自己表現と仏像(その14)
この項のテーマについて深く考えるようになったきっかけとして、
audio wednesdayで音を鳴らすようになったことが、一つある。
四谷三丁目の喫茶茶会記で五年、主にアルテックのスピーカーを鳴らした。
今年になって、場所を狛江で音を鳴らすようになった。
このことと、もう一つ。
iPhoneで音楽をよく聴くようになったことが挙げられる。
iPhoneに指先サイズのD/Aコンバーター兼ヘッドフォンアンプをつけて、
ヘッドフォンで聴く。
そのヘッドフォンも普及クラスのモノ。
リケーブルできるタイプだが、ついてきたケーブルのまま聴いている。
これについては別項で触れているように、
これ以上ミニマルにはできないシステムであり、
私にとってはラジカセ的でもある。
iPhoneによるシステム(というほど大げさなものではない)と、
メインのシステムで音楽を聴く行為における違いは、何なのか。
前者は、私にとって、誰かの手による仏像を鑑賞している、
そんな感じであるし、
メインのシステムで聴く、そしてaudio wednesdayでの音は、
自ら仏像を彫る行為のように、いまは感じている。