアノマニア」(続々続・観てきました)

何度か私も書いていることであるし、他の人も同じことを語られたり書いてたりすることに、
同じ場所で同じ時間に、ある音を聴いても同じ音として聴き取っているわけではない、ということがある。
このことは何度か経験してきたことでもある。

人ひとりひとり感性が違うから、それにわずかとはいえ同じ場所に坐って聴くことは不可能だから、
物理的にも音の変化があるのだから、違って聴こえて当然、ということがいえるといえばいえる。

映画「ピアノマニア」での、
ピアニストのピエール=ロラン・エマールとスタインウェイの調律師、シュテファン・クニュップファーの、
「フーガの技法」に必要なピアノの音色についてのやりとりを観ていると、
このふたりは、同じ音を聴いていることに気がつく。

ピアニストと調律師という立場の違いもあるし、
クニュップファーは必ずしもピアノの前(ピアニストの位置)で音を聴いていると限らない。
それでも、このふたりが同じ音を聴いていることは、ふたりの対話からわかる。

結局、スピーカーからの音を聴いて、ひとりひとり感じ方が違うのは当然のことといえると同時に、
違うのは、聴く人のレベルが違いすぎているから、ともいえる。
はっきり書けば、それは未熟だからこそ、違って聴こえる。

と同時に、このブログを書き始めたころの「再生音とは……」に書いたこと──、
「生の音(原音)は存在、再生音は現象」からなのかもしれない、とも思えてしまう。

Date: 2月 2nd, 2012
Cate: Herbert von Karajan

プロフェッショナルの姿をおもう(その4)

カラヤンは、脊椎の持病があって、何度も手術を受けていた、ときいている。
1988年の来日公演で、ひとりで歩けなかった理由も、この脊椎によるものだろう。
カラヤンの病状の詳しいことは知らないし、このときのカラヤンの体がどうであったのかもわからない。
ただ、カラヤンの姿を見て、勝手にあれこれ思っているだけのことにすぎないのだが、
おそらくそうとうな痛みもあったのではなかろうか。
カラヤンを見ていて、そう感じていた。

カラヤンは1978年に、リハーサル中に指揮台から落ちている。
そういったことのあったカラヤンが、ひとりで歩けない体で指揮台に立つことは、怖くなかったのか。
また指揮台から落ちてしまう危険性は、健康なときの何倍も高いものだし、
落ちたときの体が受けるダメージもずっと大きなものになることは容易に想像できる。

カラヤンがそういう状態・状況だということはベルリン・フィルのメンバーたちはよく知っていたはず。
「展覧会の絵」で音を外してしまったのも、理由として関係していると思う。

カラヤンとベルリン・フィルの関係は、1983年のザビーネ・マイヤーの入団をめぐって対立し、
この軋轢は日本でも報道されていた。ドイツではかなり報道されていたようだ。

そんな関係になってしまったカラヤンとベルリン・フィル。
それがその後、修復されていったのか、そうでなかったのか(結局ザビーネ・マイヤーは入団しなかった)。
ほんとうのところは当事者だけが知るところなのだが、
すくなくとも1988年の日本公演においては、両者の関係に関する問題はなかった、と思う。

むしろ、1981年の来日公演のときにはなかった、カラヤンとベルリン・フィルの関係があったような気もする。
だからこそ、ベートーヴェンの交響曲第4番と「展覧会の絵」とで、響きの音色が変えてしまえたのだろうし、
「展覧会の絵」冒頭でのミスが起ってしまった──、そうではないだろうか。

Date: 2月 2nd, 2012
Cate: 「オーディオ」考

「オーディオ」考(その13)

田中一光氏のリスニングルームの記事が掲載されたステレオサウンド 45号は、1978年発行。
1993年に発行されたステレオサウンド別冊「JBLのすべて」に掲載されている「田中一光氏 JBLを語る」でも、
ハークネスはやはり健在だ。

カラー4ページのこの記事にリスニングルームの写真は2点。
1点はProject K2 S9500が収められているもの、もう1点がハークネスの部屋である。
45号のときとは部屋の感じも多少変化している。

左右のハークネスのあいだには、やはりテーブルがある。椅子もある。
ただテーブルの細部の造りは多少異っているし、それにテーブルの幅が1.5倍ほど広くなっている。
そのことと関係してだろうが、椅子も45号のときはハンス・ウェグナーのモノだったが、
「JBLのすべて」では別の椅子に、それも2脚置かれている。
ハークネスの上に置かれているライトは写真をみるかぎりでは、45号と「JBLのすべて」、どちらも同じモノだ。

どちらが好きかといえば、45号のほうが、私は好きである。
最初の印象が強かったためでもあろうが、インテリアの一部として、
部屋の雰囲気そのものに溶け込んでいる感じを、より強く受けるからのような気がする。

「JBLのすべて」でのハークネスは、45号のときよりもスピーカーシステムとしての存在感がはっきりしている。

田中一光氏によるふたつのハークネスが置かれているリスニングルームの写真を見る順番が違っていたら、
それに見たときの年齢も関係しているから、どちらがいいとか、そういったことではない。
ハークネスが、田中一光氏のリスニングルームにおいては、家具として部屋に溶け込ませるように置かれている、
このことに注目してほしい。

田中一光氏の、もうひとつのスピーカーシステム、
S9500のあいだにはスクリーンがあるだけで、テーブルも椅子もない。

Date: 2月 1st, 2012
Cate: Herbert von Karajan

プロフェッショナルの姿をおもう(その3)

このときのカラヤン/ベルリン・フィルの公演はテレビでも放映されたようであるから、
ご覧になった方も多いと思う。
私が行った日もテレビで放映されたらしい。

「展覧会の絵」の出だしのトランペットが、音を外した。
ベルリン・フィルのトランペットが音を外した。
(この1988年の日本公演はすべて数年前にCDとして出ているが、この部分はデジタル処理で処理されている。)

唇が乾いていたりすると音を外しやすいのがトランペットだときいている。
そのせいだったのかもしれない。
けれど、そんなことはささいなことでトランペットにつづく響きを聴いて、心底驚いた。

休憩前に聴いたベートーヴェンとは、響きそのものが変っていた。
それこそ、休憩時間の間にベルリン・フィルのメンバーがまるごと入れ替ってしまったかのような、
それほどの響きの変化であった。
同じカラヤンの指揮で、同じベルリン・フィルなのに、20分ほど前に聴いた響きとは違う響きが鳴っていた。

こんな芸当はベルリン・フィルだからこそ、できるのだろう。
ウィーン・フィルではウィーン・フィルの音色が濃いから、こうはいかない、と思う。
ほかの指揮者でも、こうはいかない、と思う。
(だから、この日のCDは、ベートーヴェンの4番と「展覧会の絵」とでは、
響きが驚くほど違ってい鳴り響かなければ十全な再生とはいえないのだが……)

「展覧会の絵」のときも、ベートーヴェンのときと同じで、カラヤンはひとりでは歩けない。
なのに指揮台の上では、そんなことは微塵も感じさせない。
音楽にも、当り前のことだが、まったく感じさせない。

このとき、カラヤンを凄い、と思っていた。
五味先生の影響から、カラヤンに対しては幾分否定的なところがないわけではない。
それでも、この日のカラヤンは、そんなことは関係ない。
この日感じた凄さは、もっとずっと後になってきて、その重さが増してきている。