Archive for category アナログディスク再生

Date: 9月 16th, 2022
Cate: アナログディスク再生, 老い

アナログプレーヤーのセッティングの実例と老い(その10)

OTOTENでのDSオーディオのブースで、一つだけ確認したいことがあった。
けれど、それをリクエストするのは、さすがにどうかな、と思い何もいわなかった。

何を確認したかったのかというと、
ES001を使うことで偏心量を数値で確認できる。
そして減らすことで、音は良くなる。

偏心量を検出するときはもちろんディスクのレーベル上に、ES001がのっている。
ディスクをずらすときものっている。
偏心量がある値よりも小さくなって、もう一度再生するときものっている。

OTOTENでは、偏心量が大きいときも小さくなった時も、つねにES001がのっている。
ES001がのっている音しか聴けなかった。

私が聴きたかったのは、偏心量を小さくした状態で、
ES001がのっている音とのっていない音である。

いま書店に並んでいるオーディオ雑誌は、ES001を取り上げていることだろう。
誰がどんなことを書いているのかは知らないが、
ES001をのせた音、のせない音に言及している人がいるだろうか。

そしてES001の効果を絶賛しているようにも思う。
だがES001は、くり返すが測定器である。
偏心をなくしてくれるわけではない。

これまで感覚量でしかなかった偏心の度合を、数値で表してくれる測定器である。
そして、偏心による音の影響については、
昔からアナログディスク再生にまじめに取り組んできた人にとっては、
あたりまえすぎる常識である。

測定器に頼ることなく、すぐに対処できることでもある。

私はES001を評価しないわけではない。
測定器として捉えている。
測定器としてES001は、存在価値がある、と思っている。

ただいいたいのは、ES001を持ちあげている人で、
私と同世代、上の世代の人がいたら、
その人は、それまでただ漫然とアナログディスクを扱ってきた──、
と白状しているようなものだ。

そのことに気づかずにES01を高く評価しているのであれば、
それはもう老いでしかない。

Date: 9月 16th, 2022
Cate: アナログディスク再生, 老い

アナログプレーヤーのセッティングの実例と老い(その9)

ディスクの偏心に関しては、ステレオサウンド時代に、
井上先生から指摘されたことが一度ある。

アナログディスク関連機器の試聴の時だった。
当然だが、アナログディスクを何度もかけかえる。

そのうちの一回、「けっこうズレているな」と井上先生がいわれた。
ズレているとは偏心が大きいということである。
それでどうしたかというと、かけかえである。

これでまた偏心の大きいかけかたをしようものなら、
それは漫然とディスクを扱っている証左であり、
もしそんなことをしようものなら井上先生から怒られただろう。

一度目は偏心が大きくても二度目で偏心の少ないようにすればいい。
そこに測定器はいらないし、結局はどういうかけかたをするかである。

もちろん反対に、ほとんど偏心のないと思えるときも何度かあった。
そういうときはきまって井上先生は「いいところに決ったな」ときちんといってくれる。

これだけのことなのかもしれない、他人から見れば。
それでもそんな井上先生のことばがあったからこそ、レコードのかけかたである。

DSオーディオのES001は、それまで感覚量でしかなかったことを数値で示してくれる。

そういう経験があるからこそ、なぜディスクのかけかえをせずに、
ディスクの縁を指でチョンチョンと押すのだろうか。

なんとなくいじましい行為におもえるし、
偏心が大きかったら、スパッと一度やりなおす(かけかえる)ほうが、
見ている側としても潔く見えると思うのだが、どうだろうか。

これは私だけの感覚なのかもしれないが、
ターンテーブルプラッター上でディスクをずらすことは、
ディスク表面を傷つけるような感じがして、やりたくはない。

良質のシートがあれば傷つくことはないのだろうか、
なんとなく雑に扱っているようにも感じてしまう。

Date: 9月 15th, 2022
Cate: アナログディスク再生, 老い

アナログプレーヤーのセッティングの実例と老い(その8)

DSオーディオのES001は、スタビライザーというよりも測定器といったほうがしっくりくる。

ES001は、ディスクの偏心量を測定してくれる。
検出したディスクの偏心を少なくしていくのは、人の手(指)である。

DSオーディオのデモでは、ES001でディスクの偏心を検出後、
ディスクの縁を指で少しずつ押して、またES001で測定。
それで偏心量が減っているのか、増加したのかを判断。

ナカミチのDragon-CTがやっていたことを、人の指で行うわけだ。
この作業になれていなければ、指で押して、逆に偏心を増やすことにもなりかねない。

この作業をやっている人がどのくらい馴れていたのかはわからなかったけど、
偏心の仕方によっては、けっこうな時間をかけて指を押す作業をくり返していた。

それを見て私が思っていたのは、なぜディスクをかけかえないのか、だ。
指でこのくらいかな、とチョンチョンと押すくらいなら、
ES001を取って、ディスクも取って、もう一度ターンテーブルプラッターにのせる。
こちらの方がずっと早い。

そしてもう一度ES001をのせて測定してみればいい。

ディスクの偏心による音の影響は、なれれば、最初の音が出た時点でわかるものだ。
偏心量が大きい、とわかる。

ただ漫然と聴いていてはわからないかもしれないが、
偏心に注意して、同じディスクを何度もかけかえては、
その音の違いを意識して聴くようにしていれば、
今回は偏心が大きいな、とか、今回はうまく芯出しができた、とかわかるようになる。

もちろん偏心の量まではわからない。
ES001は、これまで偏心が大きいな、と感じていたのが、
どのくらいの偏心量なのかを数値で示してくれる。

その意味での測定器である。

Date: 9月 14th, 2022
Cate: アナログディスク再生, 老い

アナログプレーヤーのセッティングの実例と老い(その7)

今年のOTOTENで、DSオーディオのES001を聴くことができた。
DSオーディオいうところの偏心検出スタビライザーなのだから、
その音を聴くという表現は、少し間違っているのかもしれないが、
その効果を聴いた、という表現も少し違うように感じてもいる。

DSオーディオのブースに入ったときに、
ちょうどタイミングよくES001のデモが始まろうとしていた。

ES001が出ていたのは知っていた。
ただどんな製品なのかを正確には知ろうとはせずに、
レコードの偏心の問題を自動的に解決してくれるモノだと勘違いしていた。

DSオーディオのスタッフの話は面白かった。
ナカミチのDragon-CTの話も出てきた。

私よりも二まわりほど若い方のようで、TX1000の話はなかった。

アナログディスク再生において、ディスクの偏心は音に大きく影響する。
そのことはずっと以前から云われてきたことだし、
だからこそナカミチが、いまから四十年以上前にTX1000を開発しているし、
高価すぎるTX1000の普及モデルとしてDragon-CTも出してきた。

私はどちらもステレオサウンドの試聴室で、その効果を聴いている。
偏心しているレコードの芯出しを行うと、誰の耳にもあきらかなほどの音の違いが生じる。

ナカミチのアナログプレーヤーは、どちらの機種も偏心を検出し、
芯出しまでボタン一つで行ってくれた。

その印象が残っていたために、
ES001も検出・芯出しまで行ってくれるモノだと思い込んでしまった。

思い込みながらも、実際にはどんな方法で行うのだろうか、とあれこれ想像はしていた。
検出はなんとなくこんな方法だろうと想像はついたけれど、
芯出しの機構をスタビライザーのなかで、どう実現するのか。

なかなか大変なことなのに──、
と思っていたわけだが、ES001の説明を聞くと、
ユーザー(人間)が芯出しを行う。当然といえば当然か。

Date: 7月 7th, 2022
Cate: アナログディスク再生, 世代

アナログディスク再生の一歩目(その4)

オーディオ雑誌で、真空管アンプならではの音、とか、
真空管でなければ出せない音、といったテーマの企画が載ったりする。

真空管だけではなくて、ホーン型だったりもする。

ようするに方式とか素材によって得られる音がある、ということなのだが、
こういう記事では、だからといって、真空管アンプでは出せない音、とか、
ホーン型では出せない音ということについては言及しない。

オルトフォンのMC20MKIIを使うようになって、
MM型とMC型とでは本質的な違いがあることを、より強く感じるようになった。

MC20MKII以前、MC型カートリッジのいくつかは聴いている。
そのときに感じたことは、自分用として使うようになると、強い実感をともなってくる。
MC型カートリッジでなければ出せない音の骨格というものがある。

方式や素材で音は判断できないのわかっている。
それでもどうしても残ってしまうものがある。
どんなに技術が進歩しても、MM型からMC型のよさは得られない──、
と断言してもよい。

どちらがカートリッジの発電方式として優れているかどうかではなく、
その方式にはその方式ならではの「音の芯」のようなものがはっきりとあるからだ。

MC20MKIIが、私にとってのアナログディスク再生の最初の一歩目ではない。
エラックのSTS455Eを使っていたし、それ以前はプレーヤー付属のカートリッジを、
ごく短い期間とはいえ使ってもいた。

それでも、いまふり返ってみて、私にとってのアナログディスク再生の一歩目は、
やはりMC20MKIIということになる。

Date: 7月 5th, 2022
Cate: アナログディスク再生, 世代

アナログディスク再生の一歩目(その3)

オルトフォンのMC20とMC20MKII。
型番だけから判断すると、MC20MKIIはMC20の後継機、改良モデルということになる。

けれど音を聴いてみればわかることなのだが、
MC20MKIIはMC30の弟分といえる。

MC30で初めて採用されたセレクティヴダンピング方式を、
MC20に導入したモデルといえはたしかにそうなのだが、
MC20のボディは青色、MC20MKIIはメタリックな銀色で、
ボディの色ひとつとっても、MC30(メタリックな金色)に近い。

音もそうである。
MC20とMC20MKIIを比較試聴したことがある。

MC20は、いいカートリッジではあったけれど、
リファレンス的とでもいいたくなるほど、音楽を聴いた時の面白みにやや欠ける。
優等生といえば優等生である。
ケチをつけることではないのだが、その枠から一歩脱してほしい、と思う私にとっては、
MC20よりもMC20MKIIが魅力的にきこえた。

知られているように、MC20を設計したのは日本人である。
トリオで光電カートリッジを手がけていた中塚氏がオルトフォンに移籍しての設計である。

MC20があったからMC30が登場してきたし、MC20MKIIもそうである。
だからMC20が、ステレオサウンドの「オーディオの殿堂」入りしたのは納得できる。

それでもオルトフォンがSPUシリーズに肩を並べる魅力的なMC型として、
しかも最新型のMC型として成功したといえるのは、MC30とMC20MKIIからである。

そういうMC20MKIIを手にして感じたのは、
音の中身(中味)の本質的な違いである。

一枚のレコードを聴いた、
音楽を聴いたという充実感があった。

Date: 7月 4th, 2022
Cate: アナログディスク再生, 世代

アナログディスク再生の一歩目(その2)

オルトフォンのMC20MKIIの内部インピーダンスは3Ω、
推奨負荷抵抗値は10Ω、出力電圧は0.09mV(5cm/sec)である。

エラックのSTS455Eの出力電圧は5.5mV(5cm/sec)である。
MC型とMM型だから、出力電圧の違いはしかたないとはいえ、
MC20MKIIの出力電圧は、ここまで低い。

だからヘッドシェルもオーディオクラフトのAS4PLにした。
シェルリード線は通常両端に接点があるわけだが、
AS4PLはシェル側はハンダ付けしてあった。

接点が一箇所減る。
これだけでも出力電圧が低いMC20MKIIには有利に働くはずだし、
それにシェルリード線も太めのモノだった。

シェルリード線の長さは短い。
それでも太ければ、それだけ細いリード線よりも低抵抗である。
その差はごくわずかであっても、なんとなく精神衛生上よく感じた。

MC20MKIIとAS4PLの組合せは、当時高校二年生だった私にとって、
なんだか誇らしく感じられた。

MC20MKIIには上級機のMC30があった。
99,000円していた。
当時としては、そうとうに高価なカートリッジだったし、
それだけでなく出力電圧がMC20MKIIよりも低かった。

0.08mV(5cm/sec)という値だった。
MC20MKIIとの差は0.01mVなのだから、誤差みたいなものという見方もできたけれど、
MC30は価格もだが、使いこなしという点でも高校生が手を出してはいけないモノ、
そんな感じがしていたので、高校生だった私にとって、
MC20MKIIは最良のカートリッジであった。

それだけに、ついに本格的なオーディオマニアの仲間入りができた──、
そんなふうにもおもっていたものだった。

Date: 6月 27th, 2022
Cate: アナログディスク再生, 世代

アナログディスク再生の一歩目(その1)

高校二年のときに、サンスイのプリメインアンプ、AU-D907 Limitedを買った。
AU-D907 Limitedは、その型番からわかるように限定生産だったし、
当時のステレオサウンドのステート・オブ・ジ・アート賞に、
初のプリメインアンプとして選ばれている。
それにステレオサウンド最新号の「オーディオの殿堂」でも選ばれている。

当時、AU-D907 Limitedは175,000円だった。
それまで使っていたトリオの普及クラスのプリメインアンプの約三倍。
本格的なオーディオ機器を手にした、という実感もあった。

とにかくそれまでのプリメインアンプとは、音がまるで違う。
それだけでも嬉しかったのだが、
MC型カートリッジのヘッドアンプを内蔵していることが、その次くらいに嬉しかった。

そのころMC型カートリッジがブームになっていて、各社から新製品が登場していたし、
普及クラスのプリメインアンプにもカタチばかりのヘッドアンプが搭載されもし始めていた。

とはいえデンオンなどのハイインピーダンスのMC型ならば、まだなんとかなっても、
オルトフォンのようなローインピーダンスのMC型に対しては、
使いものにならないという評価の製品もあったりしていた時期だ。

AU-D907 Limitedのヘッドアンプは、ローインピーダンスであっても実用になる。
そういう評価を得ていた。

これでオルトフォンのMC20MKIIを買える(使える)。
そのことが、とにかく嬉しかったのだ。

それまで使っていたエラックのSTS455Eも気に入っていたし、
いいカートリッジだったけれど、やはりMC型を使いたい、という気持を抑えることはできない。

AU-D907 Limitedのあとしばらくして、MC20MKIIを買った。

こんなことをAU-D907 Limitedが「オーディオの殿堂」入りしたことで憶い出していた。
続けて、いまの若い人、CDからオーディオに入ってきた人たちが、
いまアナログディスク再生に取り組もうとした時、
その一歩目はどういうモノになるのだろうか──、
そんなことを考えてしまった。

Date: 9月 2nd, 2021
Cate: アナログディスク再生, 老い

アナログプレーヤーのセッティングの実例と老い(その6)

ヤマハが、ウェブサイトで、
アナログプレーヤーのGT5000の低温時の使用上の注意を公開している。

タイトルが、長い。
ターンテーブル『GT-5000』について低温時に規定の回転数に達しない、または規定の回転数に達するまで通常よりも時間が掛かる症状につきまして
である。

GT5000の許容動作温度は10度から35度まで、とある。
つまり10度よりも低い温度で使用する人が少なからずいて、
そういう人がヤマハに苦情をいったのだろう。

そうでなければ、こういうことを公開するはずがない。
ヤマハも大変だな、と思った。

GT5000は安いアナログプレーヤーではない。
通常のモデルが660,000円(税込み)、
ピアノ仕上げが880,000円(税込み)である。

これだけのモノを買う人だから、
アナログディスク再生をきちんとやってきた人だ、とつい考えがちである。

でも、どうもそうではないようだ。
アナログディスク再生をずっとやってきて、どういうことなのかわかっている人ならば、
こんな使い方はしないからだ。

ヤマハがいうところの低温時は、10度を下回っている状態のはずだ。
そういう低い気温で、GT5000がきちんと動作したとしても、
だからといって、アナログディスク再生に適した状態ではない。

GT5000の回転数が規定に達しない、時間がかかる気温では、
アナログディスクそのものが、快適な気温よりも硬くなっている。

ディスクだけではない、カートリッジのダンパーも硬くなっている。
スピーカーのエッジ、ダンパーもそうである。

そういう状態で、なぜアナログディスクを再生しようとするのか。
理解できない。
やってはいけないことである。

ヤマハが公開している対策は、ごく当り前のことだし、
こんなことは常識だった。

なのにヤマハが低姿勢で《深くお詫び申し上げます》とある。

ヤマハが謝ることではない。
謝ってしまっては、それこそ誤りだ。

Date: 6月 27th, 2020
Cate: アナログディスク再生

トーンアームに関するいくつかのこと(その8)

片持ちは、オーディオ機器のいたるところにある。
たとえばスピーカーシステムであれば、バスレフポートがそうである。
とうぜんポート長がながくなればなるほど、片持ちの影響は大きく音にあらわれることになる。

それにスピーカーユニットそのものも片持ちといえば、そういえる。
特に奥行きの長いユニットほど、片持ちの影響は、ここでもはっきりとあらわれてる。

ホーン型のユニットは、コンプレッションドライバーの重量のため、
後側が重たくなっている。

JBLの4343の中高域ユニットは2420。
フロントバッフルにホーンの一端が固定され、反対側に2420という重量物がくる。
重量バランスはかなり悪い。

その重たい後部が、いわばフリーの状態である。
4343の後継機の4344では、ホーンの後部(ドライバー側)に金属板をとりつけ、
この金属板がエンクロージュアの天板に固定されることで、片持ちの影響を抑えている。

それから同軸型ユニットも片持ち的といえるユニットである。
同口径のコーン型ユニットよりも、中高域がホーン型の同軸型ユニットは、
奥行きの長いユニットになってしまう。

アルテックの604もそうだし、タンノイの一連の同軸型ユニットがそうだ。
これらのユニットをきちんと鳴らそうと考えるのであれば、
ユニット後部をどう支えるかも考えていくことになる。

こまかいことをいえば、ここで注意をはらう必要があるのは、
上記の二例の場合、フロントバッフルでも固定されている、ということである。

エンクロージュアという箱が、完全な無共振・無振動であれば問題はないのだが、
現実にはそんなことは無理である。

さまざまなことろが共振し振動している。
その振動の位相が各部同じであることはまずない。

フロントバッフルと後部とを固定した場合、
二つの固定点の位相はどういう関係にあるのか。

Date: 5月 25th, 2020
Cate: アナログディスク再生

歴史はくり返す(?)

ステレオサウンド 58号掲載の、
行方洋一氏の「東芝EMIのアドレス・レコードを聴く」から、少し引用したい。
     *
 さてレコード制作上で、重要な音質上のファクターとなるカッティング・マシーンに目を向けてみよう。現在の新らしいタイプのカッティング・マシーンは、メカをコントロールするコンピューター内蔵なのである。ミゾぎれやキッティング(ミゾとミゾがクロスしてしまうこと)が、このコンピューターによってサーボされるのである。むかしはカッティング・マンの職人的な感覚によって作られていたレコードのカッティングも、だいぶ変化してきているわけだ。カッティング・ヘッドをドライブするドライブアンプも、ハイパワーになり、カッター自体もハイパワー入力に充分たえられるようになったため、かつてのレコードにくらべて、カッティング・レベルも5dBや8dBは軽くレベル・アップされているのである。
 レベルの話で想い出すのだが、私は弘田三枝子の「ビー・マイ・ベイビー」というシングル盤で、大チョンボをやったことがある。この曲のイントロで、バス・ドラムがリズムをきざんでいたのであるが、その時代の再生機器は、さっきもいったようにたいへんクォリティが低かった。にもかかわらず、レベルをその時代ノーマル・レベルより、2dBほど上げてカッティングを行なって、このシングル盤を発売してしまったのである。発売して1週間ほどのあいだに、会社にはクレームの電話や返品が山ほど入ってしまった。というのは、イントロのバス・ドラムのアタックで、針がとんでしまうのである。2小節あるリズムパターンの、頭の小節の1拍目で、針が6小節ほど先にとんでしまうのである。
 レコードというのは、いつの時代でもユーザーの再生装置の水準をよく考えて、制作しなければならないのだという教訓を、実感させられたエピソードであった。このシングル盤は、最近の再生システムではビクともしないのだから、くやしい話だ。
     *
58号は1981年春号である。
約40年前のことを思い出したのは、facebookでの投稿を読んだからだ。

サニーデイ・サービスというバンドが、「いいね!」というアルバムをLPでも出した。
アナログディスク用のマスタリング、カッティングを何度か行い、
納得のいく仕上がりになった、とのこと。

けれど、そのアナログディスクを購入した人から、特定の箇所で針飛びするという指摘が、
何件かあったとのこと。

「いいね!」のアナログディスクのプレス工場で、
一般的なアナログプレーヤーと安価なプレーヤーとで検品して出荷したにもかかわらず、
ということでもある。

詳しいことはサニーデイ・サービスの曽我部恵一氏のtwitterで読める。

行方洋一氏の大チョンボとなった弘田三枝子の「ビー・マイ・ベイビー」は、
1960年代前半のころの話である。もう60年近い昔の話である。

にもかかわらず、同じことを2020年のいま起きている。

針飛びがするというプレーヤーでも、チェックしたところ、
問題なくトレースした、とのこと。

そのプレーヤーがどの程度のモノなのかは、はっきりとしないが、
再現してのチェックで、気温はチェック項目にあったのだろうか、とも思う。

アナログディスクは、行方洋一氏が書かれているように、
いつの時代でもユーザーの再生装置の水準をよく考えて、制作しなければならないだけでなく、
ユーザーの水準をよく考えて、制作しなければならないわけでもある。

Date: 4月 25th, 2020
Cate: アナログディスク再生

電子制御という夢(その35)

SMEのロバートソン・アイクマンが、
《ソニーの電子制御アーム。これも私にとって興味をいだかずにはいられないものでした》
と語ったことが載っているステレオサウンドのオーディオフェアの別冊でのインタヴューでは、
もう一人、KEFのレイモンド・クックが、電子制御のトーンアームについて語っている。

クックは、1979年のオーディオフェアで興味のあったことの第一は、
スピーカーエンジニアということもあってだろうが、日本のオーディオメーカー各社から、
平面振動板のスピーカーが登場したことを挙げている。

第二が、電子制御のトーンアームである。
《ついに現われたかという感じなんですが、一方ではPCMディスクでしょう。この関係が今後どうなるのか、電子制御アームは今となってはおそすぎたのか、これは興味のあるところですね》
と語っている。

「ついに現われたか」ということは、
クックは、以前からトーンアームには電子制御が必要かどうかではなく、
電子制御のトーンアームの可能性を考えていた、ということなのか。

まったく考えていなかった者が「ついに現われたか」とはいわないだろう。
クックが、どういう電子制御のトーンアームを考えていたのか、
それはある程度具体的なことだったのか、
それとも漠然と電子制御のトーンアームを想像していただけなのか、
いまとなってはわからないが、妄想をふくらませるならば、
クックは、スピーカーの電子制御を考えていたのか。

もし考えていたとしたら、一般的なMFBとは違う電子制御だったのか。

Date: 3月 15th, 2020
Cate: アナログディスク再生

トーンアームに関するいくつかのこと(その7)

マカラはメカニズムを専門とするメーカーがつくりあげたプレーヤーシステムである。
マカラの人たちは、片持ちが音にどういう影響を与えるのか、
そのことを知っていたのかどうかはわからない。

それでもメカニズムの専門家として、片持ちの製品を世の中に送り出すことはしなかった。
マカラのプレーヤーシステム4842は、いまから四十年前に登場している。

なのに現在のプレーヤーHolboが片持ちのまま製品化している。
片持ちのままのプレーヤーを、製品と呼んでいいのか、という問題はここでは語らないが、
なぜ片持ちのままなのか。

メーカーの開発者に訊くしかないのだが、
おそらくトーンアームの高さ調整との関係ではないのか、と推測できる。

片持のリニアトラッキングアームであれば、
弧を描く通常のトーンアームと同様の機構で、
トーンアームの高さを調整できる。

けれどベアリングシャフトと呼ばれているシルバーの太いパイプを両端で支えたとしよう。
この構造で、高さ調整をすると、調整箇所が二箇所になる。

エアーベアリング型のアームにとって、
ベアリングシャフトの水平がきちんとでていなければ動作に支障がでる。

片持ならば、調整箇所は一箇所で、
基本的にはプレーヤー全体の水平が確保されていれば、
ベアリングシャフトも水平ということになるし、
高さを変更しても水平は維持できている(はずだ)。

ところが高さ調整の箇所が両端二箇所ともなると、
プレーヤー全体の水平は出ていても、
ベアリングシャフトの水平は、二箇所をきちんと調整する必要がある。

いいかげんな調整では水平が微妙に狂ってしまう。
その点を防ぐには片持ち構造が、いちばん楽な方法である。

Date: 3月 15th, 2020
Cate: アナログディスク再生

トーンアームに関するいくつかのこと(その6)

ホルボのHolboというアナログプレーヤーを、
片持ちの代表例として取り上げたのには、一つだけ理由がある。

Holboは、プレーヤーシステムであるからだ。
トーンアーム単体ならば、他の例といっしょに取り上げただろうが、
くり返すが、Holboはプレーヤーシステムである。

プレーヤーシステムであるならば、
この手のエアーベアリング方式のリニアトラッキングアームの片持ちは、
メーカーが気付いているのであれば、なんとかできるからだ。

1980年第後半、アメリカからリニアトラッキングアーム単体がいくつか登場した。
それらのなかには、Holboに搭載されたトーンアームとよく似たモノがあった。

でも、それらのリニアトラッキングアームは、
既存のアームレスプレーヤーに取り付けなければならない。

取り付けのためのアームベースは、メーカーによって違ってくるが、
多くのモノは、弧を描く一般的なトーンアーム用のスペースしか想定していない。

その限られたスペースに、リニアトラッキングアームという、
別の動きをするトーンアームを取り付けなければならない。
そのために片持ちにならざるをえなかった面もあるとはいえる。
それでも工夫はできたはずだが。

エアーベアリング方式で、リニアトラッキングアームといえば、
日本のマカラが最初のモデルのはずだ。

余談だが、
1979年のオーディオフェアで発表されていたフィデリティ・リサーチのプレーヤーは、
プロトタイプであったが、このマカラをベースにしていた。

マカラのリニアトラッキングアームも、一見すると片持ちのようにみえるが、
片持ちになっていると思われる側は、下部からの支柱があるのがわかる。

Date: 3月 12th, 2020
Cate: アナログディスク再生

トーンアームに関するいくつかのこと(その5)

B&Wの805Dのトゥイーター後方の角の先端を支えるといっても、
テンションを与えるような支え方はすすめない。

どういう素材を使うのか、どの程度の支え方にするのかによっても音は違ってくる。
が、それでも支えない状態の音と支えた状態の音の違いは、
一度、その違いを聴いてしまうと無視できないほどである。

Nautilusの場合、そのアピアランスを損ねることなく、
三本の角の先端を支えるというのは、なかなか難しいことになるだろう。

ああしてみたら、とか、こうしてみたら、と二、三、その方法を考えてはいるけれど、
試すことはまずない。それでもNautilusの音を極限まで抽き出したいのであれば、
その使い手は、なんらかの方法を考えた方がいい。

その意味で、Nautilusの開発に携わっていた人たちは、
片持ちの弊害をわかっていたはずである。

ビビッド・オーディオのGIYAシリーズをみれば、明らかだ。
GIYAを最初にみたとき、こういう処理の仕方もあるな、と感心したものだ。

もっもとB&WのNautilusの場合、
三本の片持ちの影響をすべてひっくるめてのNautilusである、
と捉えるべき考え方もできる。

どう捉えるかは、Nautilusの使い手自身が判断することだ。