「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その53)
メーカー、輸入元といった関係者よりも、
ステレオサウンドの読者はずっと数が多いし、
ほとんどの読者と編集者とはなんの面識もない。
数だけでなく、年齢層も読者の方が広い。
私がステレオサウンドを読みはじめた13の時だが、
もっと早くからステレオサウンドを読みはじめた人も知っている。
それでも中学生あたりが下限で、上は60、70、もっと上の人も読んでいよう。
それだけ広く多いのだから、読者のレベルもさまざまである。
長く読んでいるから──、というのはまったく通用しない。
ある単語ひとつにこだわりすぎて、前後の文章がまったく目に入っていない人もいた。
そこまで読み込んでくれているのか、と嬉しくなることもあった。
少なくとも平均的な読者像なんて、まず無理だと思っている。
オーディオという狭い趣味を対象としたオーディオ雑誌でもそうである。
別項「輸入商社なのか輸入代理店なのか(OPPOと逸品館のこと・その2)」でも書いている。
あるスピーカーの新製品の記事に対し、輸入元からクレーム的なことがきた。
柳沢功力氏が、そのスピーカーを担当されていて、
記事に「悪女の深情け」と書かれていた。
もちろんいい意味で使われていた。
けれど、「悪」という一文字が使われていたのが輸入元の気に障ったようだ。
悪女の深情けは、ありがた迷惑だという意で使う、と辞書にはあるが、
そこでは、情の深い音を聴かせる、という意でのことだった。
そのことは前後の文章を読めばすぐにわかることにも関わらず、クレーム的なことが来た。
柳沢功力氏の話だと、最初は輸入元の担当者も喜んでいた、
けれどとある販売店から、何かをいわれたそうである。
それをきっかけに、ころっと態度が変ってしまった、ということらしい。
とにかく悪という漢字一文字が気にくわない、というのか、
そんな漢字を使うな、といわんばかりのようだった。
当惑とは、こういうことなのか、と当時思っていた。
書かれた柳沢功力氏も他のオーディオ評論家の方も編集部も、
放っておこう、ということで一致した。