Date: 3月 8th, 2017
Cate: 戻っていく感覚
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もうひとつの20年「マンガのDNA」と「3月のライオン」(その1)

いまは3月だから、という勝手な理由をつけて「3月のライオン」については、
遠慮することなく書こう、と思っている。
少なくとも私の中では、オーディオと無関係なことではないのだから。

「3月のライオン」を読んでいると、なぜ、こんなにもハマっているのか、と自問することがある。

「3月のライオン」の単行本の巻末には、いわゆるあとがきといえるページがある。
本編とは違うタッチで描かれた短いマンガが載っている。
筆者近況ともいえる内容のこともある。

十巻の、そんなあとがきを読んでいて、
やっぱりそうだったのか、と納得できた。

そのあとがきは入院・手術のことから始まる。
かなり大変だったのだろうと思う。

あとがきに、こんな独白がある。
     *
身体はしんどかったのですが
素晴らしい事もありました

今年(2014年)5月に
朝日新聞社さんの
「手塚治虫文化賞マンガ大賞」
いただく事ができました

「こんなにも何かを欲しがっては
呪われてしまうのでは」と思う程
心を占めていた賞でした

受賞の報せを
きいた時

こんらんして どうようして
30分以上 立ったままで
大泣きしました
     *
作者の羽海野チカは、初めて買ったマンガが「リボンの騎士」で、
小さかったころ夢中になってまねて描いていた、と。

羽海野チカは描き続けてきたのだろう。
私にもそんな時が、短かったけれどあった。

手塚治虫のキャラクターをまねてよく描いていた。
けれどそこで終っている。

そこで終った人間と描き続けている人間とでは、描いた線の数はものすごい差がある。
私に描けたのは、
手塚治虫のキャラクターを表面的にまねるためだけの線でしかない。

羽海野チカの描く線は、そんな域には留まっていない。

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