Date: 1月 30th, 2012
Cate: Herbert von Karajan
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プロフェッショナルの姿をおもう(その1)

最近、なぜかよくカラヤンの姿を思い出す。
1988年、カラヤン最後の来日となった公演でのカラヤンの姿を、今年になって何度も思い返している。

カラヤンの助言も参考にされたサントリーホールが完成したのは1986年。
こけら落としはカラヤンだったが、結局は小澤征爾が代役となった。
そんなことがあったので、
1988年、ベルリン・フィルとの来日は、これがカラヤンを見れる最後の機会かもしれない、と思い、
音楽評論家の諸石幸生さんに無理をいってチケットを一枚譲っていただいた。
東京文化会館での公演だった。

カラヤンの公演に行くのは、このときが2回目だった。
最初は1981年の、やはりベルリン・フィルとの来日のときだった。
まだ学生でふところにまったく余裕がなかったから、なんとかA席かB席のチケットを買って行った。
ベートーヴェンの交響曲第5番とヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリンはアンネ=ゾフィー・ムター)。
このときのカラヤンは颯爽としていた。

1988年は、ベートーヴェンの交響曲第4番とムソルグスキーの「展覧会の絵」。
1986年の来日をキャンセルにしたカラヤンだから、それに最後の来日なるかもしれない、と思っていたから、
1981年のカラヤンとは変っていることは承知しているつもりだったが、
ステージ脇から出てきたカラヤンの姿は、その予想をこえる衰えぶりだった。

ひとりで歩けない。
横のおつきの人がカラヤンを支えながら、いまにも倒れそうな足どりでカラヤンが表われた。
これで指揮ができるのか、とそのとき誰もが思っていたのではなかろうか。

プライドの高いはずのカラヤンのことだから、こんな姿を聴衆の前にさらしたくないはずだろうに……、
と思うとともに、
プライドの高いカラヤンだからこそ、人の助けを借りながらも自分の足で登場してきたのかもしれない。

指揮台に目を移すと、そこには一般的な指揮台しかない。
指揮者が後に落ちないようにコの字に曲げたパイプがつけられている、よく見る指揮台で、
そこには椅子はなかった。

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