セッティングとチューニングの境界(その3)
19時開始時点の音を便宜的に①の音とする。
一度セッティングを戻した(崩した)音が②の音、ケーブルを交換した音が③の音、
トーンコントロールをバイパスしたのが④の音、MA2275のメーターをOFFにしたのが⑤の音……、としていくと、
CDプレーヤーのディスプレイをOFFにしたのが⑧の音であり、
この⑧の音と①の音は同じであり、
②の音が聴感上のS/N比も悪く、クォリティ的にも冴えない音であり、
段階を踏むごとに聴感上のS/N比は向上していっている。
①の音と②の音の差が、だからいちばん大きい。
オーケストラの国籍が判然としない音になるばかりか、
コントラバスが②の音では、
巨人が巨大なコントラバスを一人で弾いているかのような鳴り方に近くなる。
②から③、③から④へ……、
コントラバスの鳴り方の変化は顕著だった。
オーケストラにおけるコントラバスの鳴り方になっていく。
オーケストラの国籍も定まってくる。
ここまで聴いてもらったところで質問があった。
チューニングなのか、セッティングなのか、という質問だった。
「セッティングです」と即答した。
そう言いながら思い出していたのが「ピアノマニア」という映画のことだった。
ちょうど五年前に公開されている。
この映画については2012年1月に書いている。
「ピアノマニア」はドキュメンタリー映画である。
だから主人公ではなく主役といえるのは、
スタインウェイの調律師、シュテファン・クニュップファーである。
シュテファン・クニュップファーの調律をどう見るか。
オーディオにおけるセッティングとチューニングの違いが描かれている、ともいえる。
とはいえ「ピアノマニア」を観ていない人には、ことこまかに説明する必要があるけれど、
セッティングなのか、チューニングなのかを訊いてきたHさんは、
「ピアノマニア」を観ている人であるから、通じるところがある。
ここで「ピアノマニア」について書くことはしない。
けれどピアノの調律に関して思い出したことは、もうひとつある。
五味先生が書かれていた文章である。