時代の軽量化(その23)
何かを教わることの恍惚感。
スピーカーを通して音楽を聴く行為、それを長いこと続けられるのは、何かを教わることの恍惚感があったことだろう。
それは教わるでもあり、学ぶでもあり、
新たな景色に触れる歓びなのかもしれない。
知らなかった扉が開く。
その扉は、ずっと目の前にあったにも関わらず、それまで気づかずにいた。
そういう扉が開く瞬間に訪れるのが恍惚感なのか。
この恍惚感なしに教養が身につくことはないだろう。
何かを教わることの恍惚感。
スピーカーを通して音楽を聴く行為、それを長いこと続けられるのは、何かを教わることの恍惚感があったことだろう。
それは教わるでもあり、学ぶでもあり、
新たな景色に触れる歓びなのかもしれない。
知らなかった扉が開く。
その扉は、ずっと目の前にあったにも関わらず、それまで気づかずにいた。
そういう扉が開く瞬間に訪れるのが恍惚感なのか。
この恍惚感なしに教養が身につくことはないだろう。
BBCモニター系列のスピーカーの音に惹かれることは、すでに書いてきているが、
ここでBBCモニターの音と書いても、それがあまり意味を持たないこともわかっている。
私にとってのBBCモニター系列のスピーカーを挙げると、もちろんロジャースのPM510、それからロジャースのLS3/5A(15Ω)、
スペンドールのBCII、あとハーベスのMonitor HLあたりとなる。
LS3/5Aはいまでも人気の高いスピーカーだし、ロジャース以外にも製造していたメーカーはいくつかあったし、
いまも復刻モデルが手に入るから、上に挙げたスピーカーの中では最も聴かれているといっていい。
オーディオショウでも何度も聴いているし、個人宅でも聴く機会は複数回あった。
どれも同じ音で鳴っていたわけではない。同じ音で鳴っていることを期待していたわけではないし、オーディオとはそういうものではない。
けれど、それらで聴けたLS3/5Aの音に、私が惹かれるBBCモニターの音を感じたことはなかった。
私が初めて聴いたBBCモニターのスピーカーは、BCIIだった。
瀬川先生が熊本のオーディオ店に来られた時に鳴らされたBCIIの音だ。
レコード芸術が休刊になり、レコード芸術ONLINEに移行して一年。
有料会員は増えているのかどうかはわからないし、関心もない。
関心があったのは、紙の本からインターネットになっても、レコード・アカデミー賞を続けるのかどうかだった。
新レコード・アカデミー賞として、またやるという。
これを聞いて、有料会員になろうという人がいるのだろう。
でも私は、有料会員になろうとは、もう思わない。
優れたワンポイント録音こそ、ここでのテーマの実証例なのだが、
世の中にはワンポイントであれば優れた録音になると思い込んでいる人もいて、
そういう人たちによるワンポイント録音をいくつか聴いたことが、ずいぶん前にある。
だからこそ「優れたワンポイント録音」と書くしかない。
別項「時代の軽量化(その22)で、知識だけでは教養を持てるわけではない、と書いた。
評論が「表」論に、評価が「表」価に成り下ったのも、そこに教養が存在しなくなったからだろう。
別項で何度か書いたことを、ここでも書く。
「私のオーディオの才能は、私のためだけに使う。」
三十年ほど前の私は、こんなことをいっていた。
そんな私に、
「せっかくの才能なんだからオーディオの仕事をしたらどうですか」
「何か書いたらどうですか」、「書いてくださいよ」
そういってくれていた。
しつこいくらい言われていた。
それでも「私のオーディオの才能は、私のためだけに使う。」と返していた。嘯いていたのかもしれない、といまは思う。
くり返しそう言ってくれたのは早瀬文雄(舘 一男)さんだ。
1985年からのつきあいの中で、疎遠となった時期もある。お互いに、なんだ、こいつは、とおもったこともある。
それでも舘さんは、私のオーディオの才能を認めてくれていた。
今頃になって、そのありがたさを噛み締めている。
今年10月から、the re:View (in the past)で、早瀬さんの文章を、だから公開している。
生成AIで、画像も動画もつくれる時代。
私が知らないだけかもしれないが、オーディオ機器の試聴用音源も、生成AIによるものが出てくるのか。
すでに出ていてもおかしくないと思っている。
高音質音源として生成AIがつくり出すだけでなく、
オーディオ機器のそれぞれの違いが、誰の耳でもはっきりわかるような音源もつくれるはず。
そんな音源が登場したとしよう。
その音源で高い評価を得るオーディオ機器が、
市販されている音源(録音された音楽)を聴いて、どう評価されるのか。
同じ評価となるのか、まったく違ってくるのか。
違ってきたとしても、なぜ違いが生じるのかをフィードバックしていくことで、
生成AIがつくり出す音源は改良されていくだろうし、音質評価の深いところに光が当てられていくかもしれない。
「東島丹三郎は仮面ライダーになりたい」というマンガがある。ことしからアニメも放送されている。
主人公の東島丹三郎だけでなく、彼の周りの人たちの仮面ライダーへの愛情は、はっきりと異常である。
いい歳した大人が仮面ライダー、それも昭和の初期の仮面ライダーに夢中になって、それを引きずったまま生きている──、滑稽だと笑う以前に、
なぜ、そこまで仮面ライダーなのか、と若い世代の人は疑問に思うだろう。
仮面ライダーは、シリーズとしてずっと続いている。
昭和の仮面ライダー・シリーズがあり、平成の仮面ライダー・シリーズがあり、
いまは令和の仮面ライダー・シリーズがある。
世代によって子供の頃、見ていた仮面ライダーは、それぞれ違う。
仮面ライダーの最初の放送は、1971年。私は8歳、小学生だった。
前回書いたように、当時の熊本の民放テレビ局はわずかだった。
そんな状況での仮面ライダーだけに、クラスの男子はほぼ全員見ていたといってもいい。
カード付きの仮面ライダー・スナックも売り出されていて、こちらもほぼみんな集めていた。
当たりのカードが出ると、専用のカードアルバムがもらえた。みんな夢中だった。
そんな時代の小学生だったからこそ、「東島丹三郎は仮面ライダーになりたい」の主人公たちの気持がわかる、と言いたくなる。
もし、あの時代、テレビのチャンネルが東京のようにいくつもあったら、どうだったろうか。
仮面ライダーはそれでも人気番組だったろうが、クラスの男子ほぼ全員が見ていたとはならなかったはずだ。
昨春、この項で、DBシステムズのDB1+DB2のことを書いた。
他の人はどうなのかは関係なく、私はDB1+DB2をハイエンドオーディオ機器の一つとして認識しているし、
その理由として、可能性について書いている。
可能性とは、ワクワクする(させてくれる)ものだし、
それは何かを変えてくれる(くれそうな)パワー(活力)であるせん、と。
デザイナーのミルトン・グレイザーの言葉がある。
“There are three responses to a piece of design—yes, no, and WOW! Wow is the one to aim for.”
DeepLによる訳をコピーしておく。
デザインに対する反応は三つある——「はい」「いいえ」、そして「すごい!」だ。目指すべきは「すごい!」である。
Wowを、あの時代、私はDB1+DB2から感じた。
別項で、パイオニアのExclusive M4との組合せについても書いている。
Exclusive M4は、ハイエンドオーディオ機器なのか。
私の答は、Exclusive M4もそうである。
DB1+DB2とExclusive M4が現行製品だった時代は、そう感じた。
Exclusive M4の音には、DB1+DB2とは違った意味でのWowを感じた。