音を聴くということ(試聴のこと・その2)
私も変換ミスはけっこうやっているほうなので、あまりとやかくいえないけれど、
それでもオーディオマニアが、試聴を視聴としているのをみると、やっぱりいいたくなる。
試聴が視聴となるのは変換ミスなのだが、
それでも視聴が使われるのが増えてきているをみていると、
時代は変ってきているんだなぁ……、と思うこともあるし、
試聴ではなく視聴を使う人は、若い人なのだろうか……、ともおもっていたことがある。
だから、あるオーディオ店でのディスクをかけ替け、
なぜそうするのかの理由をきいて、勝手に若い人相手の時なんだろう、とおもっていた。
少なくとも私と同世代までの人であれば、試聴はやはり試聴であり、
試聴のためには同じディスクを何度もかけるのが常識であり、
それは自分のシステムを調整していくときでも、
同じディスクを何度も何度もしつこく聴いていくものだとおもっていた。
私が高校生のとき、熊本のオーディオ店の招きで定期的に来られていた瀬川先生も、
いつもレコードを複数枚を持ってこられて、
その中からさらに数枚を選んで、オーディオ機器を交換したら、同じところをかけてくれていた。
ステレオサウンドでの試聴もまったくそうである。
同じディスクの同じところも何度も何度も聴いていく。
これが試聴の基本的なことであり、
ほとんどのオーディオマニアがそうしていると思っていたのだが、
どうもそうではないことがわかってきた。