ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その34)
このとき鳴らしていた私のスピーカーシステムは、ロジャースのPM510。
このスピーカーは、はっきりと女性的な表情をもつ。
まだハタチそこそこたった私にとって、PM510のやわらかい、その表情は年上の女性であった。
そういうスピーカーからの音に、「凄さ」を持たせようとして800Aを組み合わせたかった。
けれど前に書いたように、そこまでの余裕はなかった。
別項で書いたウェスターン・エレクトリックの五極管349Aのプッシュプルアンプをつくろう、としていたのは、
ちょうどこのころの話である。
あるところで、350Bのプッシュプルアンプと349Aのそれを聴いた。
堂々として、音にゆとりがたっぷりとあったのはやはり350Bのアンプで、
349Aは真空管のサイズも小さくなるし、出力も減る(プッシュプルで8Wだった)。
けれど、私の当時の耳には、349Aアンプの音の消え際、
そしてデクレッシェンドしていくときの音のグラデーションが、350Bのアンプだけでなく、
それまで聴いたアンプの中でも出色の美しさであった。
349Aのアンプの後では、デクレッシェンドしていくときの音の減り方に、余分なものがまじって、
素直に減っていかない印象が残る。
なぜそんなふうに聴こえるのか。
音が減衰していくときの階調表現が、なにか書の名人がさーっと書いたものに見事にグラデーションがある、
そんな感じで、けっして鳴ってくる音自体に色数は少ないけれど、その音の美しさは聴くほどに耳に残っていく。
349Aのアンプも、350Bのアンプと比較するまでもなく、はっきりと女性的な、しかもこじんまりした音である。
このアンプとPM510と組み合わせたら、世界は限定される方向に行くけれど、
なにかすごく魅力的な音が、しんみりと聴けそうな予感があった。
だから、349Aのアンプをつくろうと決心した。