境界線(余談・続々続シュアーV15 TypeIIIのこと)
瀬川先生がなぜV15 TypeIIIに対して、誌面では沈黙されていたのか。
それはステレオサウンド 50号掲載の創刊50号記念の座談会を読めば、理由らしき発言があるのに気づく。
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菅野 そのころ、こんなことがあったのを思い出したのですが、シュアーのV15のタイプIIが出はじめたころで、たまたまぼくは少し前に、渡米した父親に買ってきてもらって、すでに使っていたのです。そして、たしかオルトフォンのS15MTと比較して、V15/IIのほうが断然優れていると書いたりしていた。そのV15/IIを、瀬川さんが手に入れた日に、たまたまぼくは瀬川さんの家に行ったんですよ。それで、ふたりして、もうMCカートリッジはいらないんじゃあないか、と話したことを覚えている(笑い)。
瀬川 そんなことがありましたか(笑い)。
菅野 あったんですよ。つまりね、ぼくたちはそのとき、カートリッジはこれで到達すべきところまできた、ひとつの完成をみたのであって、もうこれ以上はどうなるものでもないのではないか、ということを話しこんだわけです。たしかにそのときは、そういう実感があったんですね。
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V15 TypeIIIのひとつ前のTypeIIは、実は聴いたことはない。
だから、あくまでも上で引用したこと、それに過去の記事を読んでいえることは、
V15はTypeIIとTypeIIIでは目指す方向に違いがある、ということだ。
そのことは、「商品」としての完成度はV15 TypeIIIはTypeIIよりも上だといえるし、
だからベストセラー・カートリッジなのである。
この「商品」性の高さが、冒頭にも書いたようにV15 TypeIIIが音を判断する際の目安となり、
オーディオにおけるいくつかの境界線を浮び上らせてくれるところもある。