一枚のレコード
レコード会社からマスターテープを借り出してきて、
通常のLPよりも厚手のプレスを行ったり、リマスターをすることで高音質を謳うLPが、
複数の会社から登場し始めたのは1980年代からだ。
オーディオマニアとして、高音質盤というのを無視できない。
当時はステレオサウンドにいたこともあって、こういったレコードを聴く機会はめぐまれていた。
すべてのディスクを、
オリジナル盤もしくはレコード会社からその時点で入手できる盤との直接比較を行ったわけではない。
そういったことを行わずとも、首を傾げたくなるレコードが少なからずあった。
あるレーベルの、ブラームスの交響曲のディスクは、全体的に乳白色の膜が張り付いたような、
聴いていてもどかしさを感じる。
この指揮者が、こんな気の抜けたような演奏をするわけがないのに……、
そう感じてしまうほど、変質していた。
でも、アメリカでは、そのレーベルのリマスターは高く評価されていた。
ひどい例は他にもあったけれど、
上記のレコードは、私が好きな指揮者の、好きな作曲家のレコードであっただけに、
悪い印象が、他の盤よりも強く刻まれてしまっている。
このときから10数年後、あるところで偶然、このLPを聴くことがあった。
変っていないのだから、当然なことなのだが、音の印象はそのままだった。
これを高く評価するということは、
そこに刻まれている音楽と完全に乖離したところでの音だけの評価ということになる。
そういう楽しみ方がオーディオにはあることはわかっていても、
少なくとも私は、この盤を出していたレーベルを信じることは絶対にない。
悪い盤ばかりではなかった。
いいな、と思うものもあった。
その中で、いまも強烈に記憶に刻まれているのは、1987年ごろリンから出ていた盤だ。
エーリッヒ・クライバーによるコンセルトヘボウ管弦楽団を指揮したベートーヴェンの第五番だ。
1949年のライヴ録音。
この録音を聴くのも初めてだった。
1949年のライヴ録音だから、優秀録音なわけはないのだが、
そこに刻まれている音楽と一体になった音は、良い録音というべきだろう。
そしてカルロス・クライバーの前には、エーリッヒという父がいたことを意識せざるを得ない、
そういうすごい演奏だった。
リンによるLPから鳴ってきた音も見事だった。
こういうレコードをつくれる会社なんだ、と、それからはリンを信用できるようになった。
口幅ったい言い方になってしまうが、
この会社、すくなくともレコードをつくっている部門は、音楽をわかっている──、
そう感じさせてくれたからこそ、いまも強烈な印象のままなのだ。