Archive for category オーディオマニア

Date: 12月 29th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その31)

つきあいの長い音は、絶対的にlow thinkingではない。

Date: 12月 29th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その30)

つきあいの長い音も、“plain sounding, high thinking”なのだろう。

Date: 12月 25th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その29)

つきあいの長い音に官能性を与えるもののひとつが、それも重要なひとつが器ではないのか。

Date: 12月 25th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その28)

つきあいの長い音に必要なのものの中には、器に対する心遣い、気くばりがあるはずだ。

Date: 12月 25th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その27)

つきあいの長い音と器の関係を忘れてはならないと思っている。

Date: 12月 24th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その26)

つきあいの長い音の条件のひとつは、静寂に調和できる音かもしれない。

Date: 12月 16th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その25)

つきあいの長い音は、つきあいを深めていける音。

Date: 12月 15th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その24)

つきあいの長い音を得るには、調整だけでなく調教してこそだ、と思う。

Date: 12月 13th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その23)

つきあいの長い音は、そのつきあいにおいて聴き手とともに目的地をつくっていく──。

Date: 12月 13th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その22)

つきあいの長い音は、音の目的地を聴き手にわからせるものなのか。

Date: 12月 13th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その21)

つきあいの長い音──、裸形の音と向き合っていくことなのかもしれない。

Date: 11月 30th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その20)

つきあいの長い音になっていくのだろうか、手本のような音は……。

Date: 11月 30th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その19)

つきあいの長い音は、そのつきあいにおいて聴き手を試しているのだろう。

Date: 11月 19th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その18)

つきあいの長い音と使いこなし──、使い熟していけるかだろう。

Date: 11月 11th, 2015
Cate: オーディオマニア

夏の終りに(情熱とは・その3)

マルコ・パンターニの走りに、多くのロードレースファンは熱狂した。
沿道に集まっている人たちもそうだし、テレビで観戦している人たちもそうだ。

スポーツを見ても熱狂するということがほとんどない私でも、
パンターニの走りには熱狂した。

皆、パンターニの走りは熱い、そういったことを口にする。
私もそういっていたし、そう感じている。

山岳コースを誰よりも速く走るには最短距離を走ることも求められる。
平坦な道ではコーナーの内側を走る選手でも、
山岳コースを苦手とする選手はコーナーの外側を走ることがある。

内側を走った方が距離は短くなる。
山岳にはいくつものコーナーがあるわけだから、
すべてのコーナーを内側で駆け抜けるか、外側を走るかはけっこうな違いとなってくる。

それでも外側を走る選手がいるのは、内側を走ることがしんどいからでもある。
コーナーの内側と外側では山岳コースでは傾斜が、内側の方がきつくなる。

そのきつくなっている傾斜をもパンターニはすばやく駆け抜けていた。
そういうところにもロードレースファンは熱狂していた。

熱い走り──、それは情熱的な走りともいえようか。
そんなパンターニの山岳での走りをみていて、熱いものを感じていた。
このことは以前書いている。

けれどパンターニは、山岳のしんどさから抜け出したがっていた。
そのことをインタヴューを読んで知った。
情熱とは、いったいなんだろう……、と改めて考えていた。