Archive for category 音楽家

Date: 1月 3rd, 2012
Cate: Claudio Abbado, ベートーヴェン

ベートーヴェン(交響曲第三番・その2)

ほんとうに、この曲は傑作だ、と思えた瞬間だった。
アバド/ウィーンフィルハーモニーの演奏によって、心からそう感じることができた。

それからはそれまで買って聴いていたディスクをひっぱり出して、ふたたび聴きはじめていた。
フルトヴェングラー/ウィーンフィルハーモニーの演奏に圧倒された。
五味先生が「フルトヴェングラーで聴いてはじめて、〝英雄〟を知ったようにおもうのだ」
と書かれたことが実感できたのは、私にとってはアバド/ウィーンフィルハーモニーの演奏があったからである。

アバド/ウィーンフィルハーモニーのディスクがもし登場していなかったら、
登場していたとしても、アバドのベートーヴェンなんて、という思い込みから手にとることさえしなかったら、
ベートーヴェンの交響曲第三番の素晴らしさに気づかずに20代を終えていたかもしれないと思うと、
なんといったらいいのか、或る意味、ぞっとする。

アバド/ウィーンフィルハーモニーの交響曲第三番は、これだけでは終っていない。
このディスクを聴いてしばらくしたったときの朝。
ステレオサウンドに通うために、このころは西荻窪に住んでいたので荻窪駅で下車して丸ノ内線に乗り換えていた。
電車が荻窪駅に停車する寸前、ドアの前に立っていた私の頭の中に、
ベートーヴェンの交響曲第三番の第一楽章が鳴り響いた。

こんな経験ははじめてだった。
いきなり、わっ、という感動におそわれた。もうすこしで涙がこぼれそうになるくらいに。
なぜか、その演奏がアバド/ウィーンフィルハーモニーのものだ、とわかった。

だからというわけでもないが、私はアバド/ウィーンフィルハーモニーの第三番には恩に近いものを感じている。

Date: 1月 3rd, 2012
Cate: Claudio Abbado, ベートーヴェン

ベートーヴェン(交響曲第三番・その1)

ベートーヴェンの交響曲第三番は、ベートーヴェン自身のそれ以前の交響曲、第一番と第二番だけでなく、
他の作曲家によるそれ以前の交響曲とも、なにか別ものの交響曲としての違いがあるのは、
頭では理解できていても、実を言うと、なかなか第三番に感激・感動というところまではいけなかった時期があった。

世評の高いフルトヴェングラー/ウィーンフィルハーモニーによるレコードは、もちろん買って聴いた。
他にもカラヤン/ベルリンフィルハーモニー、トスカニーニ/NBC交響楽団、
ワルター/コロンビア交響楽団なども買って聴いた。

五味先生は「オーディオ巡礼」の所収の「ベートーヴェン《第九交響曲》」の冒頭に書かれている。
     *
ベートーヴェンでなければ夜も日も明けぬ時期が私にはあった。交響曲第三番〝英雄〟にもっとも感激した中学四年生時分で、〝英雄〟は、ベートーヴェン自身でも言っているが、〝第九〟が出るまでは、彼の最高のシンフォニーだったので、〝田園〟や〝第七〟、更には〝運命〟より作品としては素晴しいと中学生でおもっていたとは、わりあい、まっとうな鑑賞の仕方をしていたなと今はおもう。それでも、好きだったその〝英雄〟の第二楽章アダージォを、戦後、フルトヴェングラーのLHMV盤で聴くまでこの〝葬送行進曲〟が湛えている悲劇性に私は気づかなかった。フルトヴェングラーで聴いてはじめて、〝英雄〟を私は知ったようにおもうのだ。
     *
そのフルトヴェングラーの演奏でも、〝英雄〟の素晴らしさをうまく感じとれない、ということは、
ベートーヴェンの聴き手として、なにか決定的に足りないところが私にあるんだろうか、
このまま、この先ずっと交響曲第三番に感動することはないまま生きていくのだろうか、
と不安にちかいものを感じていたことが、20代前半にあった。

それでも交響曲第三番の新譜が出れば、買っていた。
1985年録音のアバド/ウィーンフィルハーモニーのCDも、そうやって購入した一枚だった。
クリムトのベートーヴェン・フリーズがジャケットに使われたディスクだ。
アバド/シカゴ交響楽団のマーラーは聴いていたけれど、正直、アバドのベートーヴェンにはさほど期待はなかった。

CDプレーヤーのトレイにディスクを置いて鳴らしはじめたときも、
ながら聴きに近いような聴き方をしていたように記憶している。
なのに鳴り始めたとほぼ同時に、
いきなり胸ぐらをつかまれて、ぐっとスピーカーに耳を近づけられたような感じがした。
目の前がいきなり拓(展)けた感じもした。
このとき、ベートーヴェンの交響曲第三番に目覚めた感じだった。

Date: 12月 10th, 2011
Cate: Kate Bush

50 Words For Snow(ケイト・ブッシュのこと)

ケイト・ブッシュの50 Words For Snowはタイトルのとおり、
それにジャケットのイメージが伝えるものからもわかるように、いまの季節にむけたアルバムである。

だからだろう、Twitterをみていると、冷え込んできたここ数日、
50 Words For Snowについてのツイートが増えてきた。

50 Words For Snowを聴きおわって思ってしまうのは、
ケイト・ブッシュはこの50 Words For Snowをいったいいつ録音したのか、ということ。
ジャズやクラシックでは録音データが記載されているけれど、
50 Words For Snowには、そういうデータはいっさいない。

50 Words For Snowは11月の発売だったが、アルバムが完成したから11月に結果としてなった、のではなく、
冬の季節に向けての11月だったはずだ。
だとしたら、録音からマスタリングまでの一連の作業が数カ月から1年の期間だったとして、
真夏にもなにかの制作作業を行っていた可能性はあるはずだ。

50 Words For Snowで描かれているのは冬の「情景」だ。
冬を実感しながら聴く50 Words For Snowは、
この季節を過ごす者への素敵な贈りものといえる。

だからこそ50 Words For Snowをつくるとき、
ケイト・ブッシュは冬以外の季節には制作活動・作業を行っていなかったのだろうか、
それとも真夏にも制作活動・作業をやっていたのだろうか──。
このことが気になってしまう。

Date: 5月 21st, 2011
Cate: Kate Bush

Director’s Cut(続ケイト・ブッシュのこと)

The Sensual Worldには11曲、The Red Shoesには12曲、それぞれおさめられているから、
Director’s Cutにはどの曲をおさめられているのか、まだ発表されていない時点で、
この曲とあの曲は確実だろう、と勝手に思っていた中には、This Woman’s Workがある。

しばらくして収録曲がはっきりして、This Woman’s Workがはいってくることがはっきりした。
それからまたしばらくして、BBCのラジオにて、ケイト・ブッシュのインタビューが放送されたとき、
バックにThis Woman’s Workが、短い時間ではあったが、
しかもケイト・ブッシュの話のバックだったりしていたけれど、流れていた。

はやく聴きたい、という気持がつのっていく。

Director’s Cutの6曲目にThis Woman’ Workはおさめられている。
6曲目から先に聴きたい、という気持をおさえて1曲目のFlower of The Mountainから聴きはじめる。
このFlower of The Mountainのもともとの曲名は、The Sensual Worldである。

このことが示すように、Director’ Cutにおさめられている11曲は、単なる再録音ではない。
聴いていけば、Director’s Cutというタイトルの意味が少しずつはっきりしてくる。

This Woman’s Workを、半分ほど聴いたところで、あれっ、と思った。
This Woman’s Workでもっとももりあがる、ケイト・ブッシュがThis Woman’s Workと歌う、
いわゆるサビがなくなっていることに気づくからだ。

This Woman’s Workは、Director’s Cutのなかでも、This Woman’s Workである。
The Sensual Worldのようにタイトルが変えられているわけではない。
なのに、タイトルにもなっていて、サビのところの歌詞、This Woman’s Workが、
Director’s CutのThis Woman’s Workからはなくなっている。

The Sensual WorldにおさめられていたDeeper Understandingを聴いていて、
頭の中にイメージされていたのは、パソコンの画面の前にいるのは、少年だった。
Deeper Understandingは、Director’s Cutの発売前に、映像つきで公開されていた。
そこにもパソコンの画面の前に、人が坐っている。
だが、その男は少年ではなく、中年をすぎた男性、それもかなり太った男性だ。

これをみたときから、Director’s Cutにおさめられている曲は、
それぞれに異った景色をみせてくれるという予感はあった。
あったけれども、まさかThis Woman’s Workから、
This Woman’s Workという歌詞を消し去ってしまうとは予測できなかった。
This Woman’s Workという歌詞がなくなったThis Woman’s Workへの想いは、
もとのThis Woman’s Workと同じであるし、ひろがっていく感じもある。

This Woman’s Workの歌詞をなくしてしまったのはなぜなんだろう、と思う気持は、
ほかの曲に対しても、ある。
そういう、なぜなんだろうと思う気持は、Director’s Cutをきいているときは先に立つことはない。
聴きおわり、しばらくして、なぜなんだろう、と思う。それが、またたのしい。

こういうたのしみかたができるのは、いわゆる新譜ではない「新譜」だからだ。

Date: 5月 20th, 2011
Cate: Kate Bush

Director’s Cut(ケイト・ブッシュのこと)

ケイト・ブッシュの新譜が5月16日に出た。
Director’s Cutというタイトルから、ある程度想像がつくように、1989年発売のThe Sensual Worldと
1993年発売のThe Red Shoes、この2枚のアルバムから11曲を選んだものだ。

単なるベスト盤、リマスター盤ではなく、当時のトラックをそのまま使っているところがあるけれど、
ケイト・ブッシュのヴォーカルをふくめ、かなり再録音したものとでリメイクされたもの。

このDirector’ Cutを「新譜」ではない、という人もいる。
でも、クラシックをおもに聴いてきた者には、ある演奏家が同じ楽曲を、
ある年月を経てもう一度録音し直したレコード(つまり再録音のこと)も、新譜と呼ぶ。
この感覚があるから、私にとってはDirector’s Cutも「新譜」となる。

Director’s Cutには、3つのヴァージョンがある。
通常盤(CD、1枚)と、これをLPにしたもの(これは2枚組)、
それに限定盤(通常盤に、The Sensual WorldとThe Red Shoesのリマスター盤を加えた、計3枚組)。

数年前に日本で、紙ジャケットで再発売が行われたとき、もしかするとリマスター盤かも、
というウワサが発売前に流れたけれど、リマスターは行われなかった。
ケイト・ブッシュのリマスターCDは、1985年に発売されたHounds of Loveがかなりたってから、
シングル盤のみで発売された曲、12インチ・シングルで出たリミックスをくわえて出ただけである。

だからリマスター盤が聴ける、といううれしさも、今回のDirector’s Cutにはある。

そういううれしさはある一方で、
なぜ、The Sensual WorldとThe Red Shoesからのみからの選曲なのかという想いもある。

1986年に、それまで出ていた5枚のアルバムからのベスト盤、The Whole Storyは出ている。
だから、今回のDirector’s Cutは、The Whole Story以降のアルバムからという推測は、すぐに成り立つ気がする。
でも、それだけだろうか、という思いがある。

The Sensual Worldに収められているThe Fogのなかで、ケイト・ブッシュは父親に、
“Coz you’re all grown-up”と語らせている。
日本語訳では、「もう大人だろう」になっている。

この言葉と、Director’s Cutが、The Sensual WorldとThe Red Shoesからのみの選曲ということとは、
決して無関係ではない、というよりも、深く関係していることとのような気がする。

Date: 3月 18th, 2011
Cate: Kate Bush

名曲とは(THIS WOMAN’S WORK・補足)

5月16日に、ケイト・ブッシュの「DIRECTOR’S CUT」がリリースされる。

「DIRECTOR’S CUT」の名のとおり、ケイト・ブッシュによって、
「THE SENSUAL WORLD」と「THE RED SHOES」からの選曲によるもので、
一部は再録音をしている、らしい。

「THIS WOMAN’S WORK」は「THE SENSUAL WORLD」に収録されているから、
「DIRECTOR’S CUT」でも聴ける可能性は高いと思っている。

「DIRECTOR’S CUT」は通常のCDのほかに、
「THE SENSUAL WORLD」と「THE RED SHOES」のリマスターCDを加えた3枚組、
それにLP(2枚組)、という3つのパッケージでの予定。

Date: 3月 16th, 2011
Cate: Kate Bush, 言葉

名曲とは(THIS WOMAN’S WORK)

はじめてきいたときは、まだステレオサウンドにいた。
昼休みにほぼ習慣となっていたWAVE通い。
CDの置かれている棚には、まったく予想していなかったケイト・ブッシュのシングルCDが並んでいた。
「THIS WOMAN’S WORK」だった。
すぐに会社に戻りヘッドフォンで聴く。涙が出た。

今朝(といっても昼近くに)、ふと聴きたくなった。

また涙が出た。
最初に聴いたときの涙とは違う涙が出た。
「THIS WOMAN’S WORK」の歌詞が、あのときと「いま」とでは心に響いてくる意味が違っているからだ。
20数年を経て、心にしみこんでくる。
20数年前とは違う、心の別のところにしみこんでくる。
こういう音楽こそ、(使い古されたことばだけど)名曲ではないか。

こまかい説明はしたくない。
THIS WOMAN’S WORK」のwomanをほかの単語に置き換えてみても、この歌詞は通用する、とだけいっておく。

[THIS WOMAN’S WORK]
Pray God you can cope
I stand outside this woman’s work,
This woman’s world.
Ooh, it’s hard on the man
Now his part it over
Now starts the craft of the father.

I know you have little life in you yet
I know you have a lot of strength left
I know you have a little life in you yet
I know you have a lot of strength left
I should be crying but I just can’t let it show
I should be hoping but I can’t stop thinking
Of all the things I should’ve said
That I never said,
All the things we should’ve done
That we never did,
All the things we should’ve given
But I didn’t
Oh, daring, make it go,
Make it go away.

Give me these moments back
Give them back to me
Give me that like kiss
Give me your hand.

I know you have little life in you yet
I know you have a lot of strength left
I know you have a little life in you yet
I know you have a lot of strength left
I should be crying but I just can’t let it show
I should be hoping but I can’t stop thinking
Of all the things we should’ve said
That we never said.
All the things we should’ve done
That we never did
All the things that you needed from me
All the things that you wanted fro me
All the things we should’ve given
But I didn’t
Oh, daring, make it go away
Just make it go away now.

(内田久美子氏による和訳)
うまくやっていけるように神に祈りなさい
私はこの女の務めを
この女の世界を外側から眺める
そう 男にとってはつらいこと
いま 彼の役割は終わり
父親としての仕事が始まる

あなたの中にはまだ小さな命がある
あなたにはたくさんの力が残っている
あなたの中にはまだ小さな命がある
あなたにはたくさんの力が残っている
泣けばいいのにそれを顔に出せない
望みをかけるべきときに私は考え続けている
言うべきだったのに
私が言わなかったいろんなこと
するべきだったのに
私たちがしなかったいろんなこと
あなたが私に求めたいろんなこと
あなたが私に欲したいろんなこと
与えるべきだったのに
私がそうしなかったいろんなもの
ダーリン 忘れさせて
みんな忘れさせて

あの時間を取り戻して
私に返して
あのささやかなキスをちょうだい
あなたの手を貸して

あなたの中にはまだ小さな命がある
あなたにはたくさんの力が残っている
あなたの中にはまだ小さな命がある
あなたにはたくさんの力が残っている
泣けばいいのにそれを顔に出せない
望みをかけるべきときに私は考え続けている
言うべきだったのに
私が言わなかったいろんなこと
するべきだったのに
私たちがしなかったいろんなこと
あなたが私に求めたいろんなこと
あなたが私に欲したいろんなこと
与えるべきだったのに
私がそうしなかったいろんなもの
ダーリン 忘れさせて
みんな忘れさせて

Date: 1月 7th, 2010
Cate: Kathleen Ferrier, 音楽性

AAとGGに通底するもの(その1)

東京で暮らすようになって、大晦日に除夜の鐘が聞こえるところに住んだことはない。

大晦日、階下の人がいなかったので、除夜の鐘の代わりというわけでもないが、
エネスコのヴァイオリンによるバッハを、午前0時をまたぐように聴いていた。

エアコンはとめて、聴いていた。
聴いていくうちに部屋の温度は低くなっていくなかで、しんみりと聴いていた。

翌日の朝、今年初めにかけた曲も、エネスコのバッハの2枚目。
つまりパルティータ第2番、ソナタ第3番、パルティータ第3番を聴いた。

なんとなく「正月はバッハだよなぁ」という気分になり、カラヤンのロ短調ミサをかけた。
EMIから出ているモノーラル盤で、フェリアーが歌うリハーサルも含まれている。

時間はあるから、マタイ受難曲を聴くことにした。ヨッフム指揮のフィリップス盤。
これで1日は、ほぼ終っていた。

2日も、やはりバッハで、グールドのデビュー盤のゴールドベルグ変奏曲から、
アルバムの発売順に聴いていこうと思い、次にベートーヴェンの第30、31、32番、
バッハの協奏曲第1番とベートーヴェンの協奏曲第2番、
バッハのパルティータ第5盤と6番、というふうに聴き続けていた。

グールドが、もうすこし生きていて、ベートーヴェンの後期のピアノソナタと、
バッハの「フーガの技法」を再録音してくれていたら……、と過去何度思ったか数えきれないくらいことを、
またくり返し思っていた。

Date: 12月 31st, 2009
Cate: Friedrich Gulda

eとhのあいだにあるもの(その2)

the GULDA MOZART tapes のI集とII集、あわせて5枚をこの二日で聴いていた。
少し大きめの音量で、この時季に聴いていて確信したのは、グルダのモーツァルトが鳴っていると、
部屋が暖かく感じられるようになる、ということ。

エアコンをつけていても部屋は暖かくなるが、それとは種類の違う温かさで、
陽当りのいい部屋にいると、陽射しによって直接からだがあたたまっていくのと、
あきらかに同じ感じのものということ。

そんな聴き方をしているのか、と怒られそうだが、スピーカーに背をむけて、
グルダのモーツァルトを背中に浴びていると、つよく実感できる。
グルダのモーツァルトには「光がある」と。

Date: 12月 30th, 2009
Cate: Kathleen Ferrier, 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(余談)

月曜日の忘年会で話題になったことで知ったのだが、資生堂のCMをおさめたDVDが発売されている。
テレビなしの生活のほうが、「あり」の生活よりも長くなってしまっているから、この手の情報には、疎い。
サントリーのCMものが最初に出て、好評だったこともあり、資生堂版が出たとのこと。

Vol.1とVol.2が出ている。
収録CMのなかに、見たいものはなかった。
INOUI(インウイ)のCMである。「美術館からブラウンが盗まれました」と最後に出てくる。

このCMを制作された方が誰なのかは知らない。
それでも、音楽好きな方であることは伝わってくる。

YouTubeで見ることができる。
ここで流れているのは、カスリーン・フェリアーの歌である。

Date: 10月 14th, 2009
Cate: Kathleen Ferrier, 挑発

挑発するディスク(その16)

「誠実」ということでは、カスリーン・フェリアーの歌こそが、私にとって、
ある意味、もっとも、そして静かに挑発的であるといえよう。

Date: 6月 13th, 2009
Cate: Wilhelm Backhaus, 五味康祐

ケンプだったのかバックハウスだったのか(補足・6)

余計なお世話だと言われようが、
五味先生が、作品111を「初めてこころで聴いて以来」と書かれていることを、
くれぐれも読み落とさないでほしい。

Date: 6月 13th, 2009
Cate: Wilhelm Backhaus, 五味康祐

ケンプだったのかバックハウスだったのか(補足・5)

「日本のベートーヴェン」に、ナットの弾く作品111のことが書いてある。
     *
私はある事情で妻と別れようと悩んだことがある。繰り返し繰り返し、心に沁みるおもいで作品一一一の第二楽章を聴いた。どうしてか分らない。或る時とつぜんピアノの向うに谷崎潤一郎と佐藤春夫氏の顔があらわれ、谷崎さんは「別れろ」と言う、佐藤先生は「別れるな」と言う。ベートーヴェンは両氏にかかわりなく弾きつづける。結局、私は弱い人間だから到底離別はできないだろうという予感の《自分の》声が、しらべを貫いてきこえてきた。私にはしょせんいい小説は書けまい、とその時ハッキリおもった。イーヴ・ナットの弾く一一一だった。このソナタを初めてこころで聴いて以来、モノーラルのバックハウス、日比谷公会堂のバックハウス、カーネギー・リサイタルのバックハウス、ステレオのバックハウス、四トラ・テープのバックハウス、それにE・フィッシャー、ラタイナー、ミケランジェリ、バーレンボイム、ハイデシェック、ケンプ……入手できる限りのレコードは求めて聴いた。その時どきで妻への懐いは変り、ひとりの女性の面影は次第に去っていったが、ベートーヴェンだけはいつも私のそばにいてくれたとおもう。私的感懐にすぎないのは分りきっているが、どうせ各自手前勝手にしか音楽は鑑賞はすまい。
     *
そう思われたのは、1956年のことだ。五味先生、35歳。
この年の2月から週刊新潮に連載された「柳生武芸帳」が、柴田錬三郎の「眠狂四郎」ともに、
剣豪ブームとなったときのことだ。

ナットが、作品111を録音したのは1954年。
日本で発売になったのがいつなのか正確にはわからないが、
いまとちがい、録音されてすぐに発売されていたわけではない。
五味先生がナットの作品111を聴かれたときは、発売されて、そう経っていなかったのではないかと思う。

シャルランの手によるナットのベートーヴェンの作品111が、このとき登場したのは、
単なる偶然なんだろう。
それでもこの偶然によって、離別はなくなっている。

朝日新聞社から出た「世界のステレオ No.3」に、
「どうせ各自手前勝手にしか音楽は鑑賞はすまい。」のつづきといえることを書かれている。
     *
所詮、音楽は手前勝手に聴くものだろう。銘々が、各自の家庭の事情の中で、聴き惚れ、痛哭し、時に自省し、明日への励みにするものだろう。レコードだからそれは可能なんだろう。
     *
レコードだから、別離はなかったのだろう、きっと。

Date: 6月 11th, 2009
Cate: Wilhelm Backhaus, 五味康祐

ケンプだったのかバックハウスだったのか(補足・4)

ベートーヴェンのピアノソナタ第32番・作品111は、
ベートーヴェンの、孤独との決着をつけた曲なのではなかろうか。

孤独は誰にしもある。
孤独と向き合い、見据え、受け入れてこそ、決着がつけられる。
目を背けたり、拒否してしまえば、それで終わりだ。

もっともらしいことは書いたり奏でたり、つくったりはできるだろうが、
決着をつけなかった者は、しょせん、もっとも「らしい」で終ってしまうような気がする。

もっともなことを書いたり奏でたり、作ったりするには、決着をつけなければ、
とうていたどりつけない極致のことなのかもしれない。

なぜ五味先生が、ポリーニのベートーヴェンを聴かれ、あれほど怒りをあらわにされた文章を書かれたのか、
いま思うのは、こういうことではなかったのか、ということだ。

Date: 5月 19th, 2009
Cate: Wilhelm Backhaus, 五味康祐
3 msgs

ケンプだったのかバックハウスだったのか(補足・3)

五味先生がはじめて自分のモノとされたタンノイは、「わがタンノイの歴史(西方の音・所収)」にある。
     *
S氏邸のタンノイを聴かせてもらう度に、タンノイがほしいなあと次第に欲がわいた。当時わたくしたちは家賃千七百円の都営住宅に住んでいたが、週刊の連載がはじまって間もなく、帰国する米人がタンノイを持っており、クリプッシ・ホーンのキャビネットに納めたまま七万円で譲るという話をきいた。天にも昇る心地がした。わたくしたちは夫婦で、くだんの外人宅を訪ね、オート三輪にタンノイを積み込んで、妻は助手席に、わたくしは荷台に突っ立ってキャビネットを揺れぬよう抑えて、目黒から大泉の家まで、寒風の身を刺す冬の東京の夕景の街を帰ったときの、感動とゾクゾクする歓喜を、忘れ得ようか。
 今にして知る、わたくしの泥沼はここにはじまったのである。
     *
このタンノイで最初にかけられたのが、イーヴ・ナットの弾くベートーヴェンの作品111である。
シャルランの録音だ。

結局、このタンノイのクリプッシュ・ホーンは、
当時売られていた「和製の『タンノイ指定の箱』とずさんさにおいて異ならない」ことがわかる。

あといちどナットによる作品111は出てくる。「日本のベートーヴェン」においてである。