AAとGGに通底するもの(その19)
アンドレ・シャルランの言葉は、
中野英男氏の著書「音楽 オーディオ 人々」に「日本人の作るレコード」という章にある。
*
シャルランから筆が逸れたが、彼と最も強烈な出会いを経験した人として若林駿介さんを挙げないわけにはいかない。十数年前だったと思うが、若林さんが岩城宏之——N響のコンビで〝第五・未完成〟のレコードを作られたことがあった。戦後初めての試みで、日本のオーケストラの到達したひとつの水準を見事に録音した素晴しいレコードであった。若くて美しい奥様と渡欧の計画を練っておられた氏は、シャルラン訪問をそのスケジュールに加え、私の紹介状を携えてパリのシャンゼリゼ劇場のうしろにあるシャルランのスタジオを訪れたのである。両氏の話題は当然のことながら録音、特に若林さんのお持ちになったレコードに集中した。シャルランは、東の国から来た若いミキサーがひどく気に入ったらしく、半日がかりでこのレコードのミキシング技術の批評と指導を試みたという。当時シャルラン六十歳、若林さんはまだ三十四、五歳だったと思う。SP時代より数えて、制作レコードでディスク大賞に輝くもの一〇〇を超える西欧の老巨匠と東洋の新鋭エンジニアのパリでの語らいは、正に一幅の画を思わせる風景であったと想像される。
事件はその後に起こった。語らいを終えて礼を言う若林さんに、シャルランは「それはそうと、あなた方は何故ベートーヴェンやシューベルトのレコードなんか作るのですか」と尋ねたのである。録音の技術上の問題は別として、シャルランはあのレコードの存在価値を全く認めていなかったのである。若林さんが受けた衝撃は大きかった。それを伝え聞いた私の衝撃もまた大きかった。
*
別項「正しいもの(その4)」でも引用している。
若林駿介氏の録音について、あれこれ書こうとしているのではない。
60歳のアンドレ・シャルランは、30代なかばの若林氏のことを気に入っていた、とある。
少なくともシャルランは若林氏の録音技術を認めた上での、
「あなた方は何故ベートーヴェンやシューベルトのレコードなんか作るのですか」
であることに、読んでいて衝撃を受けた。
私の受けた衝撃は、若林駿介、中野英男、両氏がうけられた衝撃からすれば、
ずっと小さいものかもしれない。
私は、シャルランがたずねたことに若林氏がどう答えられたを知りたい。
けれど、そのところは中野氏は書かれていない。
若林氏は沈黙されたのか、
それとも何か納得のいく説明をされたのか。
いまとなってわからないことだ。
「あなた方は何故ベートーヴェンやシューベルトのレコードなんか作るのですか」は、
だからこそわれわれへの問いかけのように受けとめている。
「あなた方は何故ベートーヴェンやシューベルトのレコードなんか作るのですか」は、
いま書いている「どちらなのか」にも深く関係してくる。