Archive for category 1年の終りに……

Date: 12月 24th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その12)

今年は2022年。
2002年12月から二十年が経った。

2002年12月8日の午前中、私は菅野先生のお宅に伺っていた。
ドアのチャイムを押すと、菅野先生がドアを開けてくださったのだが、
その時の菅野先生の顔は、いつも違っていた。

体調を崩されたのか、と最初思ったし、日を改めた方がいいかも──、
そんなことを思いもしたけれど、そんな感じではなかった。
沈痛な面持ちとは、このときの菅野先生の表情をいうのだと、思った。
そういう表情だった。

そして「朝沼くんを知っているか」ときかれた。
朝沼予史宏氏のことだ。
もちろん知っていた。

朝沼予史宏氏はペンネームである。

「沼田さん(本名)は知っています」と答えた。
「そうか……」とぼそりといわれた、と記憶している。

そして「朝沼くんが亡くなったんだよ」と続けられた。

このころ、朝沼予史宏氏は、
Stereo Sound Grand Prixの前のComponents of the yearの選考委員の一人だった。
けれど降ろされていた。

そのこともあって、一部のオーディオマニアは、
菅野先生が朝沼予史宏氏の才能をつぶそうとして、
選考委員から外した──、そんなことをいっている人がいたし、
インターネットの掲示板に匿名で書きこむ人もいた。

そんなことを聞いた人、読んだ人は、どう思ったのか。
それを事実だとおもってしまったのかもしれない。

そんなことは絶対にない。
あの日の、菅野先生の表情を、私ははっきりと思い出せるし、
菅野先生から、この件について聞いてもいるから、そう断言できる。

Date: 12月 22nd, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その11)

今年は、例年以上にステレオサウンドにがっかりした一年だった。
今年もステレオサウンドは面白かったよ、という人が少なからずいるだろうが、
私にとっては──、というと、
年四冊のうち、二冊がオーディオの殿堂、ステレオサウンド・グランプリ、ベストバイ。
残り二冊の特集の企画に期待したいところだったが、それもかなわなかった。

そもそも期待していたわけでもなかったので、がっかりしているわけでもない。
ただそれにしても──、と例年以上に思うだけだ。

ステレオサウンドはそんなぐあいだった。
オーディオアクセサリーも同じ感じなのだが、
同じ音元出版のanalogは、別項でも触れているように期待がもてるところを、
少しは感じることができる。

だからといって、これから先ますます期待に応えてくれるようになっていくのか、
それとも反対方向へと進んでいくのか。
そのへんはまだなんともいえないが、期待できないオーディオ雑誌ばかりでは、
やはりつまらない。

期待したいのだ、本音は。
オーディオ雑誌を楽しみにしたいのだ。

ステレオも期待できるかな、と思わせながらも、
別項でリンクしている動画をみるかぎりは、大丈夫だろうか、と心配になってくる。

馬脚をあらわすのか、それともよくなっていくのか。
2023年の十二冊が楽しみだ。

Date: 12月 10th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その10)

今年は、オーディオ機器の値上りがいくつもあった。
値上りしているのはいうまでもなくオーディオ機器だけではなく、
おそらく来年も値上げが発表されるであろう。

特に海外製品は為替相場も関係してくる。
定価をつけることが難しくなってきたから、
オープン価格にせざるをえない──、といっているところもあるときいている。

来週には、ステレオサウンド 225号が出る。
特集は、いうまでもなくステレオサウンド・グランプリとベストバイ。

ステレオサウンドの定番企画でベストバイは35号が一回目で、
つづく43号、47号の三回は価格帯を設けずの選定だった。

四回目の51号から価格帯を分けての選択となっていった。
そして、それがずっと続いている。
どこで価格帯を分けるのかは、時代によって違ってきているが、
果たして価格帯を設けることの意味はあるのか、とずっと思っている。

225号はまだ見ていないが、価格帯を分けてのベストバイであろう。
どの価格で線引きするのか。
線引きした価格近辺の製品は、来年には値上りして上の価格帯に、ということだって、
今の状況なら十分ありうる。

ベストバイという定義によっては、
価格帯を分けるのはおかしいということだっていえる。
私は、価格帯を分けるべきではないと考える。

ステレオサウンド編集部は、それぞれの製品ジャンルのどこで価格帯を分けたのか。

Date: 12月 10th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その9)

メリディアンの210だけでなく、
MQAのコアデコードに対応しているストリーマーには、SPDIFのデジタル入力はない。

MQAのコアデコードに関係なく、ストリーマーと呼ばれる製品には、
SPDIFのデジタル入力は必要ないと考えるのだが、
実際のところ、つまり日本の現在ということに関しては、
SPDIFのデジタル入力があってほしい、とおもってしまう。

TIDALやe-onkyoを活用している人にとっては、特に必要ないといえるが、
パッケージメディア、つまりCDだけという人にとっては、
MQA-CDを買っても、D/Aコンバーターが対応していない、
けれどMQAのコアデコード対応のストリーマーを買ってきても、
SPDIFのデジタル入力がないから接続できない──、
そんな状況になってしまうからだ。

もうこれは日本だけの特殊事情といえる。

Date: 12月 9th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その8)

メリディアンの210は、210 Streamerである。
製品ジャンルとしては、ストリーマーということになる。

ストリーマーは、今後製品が活発に登場してくるであろう製品ジャンルであり、
今年いくつか登場したストリーマーのなかには、
210と同じくMQAのコアデコード機能をもつモデルがある。

私が聴いているのは210だけなのだから、
それらのモデルの音がどうなのかについては何も語れないのだが、
メリディアン以外からのMQAコアデコード機能をもつストリーマーの登場は、
MQAのエヴァンジェリストを自認する私としては、嬉しい一年だったといえる。

来年もそういうモデルが登場してほしいし、
そしてなによりもTIDALの日本でのサービスが開始されてほしい。

Date: 12月 5th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その7)

2019年に発表になったメリディアンの210。
オンキヨーのせいで、日本は二年半ほどおあずけをくらった。

210は別項で書いているように9月に少しの期間使うことができた。
いままた使っている。

使っていると楽しい。
確かにこれはチューナーでもあるな、と感じる。
しかも魅力的なチューナーである。
即物的な性能重視のチューナーではない(この点に関しては、別項で書く予定)。
そこのところにおいても、実に楽しいオーディオ機器である。

そしていろんなオーディオ機器と組み合わせ試してみたくなる。
別項でも触れているように、96kHzまでのコアデコードが可能だから、
MQAに対応していないオーディオ機器と組み合わせたい。
D/Aコンバーターよりも、D/Aコンバーター搭載のアクティヴ型スピーカーと組み合わせてみたい。

つい、どんな製品があるのか、価格はいくらくらいなのか。
それが気になってきているし、それほど高くなければ買ってみようかな、と思うぐらいだ。

終のスピーカーがやって来たから、そういう余裕があっても、
それらすべてを終のスピーカーにもってきたいので、買うことはしないだろう。

それでも、いろんな組合せを想像するだけでも210の存在は楽しませてくれる。
210を、今年の新製品と呼んでいいのか。

そうなのだが、日本では今年発売になっているのだから、今年の新製品であるわけだ。
少なくとも私にとっては今年の新製品であり、
これからの時代の音楽の聴き方(接し方)をより楽しいものにしてくれる。

Date: 12月 5th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その6)

11月が近くなると、毎年、この項のテーマについて、
今年は何を書こうかな、と思いはじめる。

今年は、ジャーマン・フィジックスのTroubadour 40がやって来たことによって、
書こう、と思っていたことのいくつかを忘れてしまった。

いくつか書こう、と思っていたのに、思い出せずにいる。
そのくらいTroubadour 40がやって来たことの衝撃は大きい。

Troubadour 40について書き始めると、止らなくなるから、
かなり自制している。

Troubadour 40のことばかり書いていると、またTroubadour 40のことか、
そうおもわれても別にかまわないのだけれども、いまのところは抑えておく。

本格的にTroubadour 40を鳴らすようになったら、書くことがいろいろと出てくるだろうからだ。

Date: 12月 1st, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その5)

オーディオに関しては、私にとって再会の一年だった。
昔を懐かしがって聴くための再会ではなく、
新しい世界(領域)への一歩となる再会である。

Date: 11月 21st, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その4)

別項で書いているように、今年はまずGASのTHAEDRAがやって来た。
それからラックスキットのKMQ60(50CA10のプッシュプル)と、
50CA10のシングル自作アンプが夏にやって来た。

そして昨日、終のスピーカー(Troubadour 40と4PI)がやって来た。

けれど、今年やって来たのは、これだけではなく、ここでは何が来たのかはあかさないけれど、
私自身、ちょっと驚くようなモノが来たし、他にもいくつかやって来た。

どうしたんだろう、今年は? 
そういいたくなるほど、オーディオ機器が集まってきている。

そろそろ本気で引っ越しを考えはじめているところだ。

Date: 11月 16th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(番外)

別項「オーディオと偏愛」で、ルコントのことを書いている。
私の大好きなケーキ店がルコントだ。

別項で書いているように、2010年に閉店し、2013年に復活した。
規模は縮小しての復活だったけれど、あきらめていたルコントの洋菓子が、
ふたたび食べられるようになったのは、
ルコントと同じくらいに大好きだった和菓子の三はし堂が、
やはり一度閉店しての復活だったのと同じで、やはり味のわかる人がいる──、
そうおもえて心強かった。

けれど三はし堂も、この店のことも別項で書いているが、
二度目の閉店でもう復活することはないだろう。
ルコントも、今年8月で全店が閉店した。

その前から、少しずつ店舗が減っていたから、厳しいのかなぁ、とは心配ではあった。
こういう不安だけは的中する。

おそらくもうルコントの洋菓子を食べることはないだろう。
予想できていたことだから、とてもさびしいというほどではないが、
私にとってルコントの洋菓子にかわる存在は、いまのところない。

東京には、いくつの洋菓子店があるのかわからないほどある。
デパートの食料品売場のフロアには、そういう店が入っている。

そういう店の洋菓子と比較すると、
いまとなってはルコントの洋菓子は地味な見映えだったような気もする。

そうであったとしても、変らぬ魅力を維持していたとも感じていた。

Date: 11月 11th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その3)

今年はなんといっても、メリディアンとジャーマン・フィジックス、
私の好きな、この二つのブランドが、日本市場に戻ってきたことがいちばんである。

海外ブランド、海外製品に関しては、輸入元がどこか、というのは、とても大事なことである。
高級オーディオのブランドばかり取り扱っているからといって、
その輸入元がよい輸入元とはいえないのが現状だ。

私は、好きなブランドの取扱いがステラ/ゼファンに移ってしまうと、
よりによってステラ/ゼファンなのかぁ、と毎回心の中でつぶやいている。

ジャーマン・フィジックスがステラ/ゼファン扱いにならなければ──、
どうしてもそう思ってしまうし、これだけではない。
他にもいくつか挙げることができる。

ステラ/ゼファンは飽きっぽいというか、冷淡なのか。
商売にならないと判断したら、取扱いをやめる。
商売だからしかたない──、
そうなのだろうが、ジャーマン・フィジックスのようにタイムロードがそれまで扱ってきて、
大切にしてきたブランドを、いわば横取りするようにして扱いはじめる。

そしてポイ捨て。
そんなふうには取り扱っていない、と反論されそうだが、
ジャーマン・フィジックスの音に惚れ込んでいる私にとっては、そう見える。

とにかくジャーマン・フィジックスとメリディアンが戻ってきた。

Date: 11月 10th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その2)

2021年をふりかえって(その4)」で、メガネを新調したことを書いた。
川崎先生デザインのACTシリーズのなかから、ACT-Treeを選んだ。

2021年をふりかえって(その5)」で、
ACT-Threeにしてからの日々は、第三幕ということになるのか、とも書いた。

別項「終のスピーカーがやって来る」を書いていると、
第三幕なのかもしれない、と思ったりする。

Date: 11月 10th, 2022
Cate: 1年の終りに……

2022年をふりかえって(その1)

一昨年は、11月8日から「2020年をふりかえって」を書き始めた。
昨年は、11月1日から「2021年をふりかえって」を書き始めた。
今年は今日からだ。

今年、マドンナの新譜が出た。
“Finally Enough Love: 50 Number Ones”である。
TIDALでは、このアルバムはPopのところではなく、Danceのところで扱われている。

e-onkyoでもロック/ポップスではなく、クラブ/エレクトロニカのところだ。

マドンナのファンではないが、まったく聴いていないわけでもない。
耳にすることはあった。

以前、マドンナはQueen of Popと呼ばれていた。
だからPopなのだと思っていたら、いつしかDanceである。
いつからそうなのかは知らないが、時代は変っている──、そのことに驚いていた。
他の人はどうかはわからないが、私には、このことはけっこうな驚きだった。

このことをどこかで書こうと思いつつも、
唐突に、どこかのテーマで触れるのは無理があるな、と思っていたので、
ここで書くことにした。

Date: 12月 31st, 2021
Cate: 1年の終りに……

2021年の最後に

このブログでは、つねに複数のテーマで書いている。
今年、それも終りが近くなって気づいたことは、
すべてのテーマとまではいわないものの、多くのテーマに共通していることがある、こと。

耳に近い(遠い)、心に近い(遠い)ということだ。
音もそうだし、音楽もそうである。

私は、耳に近い音、耳に近い音楽よりも、
心に近い音、心に近い音楽をとる。

どんなに耳に近い音であっても、心に遠い音であれば、
若いころならいざしらず、心に近い音をとる。

「目に遠く、心に近い」、
これはインドネシアのことわざらしい。
そのことについて触れたのが、2015年である。
「正しい音とはなにか?」(正確な音との違い・その2)』で触れている。

それから六年半ほどかけて、「心に近い」ということがどういうことなのかを実感している。
今年は、心に近い音、心に近い音楽だけではない、
心に近い人に関してもそうだった。

十数年、このブログを書いてきて、
「心に近い」、そのことの大切を感じていた一年といえる。

Date: 12月 24th, 2021
Cate: 1年の終りに……

2021年をふりかえって(その20)

「私のオーディオの才能は、私のためだけに使う。」

以前にも書いていることのくり返しなのだが、本気でそう思っていた時期があった。
30代前半のころだから、いまから二十年以上の前のことだ。
親しい友人にも、そう言っていた。

本気だったのに、そのとおりにしなかったきっかけは、すでに書いている。
川崎先生のDesign Talkと出逢っていなければ、読みつづけていなければ、
ずっとこのままきていたかもしれない。

それに瀬川先生の著作集をなんとかしたい、というおもいが、
ステレオサウンドを離れてからずっとあったことも、深く関係している。

30代後半のころ、インターネットが普及の兆しを見せ始めていた。
ウェブサイトを自分でつくるアプリケーションも出始めてきた。

このことがなければ、もしかすると、じっとそのままで、
「私のオーディオの才能は、私のためだけに使う。」といい続けていたかもしれない。

いくつかのきっかけが重なっての2000年8月にaudio sharingの公開だった。
公開後も、いろんなことがあった。

もしaudio sharingをつくっていなかったら、公開していなかったら──、
オーディオの才能を自分のためだけに使っていたら──。

audio sharingの公開後の人との出逢い。
ある人と出逢い、その人との出逢いで、また別の人と出逢う。
六次の隔たり、という仮説の実感でもある。

そうやっての2021年10月7日の巡り逢せは、
オーディオを続けてきてよかった、と心底から実感している。