Archive for category ブランド/オーディオ機器

Date: 11月 1st, 2014
Cate: BBCモニター

BBCモニター、復権か(その5)

こういう音が好きなんだ、と実感した最初のスピーカーシステムは、スペンドールのBCIIだった。
瀬川先生が熊本のオーディオ販売店に定期的に来られていた時に聴くことができた。
そのとき、もうひとつスピーカーがあった。JBLの4341だった。

このころすでに4341は製造中止になっていて4343に切り替って二年くらい経っていたはずなのに、
なぜか4341だった。
4341はすごいスピーカーだ、と感じた。
けれどその後に鳴らされたBCIIの音に惹かれた。

スピーカーシステムとしての性能の高さは、はっきりと4341が格段にBCIIよりも高い。
けれどどちらの音に惹かれるのか、といえば、BCIIとはっきりといえた。

BCIIも、このスピーカーをつくっているスペンドールも、BBCモニターの流れを汲んでいる。
つまり、この時がBBCモニターの音との出会いだった。

それから一年くらい経って聴いたBBCモニターはLS3/5Aだった。
その前にKEFのModel 105を聴いている。
この時代のKEFのスピーカーシステムも、私にとってはBBCモニター系列に属する音である。
ややきまじめすぎる印象はあるけれど。

ハーベスのMonitor HLも、しばらくして聴いた。
それからロジャースのPM510を聴いた。

BCIIからPM510を聴くまでに、他のスピーカーシステムも聴いてきた。
その中にはイギリスのスピーカーを代表する存在であるタンノイも含まれる。

同じイギリスのスピーカーであっても、BBCモニター系列の音とは違う。
私が惹かれるのは、この時代はBBCモニターの音であった。
BCII、Model 105、LS3/5A、Monitor HL、PM510、
その音を思い出すと(美化されているのだろうが)、グッドリプロダクションとはまさにこういう音であり、
いまも惹かれていることを感じてしまう。

Date: 10月 31st, 2014
Cate: BBCモニター

BBCモニター、復権か(その4)

1983年にステレオサウンドからTHE BRITISH SOUNDという別冊が出た。
この本に岡先生によるBBCモニター物語という記事がある。
この中で、岡先生が書かれている。
《BBCモニターのことを書くべき最適任者は、故瀬川冬樹さんだったと思う》と。
BBCモニターに関心のある人の多く(すべてといっていい)が、首肯いたことだろう。

瀬川先生によるBBCモニター物語、
きっと瀬川先生自身も書きたいと思われていただろうだけに、
読みたかった……、という気持は募る。

岡先生はBBCモニター物語を書くにあたり、
ステレオサウンド編集部から、瀬川先生が渡英の際に入手されたいくつかの資料を借覧されている。

その瀬川資料の中に、BBCモニターの型番のクラシフィケーションの説明があり、
その資料を元に岡先生がLSナンバーの区分について書かれている。
     *
●LS1/ アッセンブルされたラウドスピーカーで、用途は種主あるが主力にはなっていない(現用正式モデルではない)。
●LS2/ シャーシ・ユニットのみのもの。
●LS3/ アッセンブルされたスピーカー(主として外録その他に使用される。可搬性をもつ小型のもの)。
●LS5/ アッセンブルされたスピーカー(スタジオ用)。
 将来は、LS1/、LS2/、LS5/のクラシフィケーションを用いることになり、外録用のLS3/シリーズもLS5/のコード番号のなかに組み込まれることになる、という注記がある。
     *
LS5/9は20cm口径のウーファーとソフトドーム型トゥイーター、
エンクロージュアの外形寸法はW36.0×H55.0×D36.0cm。
本来ならばLS3/8という型番がついても不思議ではないし、
むしろ、その方が、このスピーカーシステムの性格をはっきりとさせると思うのだが、
岡先生が書かれているとおり、LS3/シリーズはLS5/シリーズに組み込まれたことがわかる。

Date: 10月 31st, 2014
Cate: BBCモニター, PM510, Rogers

BBCモニター、復権か(その3)

PM510をいいスピーカーと認めている人は確かに少ない。
それでもいいじゃないか、と思うのだが、
PM510をいいスピーカーとしながらも、PM510IIを改良型として高く評価している人をみると、
この人が感じているPM510の良さと私が感じているPM510の良さは違っているんだな、と思ってしまう。

PM510はロジャースのLS5/8の内蔵ネットワーク版である。
LS5/8は型番が示すようにBBCモニターであり、
QUADのパワーアンプ405にデヴァイディングネットワークを内蔵しバイアンプ駆動するというシステム。
ユニット構成、エンクロージュアはLS5/8、PM510は同じである。

このLS5/8はロジャース(スイストーン)が買収した会社チャートウェルが開発したモノだ。
チャートウェル時代の型番はPM450E(LS5/8)、PM450(PM510)だった。
もちろんチャートウェルのLS5/8も存在している。

ロジャース製とチャートウェル製は、若干音のニュアンスが違う、といわれている。
そうだろう。
同じ規格で作られているLS3/5Aが、各社、音のニュアンスが微妙に違うのと同じである。
チャートウェル製も聴きたいという気持はあるけれど、
ロジャースのPM510に惚れ込んでいたのだから、
どちらがいいのかを判断するようなことは、いまではどうでもよくなっている。

ロジャースからはLS5/8に続いて、中型モニターのLS5/9が登場する。
ちょうどステレオサウンドにいたころだった。
聴く機会は何度もあった。

でもLS5/8とLS3/5Aの間に位置するサイズ。
このサイズにした理由をついあれこれ考えてしまうくらいに、
私には中途半端な大きさに思えたし、そうなると出て来た音もなんとなくそう感じられてしまう。

でもPM510の低音をぶよぶよじゃないか、という人はLS5/9の方を高く評価していた。

Date: 10月 31st, 2014
Cate: BBCモニター

BBCモニター、復権か(その2)

ロジャースのPM510はいいスピーカーだ。
けれど改良型にあたるPM510IIは、少しもいいとは思えなかった。

PM510の低音はぶよぶよじゃないか、という人たちは、PM510IIの方がずっといい、といっていた。
だが締っている低音が優れた低音ではないし、表現力豊かな低音でもない。
私が聴きたい音楽にとって、PM510の低音は不満となることはなかった。

PM510IIは中途半端に感じてしまう。
PM510の良さが、もう感じられなかった。

PM510IIが、他のスピーカーシステムの改良型であれば、もう少し認めることもできると思うのだが、
惚れ込んだスピーカーシステムの改良型として登場して、
惚れ込んだ男に愛想をつかしてしまう出来のモノを認めることはできない。

今年二月に、ある人のリスニングルームを訪れた。
メインのスピーカーシステムはアメリカ製のモノ。
だが部屋の片隅にPM510が置いてあった。
PM510IIではなく、PM510である。

こればかりは手離せない、ということだった。
その気持はよくわかる。

瀬川先生が《心から「欲しい」》と思われたスピーカーシステムとしての良さは、
PM510にあり、PM510IIにはないと言い切れる。

Date: 10月 30th, 2014
Cate: BBCモニター

BBCモニター、復権か(その1)

LSナンバーをもつ、いわゆるBBCモニターが商品化、市販されるようになったのは1970年代からである。
LS3/5Aは最初はロジャース製だけだったが、
チャートウェル、ハーベス、KEF、オーディオマスターからもLS3/5Aが登場した。
これがBBCモニターの全盛だったようだ。

LSナンバーのBBCモニターは、LS5/9を最後に途絶えてしまった。
BBCモニター、BBCモニターの流れを汲むスピーカーシステムに惹かれてきた私は、寂しい思いをしていた。

LS3/5Aはいまでも人気である。
けれど日本ではBBCモニターの人気が高かった、とは思えない。
むしろ低い。

瀬川先生も嘆かれていた。
私の手元には瀬川先生のメモがある。
その中にロジャースのPM510について書かれたものがある。
三年前にも書いているが、もう一度書いておく。
     *
◎どうしてもっと話題にならないのだろう、と、ふしぎに思う製品がある。最近の例でいえばPM510。
◎くいものや、その他にたとえたほうが色がつく
◎だが、これほど良いスピーカーは、JBLの♯4343みたいに、向う三軒両隣まで普及しない方が、PM510をほんとうに愛する人間には嬉しくもある。だから、このスピーカーの良さを、あんまりしられたくないという気持もある。

◎JBLの♯4345を借りて聴きはじめている。♯4343よりすごーく改良されている(その理由を長々と書く)けれど、そうしてまた2歩も3歩も完成に近づいたJBLを聴きふけってゆくにつれて、改めて、JBLでは(そしてアメリカのスピーカーでは)絶対に鳴らせない音味というものがあることを思い知らされる。
◎そこに思い至って、若さの中で改めて、Rogers PM510を、心から「欲しい」と思いはじめた。
◎いうまでもなく510の原形はLS5/8、その原形のLS5/1Aは持っている。宝ものとして大切に聴いている。それにもかかわらずPM510を「欲しい!!」と思わせるものは、一体、何か?

◎前歴が刻まれる!
     *
一部、判読困難な文字がいくつかあり、数カ所、書き間違えているかもしれないが、
瀬川先生がPM510をどう思われていたのか、そして日本でのPM510の評価も知ることはできる。

私もPM510には惚れ込んだ、だから、このスピーカーシステムも相当に無理して買った。

Date: 10月 20th, 2014
Cate: SP10, Technics, 名器

名器、その解釈(Technics SP10の場合・その10)

テクニクスのEPC100Cは、
1978年11月にMK2(65000円)、1980年11月にMK3(70000円)に改良されている。
MK2もMK3も聴く機会はなかったが、MK4(これが最終モデルである。70000円)は、
ステレオサウンドにいる時に登場したので、試聴室でじっくりと聴く機会があった。

もともと忠実な変換器を目指して開発され、それをかなりのレベルで具現化しているカートリッジをベースに、
細かな改良を加えていった末のMK4であるから、悪かろうはずがない。

試聴条件は、EPC100Cを聴いたときとずいぶん違っている。
その間に、さまざまなカートリッジを聴く機会があった。
EPC100Cが登場したころとは、他のカートリッジの性能も向上している。

そういう中にあっては、以前のようにEPC100Cの「毒にも薬にもならない」音は、
もう魅力的に感じられなかった。

すこしがっかりしていた。
改良を受けることで、もっと魅力的なカートリッジに仕上っているのでは、と勝手に期待していたからでもあり、
私自身も変ってきていたためでもある。

私にとって一時期までは、日本の音ということでイメージするのは、EPC100Cの音だったことがある。
EPC100Cは製造中止にならず、地道に改良されていけば、名器になったかも、という想いもあった。

EPC100 CMK4を聴いたときから、32年が経ってやっと気がついた。
テクニクスは、一般的なイメージとしての名器をつくろうとしていたのではない、と。
標準原器としてのカートリッジとしてEPC100C MK4を評価すべきだったことに気づく。

Date: 10月 19th, 2014
Cate: SP10, Technics, 名器

名器、その解釈(Technics SP10の場合・その9)

菅野先生はEPC100Cについて、
ステレオサウンド 43号で「音質の聴感的コントロールは、意識的に排除されているようだが」と書かれている。

菅野先生はまたステレオサウンド別冊「テクニクス」号で、テクニクスの製品は、
「出た音が良いとか悪いとかいった感覚的な、芸術的な領域には触れようとしていないのが大きな特徴だ」
と書かれている。

つまりEPC100Cはカートリッジという、
レコードの溝による振動を電気信号に変換するモノとしての、徹底的な技術的追求から生れてきた、といえる。
いわば忠実な変換器としてのカートリッジである。

EPC100Cが登場した1976年はCD登場以前であり、
オーディオマニアは一個のカートリッジだけということはなかった。
最低でも二、三個のカートリッジは所有していた。
多い人は十個、それ以上の数のカートリッジを持っていた。

そしてかけるレコードによってカートリッジを交換する。
それは音の追求でもあり、カートリッジは嗜好品としても存在していた。

どのカートリッジメーカーも、嗜好品を作っているという意識はなかったはずだ。
それでもほぼすべてのカートリッジには嗜好品と呼びたくなる面が、このころはあった。

だからこそ、音の特徴が一言で言い表せるモノが多かった。
エラックのSTS455Eを例に挙げているが、
このカートリッジに私が感じていた良さ(特徴)は、
別の人が聴けば良さではなく、悪さにもなり得ることがある。

つまり私が感じていた良さは、私にとっては薬であったわけだが、
別の人にとっては毒になるわけで、どのカートリッジも「毒にも薬にもなる」面があった。

Date: 10月 18th, 2014
Cate: SP10, Technics, 名器

名器、その解釈(Technics SP10の場合・その8)

テクニクスのEPC100Cといっしょに聴いた他のカートリッジの音は、
その特徴を一言で表そうと思えばできなくはない。
けれどEPC100Cの音は、そのカートリッジを特徴づけるであろう音のきわだった特徴、
つまりその部分において、他のカートリッジよりも秀でていると感じさせるところがないように感じる。

たとえばエラックのSTS455Eだと艶っぽさを色濃く出してくる。
これだけがSTS455Eの特徴ではないのだが、STS455Eの音を思い出そうとすると、
やはり艶ということがまず浮んでくる。

これはSTS455Eというカートリッジの特徴(音の良さ)でもある反面、悪さの裏返しでもある。
STS455Eはいいカートリッジであったし、私も買って常用していた。
けれど完璧に近いカートリッジというわけではない。

足りないところもだめなところもある。
けれど、ときとして、足りないところ、だめなところがあるから、
STS455Eの音の特徴ははっきりと浮び上ってくる。

このことは何もSTS455Eに限ったことではなかった。
他のカートリッジにもいえる。

けれどEPC100Cには当てはまらないような気がする。

Date: 10月 17th, 2014
Cate: SP10, Technics, 名器

名器、その解釈(Technics SP10の場合・その7)

テクニクスのオーディオ機器で、音を聴いて「欲しい」と思ったのは、
カートリッジのEPC100Cが最初である。
1976年に登場したヘッドシェル一体のMM型カートリッジのEPC100Cは、60000円していた。
高価だった。

この当時のほかのカートリッジの価格。
たとえばEMTのTSD15は55000円、XSD15が65000円、デンオンのDL103は19000円、
エンパイアの4000D/IIIが58000円、シュアーのV15 TypeIIIが34500円だった。

輸入品のカートリッジだと60000円前後はあったけれど、
国産カートリッジで60000円というのは、価格だけでも話題になっていたようだ。

EPC100Cの評価は高かった。
     *
 振動系のミクロ化と高精度化、発電系の再検討とローインピーダンス化、交換針ブロックを単純な差し込みでなくネジ止めすること、そしてカートリッジとヘッドシェルの一体化……。テクニクス100Cが製品化したこれらは、はからずも私自身の数年来の主張でもあった。MMもここまで鳴るのか、と驚きを新たにせずにいられない磨き抜かれた美しい音。いくぶん薄味ながら素直な音質でトレーシングもすばらしく安定している。200C以来の永年の積み重ねの上に見事に花が開いたという実感が湧く。(瀬川冬樹 ステレオサウンド41号「世界の一流品」より)

 モノ時代からMMカートリッジの研究を続けてきたテクニクスが、いわば集大成の形で世に問う高精度のMM型。実に歪感の少ないクリアーな音。トレーシングも全く安定。交換針を完全にボディにネジ止めし、ヘッドシェルと一体化するという理想的な構造の実現で、従来のMMの枠を大きく超えた高品位の音質だ。(瀬川冬樹 ステレオサウンド43号「ベストバイ・コンポーネント」より)

 技術的に攻め抜いた製品でその作りの緻密さも恐ろしく手がこんでいる。HPFのヨーク一つの加工を見ても超精密加工の極みといってよい。音質の聴感的コントロールは、意識的に排除されているようだが、ここまでくると、両者の一致点らしきものが見え、従来のテクニクスのカートリッジより音楽の生命感がある。(菅野沖彦 ステレオサウンド43号「ベストバイ・コンポーネント」より)
     *
EPC100Cの音は、瀬川先生が熊本のオーディオ店の招きで定期的に行なわれていた試聴会で聴くことが出来た。
EMTやオルトフォン、エラック、エンパイア、ピカリングなどのカートリッジと聴いている。

Date: 10月 6th, 2014
Cate: SP10, Technics, 名器

名器、その解釈(Technics SP10の場合・その6)

テクニクスは、SU-A2でコントロールアンプの標準原器といえるモノを開発しようとした──。
いまでは、私はそう考えている。

パワーアンプはメインアンプと呼ぶこともある。
いまではそう呼ぶ人は経てきているようだが、メイン(main)アンプ、主要なアンプということであり、
その前に存在するアンプをプリ(pre)アンプとも呼ぶ。
プリとは、前置の意味である。

コントロールアンプなのか、プリアンプなのか。
音質向上を謳い、各種コントロール機能を省略する傾向が広まってきた時期から問われていることである。

音量調整と入力切替えしか機能がなくとも、
それでもコントロール機能がふたつは残っているのだから、コントロールアンプと呼べないわけではないが、
それでもこういうアンプ(マークレビンソンのML6)は、もうコントロールアンプとは呼べず、
プリアンプということになる。

ではコントロールアンプとプリアンプの境界線はどこらあたりにあるのか。
トーンコントロールがついていたら、プリアンプではなくコントロールアンプと呼べるのか。
それとももっと多くの機能をもつアンプがコントロールアンプなのなのだろうか。

この問いに、テクニクスが出した答がSU-A2といえないだろうか。
ここから先がコントロールアンプ、そんな曖昧な境界線ではなく、
コントロールアンプとして最大限の機能を搭載しておけば、誰もがSU-A2をコントロールアンプとして認める。

SU-A2を目の前にして、これはプリアンプ、という人はいない。
絶対にプリアンプとはいわせない。
それがSU-A2なのだ、と思う。

Date: 9月 18th, 2014
Cate: SP10, Technics, 名器

名器、その解釈(Technics SP10の場合・その5)

原器という観点からテクニクスのオーディオ機器をふり返ってみると、
名器かどうかという観点にしばられていたときには見えてこなかったものがみえてくるものがある。

1977年にテクニクスはSU-A2というコントロールアンプを発表した。
外形寸法W45.0×H20.5×D57.4cm、重量38.5kg、消費電力240Wという、
プリメインアンプよりも大きな筐体のコントロールアンプだった。
価格は1600000円。このころマークレビンソンのLNP2Lは1280000円だった。
国産と輸入品ということを考えれば、もっとも高価なコントロールアンプでもあった。

SU-A2には、コントロールアンプとして考えられる機能はすべて搭載されている、
そう断言できるほど、各種機能が搭載されている。

SU-A2を最初見た時、テクニクスがヤマハのCIに対抗するコントロールアンプを出してきた。
そう思った。
CIも多機能のコントロールアンプを代表する存在だった。

CIが登場した時とSU-A2が登場した時とでは、状況が変化していた。
マークレビンソンのJC2の登場により、国産のコントロールアンプは薄型になり、
トーンコントロールやフィルターといった機能を省く設計のものが増えていた時期でもある。

そこにテクニクスが分厚く多機能なコントロールアンプを投入した。
このSU-A2を、私はヤマハのCIとの比較で捉えてしまった。

Date: 9月 13th, 2014
Cate: SP10, Technics, 名器

名器、その解釈(Technics SP10の場合・その4)

パイオニアから七月にアナログプレーヤーが発表になった。
PLX1000だ。

誰が見ても、テクニクスのSL1200だ。
ブランドと型番の表示を隠してしまえば、誰もがSL1200と思うことだろう。

SL1200はMK6で製造が終了した。
現行製品ではないから、とはいうものの、オーディオ専業メーカーとしてスタートしたパイオニアが、
こういう製品を恥ずかしげもなく出してしまうが意外だったが、
何かの記事で、ユーザーインターフェイスを変えないため、あえてこういうデザインにした、とあった。

テクニクスのSL1200は、オーディオマニアにはそれほど話題になった機種ではなかった。
最初のSL1200が登場し、MK2の登場までの間、一時的に製造中止になっていた、と記憶している。
ステレオサウンドでも、ほとんど取り上げられていない。
ベストバイでも、最初のころはSL1200は登場していなかった。

そのSL1200が、ディスクジョッキーのあいだで評価が高い、ということを聞くようになったのはいつごろだったか。
ほとんど憶えていない。SL1200がねぇ……、というふうに思ったことだけは憶えている。

結局、そのSL1200がテクニクスのアナログプレーヤーとして最後まで製造されていた。
そんなこともあってSL1200を名器として紹介する記事もある。

私は個人的にSL1200が名器とは思わない。
SL1200はディスクジョッキーにとっての標準原器であったと思っている。
そう考えれば、パイオニアがPLX1000においてSL1200の操作性と同じにしたことは、理解できないわけではない。

Date: 9月 12th, 2014
Cate: SP10, Technics, 名器

名器、その解釈(Technics SP10の場合・その3)

復活した現在のテクニクスではなく、以前のテクニクスはどんなオーディオメーカーだったのか。

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオ」テクニクス号で、菅野先生は書かれている。
     *
 こうしたブランド名としての成功とともに、テクニクスに対して見のがすことのできないのは、テクニクスがオーディオ技術の進展に真剣に取り組んで、この世界をリードしてきたということだ。テクニクスというメーカーがなければ、オーディオ技術の進展はもっと遅いものだったかもしれない。それだけにテクニクスは技術色の強いメーカーだし、自他ともに、技術集団であることを認めている。
 こうした環境のなかで生まれるテクニクス製品は、その結果、出た音が良いとか悪いとかといった感覚的な、芸術的な領域には、触れようとしていないのが大きな特徴だ。これは私のオーディオ観からすれば、少々異論をとなえたいところでもある。オーディオという人間の感性を満足させるものにあっては、技術はその手段であり、その目的を見ないで手段だけを追求するのは、中途半端であり片手落ちでもあると思う。しかし、これはあくまでも私の持論であって、テクニクスのとり続けてきた姿勢は、メーカーとして立派に評価できるものだと思う。手段を生半可にしたまま、あいまいに感覚や芸術の領域に首を突っ込んで、いいかげんな技術で製品を作る、虚勢をはったメーカーと比較すれば、テクニクスはオーディオメーカーとして非常に高い水準をもっているといえよう。
     *
この文章をはじめて読んだ時、確かにテクニクスはそういうメーカーかもしれない、と思った。
テクニクス号は1978年に出ている。
その前に、私はステレオサウンド 43号を読んでいた。43号は1977年6月に出ている。

ベストバイの特集号で、テクニクスのMM型カートリッジEPC100Cが選ばれている。
このカートリッジに対する菅野先生の文章も、またテクニクスというメーカーをよく表している、といえる。
これを読んでいたから、テクニクス号、読む人によっては少々意外に思える内容かもしれないが、
すんなりと受け入れることが出来た。

43号のEPC100Cについての文章だ。
     *
 技術的に攻め抜いた製品でその作りの緻密さも恐ろしく手がこんでいる。HPFのヨーク一つの加工を見ても超精密加工の極みといってよい。音質の聴感的コントロールは、意識的に排除されているようだが、ここまでくると、両者の一致点らしきものが見え、従来のテクニクスのカートリッジより音楽の生命感がある。
     *
ここに、「音質の聴感的コントロールは、意識的に排除されているようだが」とある。

SP10は名器ではなく原器としての存在だということに気づいた後に、菅野先生の文章を読めば、
すでにテクニクスがそういうメーカーであることが書かれていることに気づく。

Date: 9月 12th, 2014
Cate: SP10, Technics, 名器

名器、その解釈(Technics SP10の場合・その2)

State of the Artの意味については、別項「賞からの離脱」で触れている。
日本語にするのが難しい。
いまだ端的な日本語に置き換えることはできないでいる。

State of the Art──、
artがつくから、State of the Art賞に選ばれたオーディオ機器はすべて名器といえるのか、となると、
これも即答するのが難しい。

State of the Art賞が始まったステレオサウンド 49号を読むかぎり、
State of the Art賞に選ばれたオーディオ機器すべてが名器ということではない、というのは伝わってくる。

結局、テクニクスのSP10MK2が選ばれたのは、State of the Art賞だったから、ともいえよう。
誰もが、その性能の高さは認めている。
単体のターンテーブルとして、SP10MK2の性能は、標準原器と呼ばれるにふさわしいレベルであった。

ようするにSP10MK2がState of the Art賞に選ばれたのは、標準原器であったからではないのか。
名器ではなく、原器としてのSP10MK2に、State of the Art賞が与えられた、ともいえる。

原器とは、測定の基準として用いる標準器で,基本単位の大きさを具体的に表すもの、
同種類の物の標準として作られた基本的な器、と辞書には書いてある。

SP10はターンテーブルである。
ターンテーブルは正確な回転の実現が求められるオーディオ機器である。
アンプやスピーカー、他のオーディオ機器よりも、原器としての機器のあり方がはっきりとしている、ともいえる。

Date: 9月 9th, 2014
Cate: Technics

シマノとテクニクス

テクニクスのことを集中的に書いていて、
テクニクスとシマノには共通するところがあることに気がつく。

ふたつの会社の体質が似ている(偶然にもどちらも関西の会社)、というよりも、
ふたつの会社に対するオーディオマニア、自転車マニアの態度に共通するところがある。

テクニクスがなければ生れなかった技術がある。ひとつだけではない。
テクニクスがなくても生れてきたであろう技術にしても、
テクニクスがあったからこそ登場する時期が早くなった、といえる。

シマノがなければ生れなかった技術がある。
シマノの存在があるからこそ、カンパニョーロのコンポーネントも良くなっている。

テクニクスにもシマノにも、アンチと呼べる人たちがいる。
アンチまではいかなくとも、どちらかといえは否定的な立場の人が少なくない。
つまりシマノもテクニクスも、なぜか嫌われることがある。

私は自転車に興味をもつようになって、
シマノが日本のメーカーであることを嬉しく思っている。

私がテクニクスというブランド(テクニクスだけに限らない、日本のオーディオ)をふり返れるようになったのは、
シマノのというブランドがあったからだ、ともいえる。