Date: 8月 13th, 2015
Cate: ジャーナリズム, 組合せ
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組合せという試聴(その5)

この項に関しては、(その3)までで、
言いたいことはいってしまっている。
その4)を書きながら、ここからは蛇足かもしれない、と思っていた。

受動的試聴と能動的試聴、そして川崎先生の「応答、回答、解答」のブログへのリンク。
編集を真剣に考えている人であれば、
これだけでステレオサウンドの編集の何が間違っているのかに気づくはずだから、
その先を書く必要はないといえば、そうである。

ステレオサウンド編集部が、194号の特集の何が間違っているのかに、
だから気づくのかといえば、そうではない、といわざるをえない。

なぜ気づかないのか。不思議でならない。
いまのステレオサウンド編集部には私より下の世代の人が中心のようだが、
私より少し年上の人もいる。
となれば世代の違いが原因ではないだろう。

私がここで指摘していることは、ステレオサウンドのバックナンバーをしっかりと読んでいれば、
そして川崎先生のブログを読んでいれば、自ずと気づくことである。
それが編集者であり、ジャーナリストと呼ばれる人である。

オーディオ雑誌の編集者であり、ジャーナリストであると自認するのであれば、
ステレオサウンドのバックナンバーはしっかりと読んでいて当然である。
ただ読んだ、というレベルでなく、読み込んでいなければならない。

読み込んでいれば、
いま自分たちがやっている組合せの記事と、
以前のステレオサウンドの組合せの記事の違いに、はっきりと何が違うかまではわからなくとも、
何かが違うことだけはわかるはずである。

何かが違うとわかれば、より深く考える。
なのに……、と思う。
結局、バックナンバーを読み込んでいない、としか思えない。

そして川崎先生のブログ。
現ステレオサウンドの編集長だけには、いっておきたい。
わずか五回で終了してしまった川崎先生の連載「アナログとデジタルの狭間で」、
この担当者が、いまのステレオサウンドの編集長であるからだ。

連載がなくなれば、関心も興味もなくしてしまうのか、と。

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