TIDALという書店(その10)
黒田先生の「聴こえるものの彼方へ」のなかの
「ききたいレコードはやまほどあるが、一度にきけるのは一枚のレコード」に、
フィリップス・インターナショナルの副社長の話がでてくる。
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ディスク、つまり円盤になっているレコードの将来についてどう思いますか? とたずねたところ、彼はこたえて、こういった──そのようなことは考えたこともない、なぜならわが社は音楽を売る会社で、ディスクという物を売る会社ではないからだ。なるほどなあ、と思った。そのなるほどなあには、さまざまなおもいがこめられていたのだが、いわれてみればもっともなことだ。
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1972年のことだ。
五十年ほど前に、フィリップスの副社長が語っていたことを、
レコード会社のどれだけの人が真剣に耳をかたむけたのか。
このフィリップス・インターナショナルの副社長の話は、何度も引用している。
今回も、タワーレコードの新宿店の規模縮小のニュースをきいて、
思い出したのは、このことである。
オーディオの世界は(レコード会社もふくめて)、
はやくからデジタル化に取り組んでいた。
1985年のCDの登場以前から、デジタル録音はレコード会社各社で、
それぞれ独自に行われていた。
なのに……、といまは思う。
アナログディスク、ミュージックテープ、CD、SACDなどのパッケージメディアを売る会社を、
レコード会社という考えに捕われていたのか。
レコード店に関しても、ディスクやテープといったモノを売る店ではなく、
本来は、音楽を売る店のはずだ。
レコード店が、独自に演奏を録音して売る、ということはほとんどないし、
実際にはレコード会社がつくったレコード(録音物)を売るわけだから、
レコード店は音楽を売る店のはずだ、というのは酷なことはわかっている。
それでも、こんなことを書いているのは、
どちらもディスクやテープといったモノを売ることばかりで、
音楽を売ることを、技術の進歩をにらみながら考えてこなかったのではないのか──、
そんなふうに思うからだ。