日本の音、日本のオーディオ(その28)
かなり以前に、キース・ジャレット(もしかすると他のジャズ・ピアニストかもしれない)が来日した際に、
スイングジャーナルのインタヴューに、
いまいちばん欲しいモノとして、ヤマハのピアノを挙げている。
そんなのは社交辞令だろう、と思う人がいる。
私も、その記事が載ったころに読んでいれば、そう思っただろう。
でも、いまは違う。
おそらく本音での、ヤマハのピアノが欲しい、だったはずだ。
ピアノといえば、まっさきに浮ぶのはスタインウェイの存在だ。
それからベーゼンドルファーがある。
クラシックを聴く私にとっては、そんなイメージである。
ヤマハのピアノは、スタインウェイとベーゼンドルファーからすれば、
特にこれといった理由はないのだが、昔から下に位置するピアノとして捉えていた。
グールドがヤマハのCFにする以前から、
リヒテルがヤマハのピアノにしていたことは知ってはいても、
それは例外中の例外というふうに勝手に捉えていた。
ピアノという楽器としての音色の魅力ということでは、
スタインウェイ、ベーゼンドルファーのピアノは、ヤマハのピアノとは根本的に違うものがあるとは思う。
それは他に変え難い魅力でもあるから、よけいにそう感じてしまうのかもしれない。
それほど音色の魅力は大きい。