瀬川冬樹氏のこと(その1)
トーレンスのアナログ・プレーヤー 〝リファレンス〟の実物をはじめて見て、
その音を聴いたのは、もうずいぶん前のこと。
まだ熊本にいたころ、高校3年生の時だから、27年前になる。
熊本市内のオーディオ店(寿屋本庄店)で、
(たしか)三カ月に1度、土日の二日連続で開催されていた
瀬川先生の「オーディオ・ティーチイン」というイベントにおいて、である。
そのときのラインナップは、
トーレンスのリファレンス、
マークレビンソンのLNP2L とSUMOのTHE GOLDの組合せで、
スピーカーは、もちろんJBLの4343。
この時、正直にいえば、パワーアンプはTHE GOLDではなく、
LNP2LとペアになるML2L で聴きたいのに……と思っていた。
いろんなレコードの後、
最後に、当時、優秀録音と言われていて、
瀬川先生もステレオサウンドの試聴テストでよく使われていた
コリン・デイヴィス指揮の ストラヴィンスキーの「火の鳥」をかけられた。
もうイベントの終了時間はとっくに過ぎていたにもかかわらず、
なぜか、レコードの片面を、最後まで鳴らされた。
そのときの音は、いま聴くと、
いわゆる「整った」音ではなかっただろう。
けれど、その凄まじさは、いまでもはっきりと憶えているほど、つよく刻まれている。
レコードによる音楽鑑賞、ではなくて、音楽体験、
それも強烈な体験として、残っている。
聴き終わって、瀬川先生の方を見ると、
ものすごくぐったりされていて、顔色もひどく悪い。
いつもなら、イベント終了後、しばらく会場におられて、
質問やリクエストを受けつけられるのに、その日は、すぐに引っ込まれた。
「体の調子が悪いんだ。 なのに『火の鳥』、なぜ最後まで鳴らされたのかなぁ
途中で針をあげられればよかったのに……」と、
そんなことを考えながら、店の外に出ると、
駐車場から出てきた車のうしろで、さらにぐったりされている瀬川先生の姿が見えた。