映画「ピアノマニア」(続・観てきました)
上映中に、何度も笑いが起きる。
私も何度か笑っていた。
ただその笑いは、他の観客と同じ笑いでもあったし、苦笑いでもあった。
65席しかないシネマート2の座席は、半分くらいは埋っていた。
このうちの多くは、オーディオマニアではない、と思う。
オーディオマニアなら、苦笑いしかできないところがいくつか出てくる。
それに、オーディオマニアなら苦笑いしたくなるけど、オーディオマニアでない人にはそうではないところもある。
観ていると、設定を少し変えるだけで、「オーディオマニア」という映画になりそうなくらい、
「ピアノマニア」に登場している人たちの、ピアノの音に対する、その追い求め方は、
オーディオマニアとなんら変ることはない。
ピアニストと調律師のやりとり、そこに出てくる音の表現。
オーディオマニア同士のやりとりそのまま、とも感じられる。
クニュップファーがピアノに試すあれこれをみていると、
スピーカーシステムに対するあれこれと完全にダブってくる。
ピアノがスピーカーシステムになれば、同じことをわれわれオーディオマニアはやっている。
オーディオマニアは、「ピアノマニア」を観れば嬉しくなるだろう。
でも、オーディオマニアでない人たちは、どうなんだろうかと思う。
「ピアノマニア」を観れば、ピアニスト、調律師、録音スタッフ。
音楽に関わっている人たちは音に対して、つねに真剣である。
そうやって演奏された・録音されたものを、相応しい態度で聴いているといえるのだろうか。
音に対して真剣でない聴き方をしていることに気がついているのだろうか。
オーディオマニアは音ばかり気にして、音楽を聴いていない、という人がいる。
そんな人も「ピアノマニア」を観ているのかもしれない。そして、何を感じ何を思っているのだろうか。