Date: 7月 3rd, 2018
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オーディオと青の関係(名曲喫茶・その6)

新宿珈琲屋のKさんの髪も長かった。

私は五味先生の「日本のベートーヴェン」に出てくる髪の美しい少女を、
髪の長い少女と手前勝手に想像しているのは、
私自身が少年だったころ、想いを寄せていた少女の姿からだけではなく、
実のところKさんのイメージもそこに重なってくるからだ。

新宿珈琲屋はカウンターだけの店だから、
《メニューを持って近寄って来る》こともないし、
《紺のスカートで去って行くうしろ姿》はない。

大きな店ではないから、
座っているところからすぐのところにKさんは立っていて仕事をしている。
頻繁に通っていたから顔は覚えられていた。
店に入ると、会釈を返してくれる。

とはいえKさんと話すことはほとんどなかった。
Kさんが淹れてくれるコーヒーを飲み、
後で鳴っているESLから流れてくるバロック音楽に耳を傾けて、
ただそれだけで店を出る。

あのころの私にとって新宿珈琲屋は、理想に近い居場所だった。
ずっと、あの場所にあるものだ、と信じ切っていた。

けれどあっけなく消失してしまった。
1983年12月だった、はずだ。
火事で無くなってしまった。

放火だといわれていた。
たしかにあの場所に木造長屋では、家賃収入も期待できない。
ビルに建て替えれば……、そんなウワサを聞いている。
地上げということをよく聞くようになっていたころだった。

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