トーキー用スピーカーとは(その10)
スピーカーとの位置関係を自由に変えるようなことをコンサートホールではまず行えない。
たいていが全席指定席だし、全席自由席でがらがらの入りであれば、
ステージと聴き手との距離を変えることはできても、そんなことはまれにしかない。
いわばコンサートホールでは固定である。
同じことは映画館もそうだ。
いまの映画館と違い、
トーキー用スピーカーと呼ばれていた時代の映画館では、
スピーカーはスクリーン裏に設置されたモノだけだった。
つまりメインスピーカーだけで、客席の両側にサブスピーカーと呼ばれるモノの存在はなかった。
スクリーン裏のメインスピーカーだけで観客全員を満足させなければならない。
それは音質面だけではなく、音量面において、でもある。
このふたつの満足のうち、難しいのは音量面での満足ではなかったのか。
スクリーンのすぐ近く(つまり前の席)と後方の席とでは、通常到達する音圧は違ってくる。
簡単に考えれば前の席の観客にとってちょうどいい音量であれば、
いちばん後方の席の観客にとっては小さな音量となるだろうし、
反対にいちばん後方の席の観客に十分な音量にすれば、最前列の席の観客は大きすぎる、と感じることだろう。
私は残念ながら、ウェスターン・エレクトリック、シーメンスといった、
佳き時代のトーキー用スピーカーを設置した映画館で鑑賞した経験はない。
だからなにひとつはっきりしたことはいえないのだが、
それでも同じ料金を払っている観客全員を、音質・音量ともに満足させていたはずだ、と思う。
このことが家庭用スピーカーとトーキー用スピーカーの、大きく異っている点ではないのか。