Date: 12月 14th, 2020
Cate: オーディオ評論
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二つの記事にみるオーディオ評論家の変遷(その8)

管球王国Vol.98の「魅惑の音像定位──最新・同軸スピーカーの真価」を眺めて、
まずおもったのは、担当編集者はステレオサウンドのバックナンバーをあまり読んでいないだった。

どんな人が担当編集者なのかは、全く知らない。
たぶん男の人だろうぐらい、である。
年齢も名前も、どんな音楽を好んで聴くのか、
どんなオーディオ遍歴なのか、そういったことは何ひとつ知らない。

でも、ステレオサウンド 94号も、それから51号も、
「HIGH-TECHNIC SERIES-4」も読んでいない、とはいえる。

担当編集者は、いや、しっかり読んでいる、というかもしれない。
けれど、私からすれば読んでいないに等しい読み方でしかない。

しっかり読んでいれば「魅惑の音像定位──最新・同軸スピーカーの真価」は、
構成からして別物になっているはず。

94号に《よくコアキシャルは定位がいいとはいうが、それは設計図から想像したまぼろしだ》、
そう書いている傅 信幸氏に依頼するのだから、
きちんとバックナンバーを読んでいる編集者ならば、
そうとうにおもしろい記事にすることができたはずだ。

なのにできあがったのは、月並な記事でしかない。

私が担当だったら、やはり傅 信幸氏に依頼しただろう。
そして事前の打合せをしっかりやる。
94号のことを念頭においた上で、やる。

でも、そういうことを担当編集者はやっていないはずだ。
もったいないことである。

ここまでのことを、(その2)に書く予定でいたし、
(その2)で終りの予定でもあった。

それがfacebookのコメントを読んで、変更し、まだ続く。

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