喫茶茶会記のこと(その1)
私が毎月第一水曜日に行っているaudio sharing例会は、
四谷三丁目の路地裏にあるジャズ喫茶(私はこう認識している)、
喫茶茶会記(きっささかいき)があるからやっている、ともいえるところがある。
喫茶茶会記のマスター、福地さんの人柄から生れる空間の雰囲気に惹かれる人が多いのか、
ここにいるといろんな人が訪れて、福地さんが紹介してくれることが多い。
audio sharingの例会が終った後も、私はひとり残っていることが多い。
昨夜もそうしていた。
何度か会ったことのある人が入ってきた。
日本刀の研師の人だ。
福地さんをまじえてあれこれ話していた。
昨日はたまたまtwitterでマーク・ニューソンが日本刀のデザインをしたというツイートを読んだばかりだった。
「そういえばマーク・ニューソンが……」は話しかけたところ、
「その発表会パーティに行ってきた」ということだった。
マーク・ニューソンがデザインしたのは日本刀のこしらえである。
なぜマーク・ニューソンがこしらえをデザインするようになったいきさつとか、
会場の雰囲気とか、あれこれ楽しい話を聞くことができた。
話ながら聞きながら、「とぐ」は研ぐだな、研究、研鑽の研と同じ。
音を良くするための行為は、この研ぐと共通するところがあるし、
研ぐにはとうぜん砥石が必要である。
音を磨いていくには、いったいどういう砥石が必要となるのか。
研師は、そのシステムの所有者である。
研師と砥石があれば、それで研げる(磨げる)わけではない。
水が必ず必要となる。
音を磨いていくのに必要な水、
これはなんなのか。
そんなことを昨夜は考えてもいた。
喫茶茶会記は、私にとってこういう場でもある。